ローマ字とは

ローマ字の 定義


ローマ字

そもそも ローマ字とは なんでしょうか? ローマ字は 日本語の 書きかたの ひとつで,日本語を ラテン文字で 書く 方法です。また,その 方法で 書かれた 日本語です。ラテン文字とは いわゆる アルファベット(ABC...)の ことですアルファベットとは 表音文字の ことで,いろいろな 種類が あります。日本で アルファベットと よんでいるのは その 中の ラテン アルファベットの ことで,ラテン文字とも いいます。つまり,せまい 意味の アルファベットは ラテン文字の ことで,ひろい 意味の アルファベットは 表音文字の ことです。もっと ひろい 意味では 音節文字まで ふくみます。たとえば,ジャパニーズ アルファベットは かな文字を,コリアン アルファベットは ハングルを 意味 します。



かな文字(カタカナ)

日本語の 文を 書く とき,ふつうは 漢字と かな文字(ひらがな,カタカナ)を つかいます「かな文字」は すこし 変な ことばです。「名(な)」は「字」の ふるい よびかたで,昔は 漢字を「真名(まな)」,ひらがな を「仮名(かな)」と いいました。つまり,「仮名」は「字」の 意味を ふくんでいるので,「かな文字」だと「字」の 意味が だぶって しまう わけです。漢字で「仮名」と 書けば いいじゃ ないかと いわれそうですが,「仮名」は「かりな」「かんな」とも 読める だけで なく,ちがう 意味の「カメイ」「ケミョウ」とも 読めて しまう,ダメな 漢字表記です。つかわない ほうが いいでしょう。だからと いって,ひらがなで「かな」と 書けば,助詞の ように みえて しまって 読みにくく なります。そこで,この サイトでは「かな文字」と 書く ことに しました。ただし,「現代仮名遣い」など 正式名称が「仮名」に なっている 場合は「かな文字」には していません。。けれども,そう しなければ ならないと きまっている わけでは ありません。ちいさい こどもむけの 絵本は かな文字 だけで 書いてあるでしょう。それと おなじ ように,日本語を ラテン文字 だけで 書く ことも できます。それが ローマ字です。


点字

漢字と かな文字で 書かれた「漢字かな交じり文」と おなじ ように,かな文字 だけで 書かれた「かな文字文」や ラテン文字 だけで 書かれた「ローマ字文」も 立派な 日本語です。すこし 特殊な ものでは,点字による「点字文」も あります。日本語の 書きかたには いろいろな 方法が ある わけです。

日本語は 漢字かな交じり文で 書く ものだと おもっている 人が おおいかも しれませんが,それは 勝手な おもいこみです。じつは,日本語に「正しい 書きかた」という ものは ありません。極端な 例ですが,選挙の ときに ローマ字で 投票 したって かまいません1920(大正9)年に 大審院(いまの 最高裁判所)が ローマ字による 投票を 有効と する 判決を だしています。

我輩は猫である。 【漢字かな交じり文】
ワガハイ ワ ネコ デ アル。 【かな文字文】
Wagahai wa neko de aru. 【ローマ字文】


Zyappu (1998)

Zyappu(ジャップ)は 1990年代に あった ファッション雑誌です。文章が すべて ローマ字で 書かれていました。

ラテン文字,ローマ字,ローマ字文

ラテン文字 そのものを ローマ字と よぶ ことも あります。「漢字,ひらがな,カタカナ,ローマ字」と ならべて いう ときの ローマ字が これです。このように,ローマ字という ことばは いろいろな 意味で つかわれています。もともと ローマ字は 文字の 名前でしたが,その ローマ字で 日本語を 書く 方法や,その 方法で 書かれた 日本語を 単に ローマ字と いう ことが おおく なり,ややこしく なって しまった わけです。はじめは「ローマ字書き」「ローマ字書き日本語」などと いっていた ものが ちぢまって「ローマ字」に なって しまったのかも しれません。

この サイトでは,まちがいを さけるため,文字の ローマ字 だけ 区別 して「ラテン文字」と よぶ ことに しました。そして,ラテン文字で 日本語を 書く 方法や,その 方法で 書かれた 日本語を「ローマ字」と よびます。ラテン文字 だけで 書かれた 日本語の 文は「ローマ字文」と よびます。

ふつうは すべて ローマ字で 通じますが,誤解を まねく ことも ありますから,気を つけて ください。ローマ字の つもりで いったのに ラテン文字の 意味に とられたり,その 反対だったり する ことは よく ありますラテン文字」は 専門用語 みたいで むつかしいと かんじる 人は「ローマ文字」でも いいでしょう。「ギリシャ文字」「マヤ文字」の ように「○○文字」に すれば 文字の 名前だと わかりやすいでしょう。

また,パソコンなどの 機械で 日本語を 入力 する ときに つかう ローマ字入力でも ローマ字が つかわれています。この サイトは ローマ字入力の ローマ字を「パソコンの ローマ字」と よびます。


「一房の葡萄」 (昔の 教科書)

これは 昔の 小学校(6年生)の 教科書です。ローマ字は 人名や 地名を 書く ためでは なく 文章を 書く ために あります。いまは 学校で ローマ字を きちんと おしえませんから,なんの ために ローマ字を 勉強 するのか,わかりにくく なっています。

よく ある おもいちがい

ローマ字は 小学校で ならいますが,正しく 理解 している 人は あまり いません。本物の ローマ字を わすれて しまい,本物の ローマ字で ない ものを ローマ字だと おもっている 人が おおい ようです。よく ある おもいちがいは つぎの ような ものです。

かな文字を ラテン文字に 変換 した もの?

ローマ字は 日本語の かな文字(ふりがな,読みがな)を ラテン文字ABC...)に おきかえた ものだと かんがえている 人が います。ローマ字は かな文字を ラテン文字に 転写 する 規則だと 説明 される ことも あります。しかし,これは まちがいで,ローマ字と かな文字に 直接の 関係は ありません。ローマ字は 日本語の 音声を ラテン文字で 書いた ものです。

世界の ほぼ すべての 言語は 音声を そのまま 表音文字で 書きます。どんな 文字を つかうかは いろいろで,どんな 音声を どんな つづりで 書くかの 規則も さまざまですが,音声を 表音文字で 書くという 点では すべて おなじです。ローマ字は これと おなじ やりかたで 日本語を 書く ものです。つかう 表音文字は ラテン文字で,どんな 音声を どんな つづりで 書くかの 規則を まとめた ものが いわゆる「ローマ字表」です。

つまり,「ローマ字表」に 書いてある かな文字は 文字では なく 音声です。たとえば,「か」の 下に ka と 書いてあったら,それは 文字の「か」を ka と 書くという 意味では なく,音声の「か」を ka と 書くという 意味です。

ローマ字は ふつうの 日本語では ない?

ローマ字は ふつうの 日本語では なく,外国語の 文章の 中に 日本語の 人名や 地名を いれる ときの 特別な 書きかただと かんがえている 人が います。しかし,そうでは ありません。ローマ字は 日本語の 文章を 書く もので,純粋な 日本語です。外国語は 関係 ありません初期の ローマ字は 外国人が 日本語を 読む ための ものでしたから,これは 外国語と 関係が あります。ヘボン式は 初期の ローマ字の 一種で,英語と 関係が あります。

たしかに,英文の 中に 日本語の ことばを いれる ときは ローマ字に します。けれど,この ローマ字も 日本語です。英文の 中に フランス語や ドイツ語の ことばを いれる ときに どう するか,かんがえてみて ください。たとえ 英文の 中でも フランス語や ドイツ語の ことばは フランス語や ドイツ語の つづりで 書くでしょう。日本語も おなじです。英文の 中でも 日本語の ことばは 日本語の つづりで 書きます。日本語の 場合は 文字を ラテン文字に かえなければ ならないので,すこし ちがって みえる だけです国際的な 場では 日本語も 世界に 通用 する 文字で 書かなければ ならないので ローマ字表記に なります。それなら,やっぱり 外国語の 中に 日本語を いれる ための 書きかたじゃ ないかと いわれそうですが,それは ちがいます。ローマ字には 日本語表記の 国際化という 目的が あります。これは 外国語の 中に 日本語の 単語を まぜるという 意味では なく,日本語の 文章を すべて ローマ字で 書いて,日本語を 日本語の まま 世界に 発信 できる ように するという 意味です。

ローマ字は 外国人の ために ある?

ローマ字は 外国人の ために あると おもっている 人が おおいのですが,それは まちがいです。日本語を ローマ字で 書く 目的は いくつか ありますが,いずれに しても,まず 第一に 日本語で 生活 している 人の ためです。すなわち,日本語を 世界に 通用 する 文字で 合理的に 日本語らしく 書く ためです。そう すれば,海外では 日本の 事情や 主張が 理解 されやすく なります。国内では 日本の 産業や 文化が 発展 します。そして,日本語を つかう すべての 人の 日本語を あやつる 能力が たかまります。

ローマ字は 外国人の ために あると 勘ちがい する 人が いるのは,英語風の ローマ字が よく つかわれているからです。けれども,自分の ことばを わざわざ 外国語風に ねじまげて 書いている 先進国は 日本 だけです先進国で なければ そういう 国は あります。植民地に されていた 時代に おしつけられた 制度の ため,自分の 言語を 外国語風の つづりで 書いている 国は たくさん あります。外国人が 日本を みれば,そういう 国と おなじ ように みえるかも しれません。。おおくの 外国人は 日本の ローマ字と 英語が にている ことに 気づいていて,たいへん 不思議に おもっています。

英語は 英語らしい つづりかた,フランス語は フランス語らしい つづりかたに なっています。中国や 韓国にも ローマ字が あり,それらは 中国語らしい つづりかた,韓国語らしい つづりかたに なっています。どんな 言語の つづりかたも その 言語で くらしている 人が つかいやすい ように できているのが あたりまえでしょう。日本の ローマ字は 日本語を つかう 人の ために あるのですから,本当は 日本語らしい つづりかたで なければ いけません。

ローマ字なら 外国人でも 発音が わかる?

ローマ字は 日本語の 発音を しめす 発音記号の ような ものだと おもっている 人が います。これも まちがいです。

たしかに,表音文字は ことばの 発音を 書く 文字です。けれども,表音文字と 発音記号は ちがいます。発音記号の 読みかたは 世界共通ですが,表音文字で 書かれた つづりの 読みかたは 言語に よって ちがいます。したがって,ある つづりが どんな 発音を あらわしているかは その 言語を しっている 人で なければ わかりません。ある 言語の つづりを 正しい 発音で 読めるのは その 言語を しっている 人 だけです。たとえば,フランス語の つづりを 正しい 発音で 読めるのは フランス語を しっている 人 だけです。ローマ字も おなじ ことで,ローマ字を 正しい 発音で 読めるのは 日本語を しっている 人 だけです。日本語を しらない 外国人が ローマ字を みても 読めません。

ヘボン式なら 外国人が 正しい 発音で 読めると おもっている 人が おおいのですが,実際には 読めません。ローマ字は 日本語で あり,外国人から みれば 外国語です。外国語は その 読みかたを 勉強 し,その 発音を 練習 して,はじめて 読める ように なる ものです。日本語の 読みかたを しらず 発音も できない 外国人に 正しく 読める はずが ないでしょう。

こういう わけですから,日本語の 発音を 外国人に おしえて あげたい ときに ローマ字を 書いて みせても 意味が ありません。そんな ときは 発音記号を つかって ください。これが もっとも たやすく かつ たしかな 方法で,しかも 世界中に 通用 します。相手の 言語に あわせた つづりを ひねりだそうと するのは 時間の むだです。

ローマ字は 英語の 初歩?

ローマ字教育を 英語教育の 初歩と かんがえている 人が います。しかし,ローマ字は 外国語の 入門では ありません。その 証拠に,ローマ字は 小学校の「国語」で おしえているでは ありませんか。ローマ字は 日本語です。外国語とは 関係 ありません。

ローマ字と 英語を 混同 する 勘ちがいは 小学生や 中学生の 保護者に おおい ようです。こどもが 英語を ローマ字読み するのは ローマ字を おしえるからだと いって,ローマ字教育を せめる 人も います。これは ひどい いいがかりです。むしろ,日本語も おぼつかない 小学生に ふだんの 生活で つかわない 外国語を おしえる ことの ほうが,よほど おおきな 教育上の さしさわりが ある,というのが おおくの 学者や 専門家の かんがえですこどもを おおくの 外国語に ふれさせるのは たいへん よい ことで,特に 発音に かんする 能力は こどもの 時期の ほうが 身に つきやすい ことも わかっています。しかし,それを するのに ほかの 教科の 授業時間や やすみ時間を けずるので あれば,える ものと うしなう ものの バランスを かんがえなければ ならないでしょう。。(「ローマ字読みに ついて」も お読み ください。)

ローマ字が 英語教育の じゃまに なると おもっている 人は すくなく ありません。こどもむけの 英語教室や 英語教材に かんする ビジネスの 周辺では そういう 意見が よく みられます。それを まに うけて しまう 保護者が いるのでしょう。つまらない うそに だまされない よう,気を つけて ください。フランス語が 英語教育の じゃまに なると おもっている フランス人は いません。

ローマ字は ローマ字入力の 予備知識?

ローマ字を 勉強 するのは ローマ字入力の ためだと かんがえている 保護者は すくなく ありません。学習指導要領が ローマ字教育と 情報機器を あつかう スキルの 習得とを 関連づける ように もとめているので,教師にも この 勘ちがいが ひろまっているかも しれません。ローマ字は 日本語で くらしている すべての 人が もっていなければ ならない 基礎知識です。それに たいして,ローマ字入力は かならずしも 必要な スキルでは なく,小学校レベルでは 重点を おく 必要も ありません。

さらに おおい 勘ちがいは ローマ字と ローマ字入力の 混同です。ローマ字と ローマ字入力は まったく ちがいます。ちょっと かんがえてみれば わかる ことですが,パソコンも ワープロ(専用機)も なかった 明治時代から ローマ字は つかわれていました。ローマ字入力は その ローマ字を あたらしい 技術に 応用 した もので,ローマ字とは 別の ものです。ローマ字の つづりかたと ローマ字入力の キーの おしかたも ちがいます。

パスポートの 名前の 書きかたが 正式?

パスポートの 名前の 書きかたが 正式の ローマ字だと おもっている 人も おおい ようです。これも ちがいます。

パスポートの 名前の 書きかたは 学校の「英語」で ならう「英語式」を もとに して 外務省が つくった ルールで,正しい ローマ字では ありません。しかも,まずい 書きかたです。Ono は「小野」か「大野」か わかりませんOnoの 読みかたの 可能性としては〈オノ〉〈オーノ〉〈オノー〉〈オーノー〉〈オンオ〉〈オーンオ〉〈オンオー〉〈オーンオー〉が かんがえられます。正しい ローマ字なら Ono, Ôno, Onô, Ônô, On'o, Ôn'o, On'ô, Ôn'ôで,すべて ちがう つづりに なります。Yuki は「雪」か「勇気」か わかりません。日本人の 名前を 書いているのに,日本人が みても 読めません。この 事実を 外国人が しったら おどろくでしょう。日本人の 知性が うたがわれるかも しれません。

正しい ローマ字は こんな いいかげんな 書きかたとは ちがい,「小野」と「大野」も,「雪」と「勇気」も,きちんと 区別 できます。ローマ字は 日本語の 音声を 記録 する ものですから,日本語を しっている 人が ローマ字を 読めば,もとの 日本語の 音声を 再生 できます。

インターネットで しらべたら わかる?

いまは 学校で ローマ字が きちんと おしえられていません。公共の ローマ字は 正しい ローマ字を 採用 しておらず,ヘボン式の 変種ばかりに なっています。日ごろ よく 目に する 企業や 芸能人の 名前も ラテン文字表記は ほとんどが 「英語式」です。英語教育に かかわる 企業や 大学の 組織が 意図的に あやまった 情報を ひろめている ことも あります。テレビの 教育番組でも 正しい ローマ字が つかわれる ことは まれです。しかも,ローマ字の まちがいは 修正 される ことが なく,そのまま 放置 されているのが ふつうです。これらが 勘ちがいを まねいており,ローマ字の 正しい 知識を もっている 人は きわめて すくないのが 現状です。学者クラスの 人でさえ ローマ字を 正しく 理解 していない ことが よく あります。

そのため,まちがった 情報を 善意で インターネットに 書きこむ 人が あとを たちません。インターネットで ローマ字に ついて しらべても,みつかる 情報は まちがいだらけです。一般の 人が おもいこみ だけで 書いた ブログも,プロの ライターが きちんと 取材 して 書いた 記事も,ほぼ すべてが まちがいを ふくんでいます道路標識や 駅名標を 管理 している 部署を 取材 して,それらの ローマ字に ついて くわしく おしえて もらう ところまでは いいのですが,それを 批判的な 目で みなおす ことが できず,そのまま 記事に して しまう 失敗が おおい ようです。。残念ながら,ごく わずかの すぐれた ウェブサイトを のぞいて,まったく あてに ならない ありさまです。そして,この ことが「よく ある おもいちがい」を ますます ひろめる もとに なっています。

ローマ字の 特徴

ローマ字には みっつの おおきな 特徴が あります。ひとつめは,ラテン文字で 書く ことです。あたりまえじゃ ないかと いわれそうですが,これは とても 重要です。なぜなら,ラテン文字は 世界共通の 文字だからです。日本でしか 通用 しない 文字では なく,世界に ひらかれた 文字で 書く ところに 意義が ある わけです。ローマ字には「日本語を 世界に ひろめよう」という ポリシーが あります。

ふたつめは,読むのも 書くのも たやすい ことです。これは 漢字を つかわないからです。たくさんの 漢字を おぼえる むだが ありませんし,むつかしい 漢字の ことばを つかいこなす 必要も ありません。じつは,かな文字書き より ローマ字書きの ほうが ずっと 簡単ですもちいる 文字の 数が すくなく,文字の 形が わかりやすく,つづりかたも やさしいからです。。機械で あつかいやすい ことも 現代社会では きわめて おおきな 利点です。ローマ字には「日本語の 表記を やさしく しよう」という ねらいが あります。

みっつめは,音声情報 だけを あらわしている こと です。ラテン文字は 表音文字ですから,音声情報しか 書きあらわせません。たとえば,「日本」を ローマ字で 書こうと おもっても,その 読みかたが〈ニホン〉なのか〈ニッポン〉なのか,あるいは〈ヤマト〉か〈ヒノモト〉か,わからないと 書けません。ローマ字の 世界では,ことばの 本質は 文字で なく 音声で あると かんがえます。くわしくは「ことばと 文字の 関係」で 説明 しています。

これらの 特徴は 学校で ローマ字を まなぶ 理由に つながっています。くわしくは「ローマ字の 目的」で 説明 しています。

ローマ字の 歴史

ローマ字の はじめ


フランシスコ ザビエル

ローマ字を 発明 したのは 日本人では ありません。16世紀の 末に,ポルトガル語を 公用語に していた イエズス会の 宣教師たちが 日本に やってきました。そして,彼らの 文字(ラテン文字)を つかって 当時の 日本語を 書きうつしました。現代の 日本人も 外国語を カタカナで 書きうつしたり しますが,それと おなじ ことを した わけです。このとき,日本語が ラテン文字で 記述 されたのですから,これは ローマ字で あると いえます。

ローマ字は キリスト教の 宣教師が つくった ものでした。きっと フランシスコ ザビエル(シャビエル)も この ローマ字を つかっていたのでしょう。

ヘボン式,日本式,訓令式

1867年,アメリカ人の 宣教師 ヘボンが 辞典を つくった ときも,やはり 彼らの 文字(ラテン文字)で 日本語を 書きうつしました。こうして つくられた 英語風の ローマ字が ヘボン式の はじまり です。これは 日本人の あいだでも つかわれる ように なり,こまかい 修正を へて,現在 もっとも ポピュラーな ローマ字に なっています。

1885年,天文学者 寺尾寿(てらお ひさし),物理学者 田中館愛橘(たなかだて あいきつ)に よって,日本語を 書きあらわすのに ふさわしい ローマ字が となえられました。日本式の はじまり です。この ローマ字も,こまかい 修正を へて,訓令式と よばれる 公式の ローマ字に なっています。


ヘボン式日本式は 根本的な ところで かんがえかたが ことなり,それぞれの 支持者は 明治時代から はげしく 対立 していました。それで,ローマ字の 方式を きちんと 統一 しようという ことに なり,昭和の はじめごろに 訓令式が 公式の ローマ字として 制定 されました。ところが,この 訓令式は 基本的に 日本式の かんがえかたを うけついだ 方式だったので,今度は ヘボン式訓令式が 対立 する ように なって しまいました。

訓令式は 学校で おしえている 公式の ローマ字です。しかし,日ごろ 目に する ローマ字は ヘボン式から 派生 した 書きかた ばかりです。これを 疑問に おもっている 人は おおいでしょう。それは,本当なら まもらなければ ならない 日本語の ルールが,政治的な 理由や ビジネス上の 理由で,まったく まもられていないからです。これには 日本が 戦争に まけて 占領の 時代を へてきた ことなど,さまざまな 理由が からみあっています。

99式

1999年には 99式ローマ字が 提案 されました。公式の 規格では ありませんが,挑戦的な こころみと いえるでしょう。

この 方式は パソコンなどの 機械で 日本語を 入力 する ときに つかう ローマ字入力に にているので,おおくの 人に とって おぼえやすい 利点が あります。また,外来語や オノマトペなどを 書きあらわすのに 必要な〈ティ〉〈ファ〉〈チェ〉といった 特殊音の 書きかたを さだめている 点に あたらしさが あります。

より くわしく

ローマ字の 歴史に ついての くわしい 解説は「なりたち」に あります。

ローマ字の 種類

いまの ローマ字

現在 つかわれている ローマ字の 方式には 代表的な ものが 3種類 あり,すべて 学校で ならいます。まず,「国語」で ならう 書きかたです。訓令式ヘボン式が あります。それから,「英語」で ならう 書きかたです。これも ヘボン式と よばれていますが,正確には「国語」で ならう ヘボン式から 記号を とりのぞいた 書きかたです。この サイトでは「英語」の ヘボン式「英語式」と よんで 区別 しています。

Tôkyô(東京) zyûdô(柔道)【訓令式
Tōkyō(東京) jūdō(柔道)【ヘボン式
Tokyo(東京) judo(柔道)【「英語式」

ローマ字の 書きかたは「ローマ字のつづり方」という ルールで きまっていて,ふつうは 訓令式を もちいる ことに なっています。ただし,特別な 事情が ある 場合に かぎって ヘボン式を もちいる ことも みとめられています。「英語式」は 日本語が 英語に なった ときの 書きかたです。「ローマ字のつづり方」に のっとっていないので,正しい ローマ字では ありません。


企業の ロゴタイプ

ローマ字は 訓令式を もちいるのが 日本語の ルールです。ところが,この ルールは 政治的な 理由や ビジネス上の 理由から 完全に 無視 されていて,訓令式が つかわれる ことは ほとんど ありません。さまざまな 分野で 実際に つかわれているのは ヘボン式 または「英語式」です。パスポートの ローマ字道路標識(案内標識)の ローマ字駅名標の ローマ字,企業の ロゴタイプの ローマ字などが その 例です。

もっとも ひろく もちいられているのは 「英語式」ですが,これは 英語の 書きかたなので,日本語を 正しく 記述 できません。そのため,日ごろ よく 目に する ローマ字は 日本語が 書いてある はずなのに 日本人が みても まともに 読めないという おかしな ことに なっています。

ふるい ローマ字,あたらしい ローマ字

ローマ字には ながい 歴史が あり,いまでは つかわれなく なった ふるい ローマ字も あります。たとえば,ローマ字の 元祖で ある ポルトガル式が それです。この ほかにも,オランダ式,ドイツ式,フランス式が ありました。訓令式の 前身とも いえる 日本式も いまは ほとんど つかわれません。

あたらしい ローマ字も かんがえられています。新日本式や 99式が その 代表です。

まちがった ローマ字

変な ローマ字を みかける ことは めずらしく ありません。これは まちがって 書かれた ローマ字です。ふつう,まちがいは すぐに 指摘 されて あらためられる ものですが,ローマ字では それが まったく ありません。公共の ローマ字が まちがっている くらいですから,一般人が ついつい やって しまう まちがいは ほとんど そのまま 放置 されています。そのため,日常的に まちがった ローマ字を 目に する ことが よく あります。あまりにも おおいので,それらを ローマ字の あたらしい 方式だと 勘ちがい している 人が いる ほどです。

まちがいが おこる 原因は たくさん あります。まず,公共の ローマ字が 正しい ローマ字では なく,英語の 書きかたに なっている ことです。特に パスポートの ローマ字が 正しい ローマ字で ない ことは 影響が おおきいと おもわれます。学校の「英語」で おしえている ローマ字も 英語の 書きかたです。日ごろ よく みる 企業の ロゴタイプや タレントの 名前も ほとんどが 英語の 書きかたです。これらが 勘ちがいを ひろめています。ローマ字入力で つかわれる 特殊な ローマ字や,スポーツ選手の ユニフォームで みかける 独特の ローマ字も 原因の ひとつです。ヘボン式訓令式が 混在 している ために「ちゃんぽん式」が つくられやすい ことも あります。なにより,学校の「国語」で ローマ字を きちんと おしえていない ことが おおきいでしょう。


「アポロンとヒヤキントス」(昔の 教科書)

これは ローマ字の 教科書です。昔は きちんとした ローマ字教育が おこなわれていたのですが,政治的な 理由から,いまは それが できなく なっています。

各方式の 比較

日本式訓令式99式は,よく にています。すべて 日本人が 日本語を 書く ための ローマ字として つくられた 方式だからです。これらは 日本語らしい つづりに なっていますから,日本語を 書くのに 適しています。それに たいして,ヘボン式は 英語の はなし手が 日本語を 読む ための ローマ字で,英語風の つづりに なっています。これは 日本語に つけた フリガナか 発音記号の ような もので,日本語を 書くのには 適していません。日本式訓令式99式の グループと ヘボン式を ならべてみると,つづりの ちがいが はっきり します。

日ごろ よく 目に する 道路標識(案内標識)の ローマ字駅名標の ローマ字は すべて ヘボン式を もとに して つくられた ものですが,それぞれが すこしずつ ちがいます。しかも,どの 書きかたも 設計に いいかげんな ところが あります。中でも パスポートの ローマ字には 不具合が おおく,しばしば 批判の 的に なってきましたが,2000年代に はいってから 改善の うごきが あります。それに たいして,道路標識(案内標識)の ローマ字駅名標の ローマ字は 以前 よりも おかしく なってきています。

どの 方式を つかえば いいの?

ローマ字には いろいろな 方式が あって,どれを つかったら いいのか わからないという 疑問は よく あります。これは,状況に あわせて つかいわける,というのが こたえです。ただし,基本的には 訓令式を つかいます。これが 原則です。実際,自分の 名前を 書く とき くらいしか ローマ字を つかう ことは ないという 人も おおいでしょう。それなら,訓令式 だけ おぼえて おけば 十分です。

ただ,こまった ことに,パスポートや クレジット カードでは 長音符号つき文字や 記号が つかえないので,お名前に よっては 正式の 訓令式で 書けない 場合が あります。そこで,この サイトは これに 手を うつ やりかたも 提案 しています。くわしくは「パスポートむけ訓令式」を お読み ください。

より くわしく

ローマ字の 種類,比較,つかいわけに ついての くわしい 解説は「いろいろ」に あります。

ローマ字の 書きかた

ローマ字の かんがえかた

ローマ字は 音声を 書く


「飛行機」

「飛行機」を ローマ字で hikouki と 書いて しまう 人が います。これは ローマ字の かんがえかたが わかっていないから おこる まちがいです。ローマ字は かな文字(ふりがな,読みがな)を ラテン文字ABC...)に 変換 した ものでは ありません。日本語の 音声を ラテン文字で 書いた ものです。(以下,必要に 応じて 文字を「 」で,音声を〈 〉で しめします。)

ローマ字の 世界では,まず はじめに ことばの 音声が あって,その 音声を 書きあらわす ために 文字が あると かんがえます。まず はじめに〈ヒコーキ〉という 音声が あって,それを 漢字で 書けば「飛行機」に なり,ひらがなで 書けば「ひこうき」に なり,ラテン文字で 書けば hikôki に なるという わけです。

ローマ字を 書くには,まず 頭の 中で ことばの 音声を かんがえ,それを ラテン文字に 変換 します。たとえば,「こんばんは」「三日月」「氷」「飛行機」を ローマ字に する 場合は〈コンバンワ〉〈ミカズキ〉〈コーリ〉〈ヒコーキ〉という 音声を かんがえて,それを ローマ字の ルールで ラテン文字に 変換 します。

〈コンバンワ〉→ konbanwa(こんばんは)
〈ミカズキ〉→ mikazuki(三日月)
〈コーリ〉→ kôri(氷)
〈ヒコーキ〉→ hikôki(飛行機)

ローマ字で よく あるのは,音声で かんがえるのでは なく,かな文字(ふりがな,読みがな)で かんがえて しまう まちがいです。ローマ字入力の ために ローマ字を おぼえた 人は この 勘ちがいを している ことが あります。

「こんばんは」→ × konbanha(こんばんは)
「みかづき」→ × mikaduki(三日月)
「こおり」→ × koori(氷)
「ひこうき」→ × hikouki(飛行機)

かな文字を ラテン文字に おきかえて しまう まちがいが おおいのは,ことばと 文字の 関係を 正しく 理解 していない 人が おおい ことも 原因です。おそらく,学校で おしえていないのでしょう。外国語を かんがえてみて ください。中国語と 日本語を のぞいて,世界の 言語は すべて ことばの 音声を そのまま 表音文字で 書いています。世界では これが ふつうの 書きかたです。ローマ字は これと おなじ やりかたで 日本語を 書く ものです。「ことばと 文字の 関係」も お読み ください。

変換の しかた

音声を ラテン文字に 変換 するには,いわゆる「ローマ字表」を つかいます。下に しめした 表は 訓令式の ものです。これで ことばを 音声の 単位に くぎってから おきかえていきます。たとえば,「絵」は 〈エ〉で e,「顔」は〈カ,オ〉で kao,「桜」は〈サ,ク,ラ〉で sakura に なります。

〈キャ〉〈キュ〉〈キョ〉などの 拗音(ようおん)は,2文字が 1音を あらわします。この まとまり で 変換 する ことに 気を つけて ください。たとえば,「お茶」は 音声の 単位で〈オ,チャ〉と くぎって otya に します。文字の 単位で「オ,チ,ャ」と くぎって otiya に しては いけません。

直音拗音
aiueo
キャキュキョ
kakikukekokyakyukyo
シャシュショ
sasisusesosyasyusyo
チャチュチョ
tatitutetotyatyutyo
ニャニュニョ
naninunenonyanyunyo
ヒャヒュヒョ
hahihuhehohyahyuhyo
ミャミュミョ
mamimumemomyamyumyo
yayuyo
リャリュリョ
rarirureroryaryuryo
wao
ギャギュギョ
gagigugegogyagyugyo
ジャジュジョ
zazizuzezozyazyuzyo
ヂャヂュヂョ
dazizudedozyazyuzyo
ビャビュビョ
babibubebobyabyubyo
ピャピュピョ
papipupepopyapyupyo

※ カタカナは 音声を しめしています。

印刷用の「ローマ字表」(A4サイズ,2ページ)も あります。


〈ン〉〈ッ〉や「ー」の つく 音は,「ローマ字表」とは 別に 定義 されています。それぞれ,撥音,促音,長音 と よばれています。

撥音(はつおん)は〈ン〉の 音です。これは n と 書きます。たとえば,「温泉」は onsen に なります。

促音(そくおん)は〈ッ〉の 音ですたとえば,「カッパ」の〈ッ〉が 促音です。〈カッ〉や 〈ッパ〉では ありません。。これは つぎの 音の 子音字を 書きます。たとえば,「切符」は つぎの 音が〈プ〉ですから,pu の 子音字 p を 書きます。

長音(ちょうおん)は「ー」の つく 音です。これは のばす 音の 母音字に 山形(^)を のせます。たとえば,「空気」は のばす 音が〈ク〉ですから,ku の 母音字 u山形(^)を のせます。

onsen(温泉)
kippu(切符)
kûki(空気)

ローマ字に なれない うちは 長音が むつかしい ようです。長音が 苦手な 人は,まず「ー」を つかって 読みかたを 書く 練習から はじめると いいでしょう。たとえば,「お母さん」「お父さん」を「オカーサン」「オトーサン」と 書く 練習です。そして,ローマ字を 書く ときに,この「オカーサン」「オトーサン」を おもいうかべる ように すれば まちがいません。ふりがなの「おかあさん」「おとうさん」を おもいうかべて しまうと,よく ある まちがいが おこりますここでは 手みじかに 説明 していますが,長音には かなり ややこしい ところも あります。くわしくは「長音」を お読み ください。

お母さん → オカーサン → okâsan
お父さん → オトーサン → otôsan

機械で ローマ字を 書く とき

フォントと 文字コード

Unicodeに 対応 した フォントを つかって ください。Unicode に 対応 していない ものは 長音符号つき文字を 表示 する ことが できません。

よく つかわれる フォントは,セリフ体では Times New Roman,サンセリフ体では Arial, Helvetica などです。

文字コードは「Unicode」「UTF-8」などに して ください。ふるい ソフトウェアには これらを あつかえない ものが ありますが,あたらしい ソフトウェアなら 問題ない ことが おおいです。

長音符号つき文字

手書きなら どんな 文字でも 書けますが,パソコンなどの 機械で 書く ときは 長音符号つき文字â, î, û など)が 入力 しにくい,という 問題が あります。

長音符号つき文字を 入力 する 方法は 下に しめす ように いろいろ あります。ここでは おもに Windowsパソコンむけの 方法を 説明 しますが,環境に よらない 方法(※)も あります。

より くわしく

ローマ字の 書きかたに ついての くわしい 解説は「書きかた」に あります。

長音符号つき文字の 入力に ついての くわしい 解説は「長音符号つき文字」に あります。

ローマ字の 書きかたを ひとりで まなべる 印刷教材「ローマ字 手ほどき」も あります(PDFファイル)。こどもむけの 教材ですが,ローマ字の 正しい 書きかたを きちんと まなびたい,という おとなが 読んでも 役に たちます。

ローマ字運動

ローマ字運動

かな文字論と ローマ字論

日本語の 文章を すべて かな文字や ローマ字で 書く かんがえが あります。これを かな文字論,ローマ字論と よびます。その 実現を めざす 運動が かな文字運動,ローマ字運動です。

なぜ そんな ことを するのかというと,それは 日本語の 書きかたに 問題が あるからです。日本語の 表記システムは 漢字を つかっている せいで,たいへん 複雑です。おぼえるのも つかうのも むつかしく,このことが さまざまな 社会問題を ひきおこしています。日本と 日本語の ために,これは あらためなければ なりません。どのように あらためるか,おおよその 方向性は わかっています。まず,漢字を やめます。そして,漢字を やめた あとに どうやって 日本語を 書くのかというと,かな文字で 書く 方法と ローマ字で 書く 方法が あります。

もちろん,これには ながい 時間が かかります。100年単位で かんがえなければ ならない 大仕事です。昔の かな文字論者や ローマ字論者も その 道のりが ながい ことを しっていました。それでも,日本と 日本語の 将来を おもって 声を あげたのでした。

書きことばを あらためる

世界の 言語の 中で みると,日本語は やさしい 言語ですもちろん,読み書きを のぞけばの 話です。仕事の 都合で 日本に きた 外国人は,日常の 会話レベルは たやすく マスター しますが,読み書きは むつかしいと いいます。海外の 日系人も 日本語で 会話が できても 読み書きは できない ことが おおい ようです。モンゴル出身の 力士が すぐに 日本語を おぼえるのも,モンゴル語と 日本語が にている こと だけが 理由では なく,日本語が それほど むつかしく ないからでしょう。よく 敬語,助数詞,人称代名詞などで 日本語の むつかしさや 特殊性を うったえる 人が います。しかし,これらは すこし 意味が ちがいます。日本人でも よく 敬語を まちがえますし,助数詞を よく しらない 人も いますが,そういう 人たちを さして「日本語が はなせない」とは いいません。日本文化の 知識が たりない だけです。外国人も おなじで,日本語が むつかしいのでは なく,日本文化が むつかしい だけです。そして,外国の 文化が むつかしいのは あたりまえで,それは どこの 国も おなじです。日本 だけが 特別 なんて ことは ありません。。また,その 話者数の ランキングで トップ10に はいる,おおきな 言語です1位:中国語,2位:英語,3位:ヒンディー語,4位:スペイン語,5位:アラビア語,6位:ベンガル語,7位:ポルトガル語,8位:ロシア語,9位:日本語,10位:ドイツ語。。さらに,「今後,世界のコミュニケーションで必要になると思われる言語」の 調査で 日本語を 上位に あげる 国は おおく,日本語に たいする 期待の たかさは 日本人が おどろく ほどです昔は 外国人に 日本語を おしえる 日本語教育の 環境が ととのっていませんでした。環境が よく なった いまも 成果は 十分と いえません。日本語への 関心と 熱意を もっている 人でさえ,なかなか こえられない 漢字の 壁が あるからです。。日本の 経済力や 文化力から かんがえれば,日本語は 世界的に 有力な 言語の ひとつに なっていても いい はずです。けれども,そう なっていません。これは 日本語の 表記システムが むつかしすぎるからです。はなしことばは やさしいのに 書きことばが むつかしい せいで,日本語は 世界の 言語に なれません。

はなしことばが 自然に かわっていく ものですが,書きことばは 人為的に かえていく もの ですここでは「書きことば」を おもに「文字表記」の 意味で つかっています。。すすんだ 国は その 国の 書きことばを やさしく する ために さまざまな 改革を おこなっています。それが 国を 発展 させるのですから,あたりまえの 言語政策です。ところが,日本は そういう 努力を していませんし,する 気も ない ようですそれどころか,書きことばを 昔の むつかしい 形に ひきもどそうと する うごきが さかんです。。この 不作為が もたらした 損失は はかりしれません。

外国の ある 日本研究家は つぎの ように のべています。

このような侮辱的な表現をつかうことには気がひけるのだが,日本の書きことばは一部のものにとっては魅力ある研究分野となるものの,実用的な道具としてはこれに劣るものはおそらくないであろう。

かな文字論や ローマ字論は 日本語の 書きことばを 根本から みなおして 大胆に かえていこうと する かんがえです。

日本語を 表音文字で 書く

ことばの 本質は 音声

〈イヌ〉という 音声を きけば「犬」だと わかります。つまり,ことばの 意味は 音声が になっています。文字に 意味が あるのでは ありません。文字を つかう ように なったのは,人間の ながい 歴史を かんがえれば,つい 最近の ことです文字は おおよそ 5000年前から ありますが,庶民が 学校で 読み書きを まなぶ ように なったのは たかだか 100年ほど 前からです。。文字が なかった 時代にも ことばが ありました。音声 だけの ことばです。ことばの 本質は 音声で あり,文字は その 音声を うつした コピーに すぎません。

けれども,日本では この 話が ピンと こない 人も おおいでしょう。それは,はじめて みた 熟語の 読みかたが わからなくても 漢字から おおよその 意味が わかるという 体験を 日常的に しているからです。漢字に たよりきっている せいで,おおくの 人は 文字が 意味を になっているのだと 勘ちがい しています。外国の 人は「文字は ことばを うつす もの」と かんがえています。これが 世界の 常識です。ところが,日本では「ことばは 文字を くみあわせて つくる もの」と さかさまに かんがえている 人が います。

おそらく,こんな おもいちがいを しているのは 日本語で くらしている 人 だけです。中国語で くらしている 人は,漢字を つかっていますが,こんな おもいちがいは していません。なぜなら,中国には 読みかたの わからない 熟語なんて ないからです。(「ことばと 文字の 関係」も お読み ください。)

日本語も 表音文字で 書ける

文字には ことばを あらわす 表語文字と 音を あらわす 表音文字が あります。漢字は 表語文字で,かな文字や ラテン文字は 表音文字です漢字は 字義(意味),字形(文字),字音(音声)の みっつが むすびついた 結合体です。携帯電話の 絵文字,ピクトグラム,アラビア数字などは 意味と 文字の ふたつが むすびついた 結合体です。これらを 表意文字と かんがえても いいでしょう。。そして,表音文字は 表語文字から うまれてきた ことが わかっています。表語文字には 欠点が あり,それを なんとか しようと する 工夫の 中から 表音文字が できたのです。いまでも 漢字を つかっているのは 表記システムの 発達が おくれている だけと かんがえる ことも できます。

世界の 言語は 中国語と 日本語を のぞいて すべて 表音文字で 書きます。中国語と 日本語 だけに 特殊な 性質が あるとは かんがえられませんから,中国語も 日本語も 表音文字で 書ける はずです。実際,中国語には ローマ字(ピンイン)が あるので,漢字が なく なっても 中国人は こまりません。日本語が 漢字を つかっているのも ただの 偶然です。たまたま となりの 先進国が 漢字を つかっていたから それを とりいれた だけです文字を もたない おくれた 国が すすんだ 国から 文字を とりいれようと する とき,言語が ちがう ために その 文字が つかいにくかったり,その 文字を つかう ことで 大国の 文化に のみこまれて しまうのを きらったり する ことが あります。そのような 場合,自分たちの 言語に 適した 文字を つくりだす ことが よく おこなわれます。古代中国の 周辺では,こうして 独自の 文字が いくつも かんがえだされました:突厥文字,契丹文字,西夏文字,女真文字などです。これも プライドを もった 国の やりかたです。。もともと 日本語と 漢字の あいだに 本質的な むすびつきは ありません。古事記や 万葉集の 時代,日本人は 漢字を 表音文字として もちい,日本語を 書きあらわす ことに 成功 しました漢字を 表音文字として もちいたのは 日本 だけでは ありません。中国も 昔から 外国語を 書く ために おなじ ことを やっていました。たとえば,「奈落」は「地獄」を 意味 する サンスクリット語が 中国語に なった ことばです。。源氏物語や 枕草子の 時代,日本の 文学は かな文字に よって おおきく 発展 しました。このように,日本語を 表音文字で 書く ことは 昔から おこなわれてきた ことです。日本の 伝統とも いえるでしょう。

同音異義語の 問題

日本語を かな文字書きや ローマ字書きに すると 読みにくく なりますが,その 理由の 大部分は なれていない ことです。なれて しまえば 読みにくいとは かんじません。しかし,なれの 問題とは いえない 部分も あります。表音文字だけで 書くと,同音異義語の みわけが つかない ことです。たとえば,学校教育を テーマに した 文章の 中に「シリツ」とか siritu と 書かれていたら,「私立」か「市立」か わかりません。このため,かな文字文や ローマ字文は よみにくく なって しまう ことが あります。

これは かな文字文や ローマ字文の 欠点では なく,いまの 日本語が もっている 欠点です。どんな 言語にも 同音異義語は ありますが,いまの 日本語の それは あまりにも おおすぎます。「私立」と「市立」の ように,文脈の たすけを かりても 解決 できない 同音異義語は,外国の 言語学者が おもしろがる ほど めずらしい ものです。ふつうの 言語は ことばの 音声を 耳で きけば 意味が わかります。これが ことばの 基本機能です。ところが,日本語は 耳で きいた だけでは 何を いっているのか わからない ことが よく あります。これでは 基本機能が こわれている ような ものです。よく,漢字を みれば 意味が わかって 便利だと いう 人が いるのですが,これは とんでもない まちがいです。漢字を みなければ 意味が わからない ことが おかしいのです。日本人は 漢字を 無批判に つかいすぎた せいで 日本語を スポイル して しまったと いえるでしょうこの 議論は 芸術,広告,あそびなどに もちいる 言語には あてはまりません。むしろ,ゆたかな 熟字訓,奇抜な ふりがな,たくみな 漢字ダジャレなどは 知的な いとなみで,大切な 文化で あると かんがえられています。かな文字論や ローマ字論が 対象に するのは そういう 言語では ありません。情報を つたえる 道具としての 言語,文明社会を ささえる インフラとしての 言語です。この 土台の 上に 文化としての 言語活動が あると かんがえます。

かな文字論や ローマ字論は ただ 漢字を やめようと いっている だけでは ありません。ほかにも おおきな 仕事が あります。それは 日本語を 耳で きいた だけで 意味が わかる ように かえていく ことです。これは「ことばなおし」とか「ことばえらび」と よばれ,かな文字運動や ローマ字運動の 重要な 柱に なっています漢字を やめる かんがえに はげしく 反対 する 人は すくなく ありませんが,かな文字論や ローマ字論を わかった 上で 反対 している 人は ごく わずかです。分かち書きを しらない 人が よみにくいから ダメだと いっていたり,ことばなおしを しらない 人が 同音異義語が ふえるから ダメだと いっていたり する 場合が ほとんどです。

日本語が この先 いきのこるには

日本語の これまで

もし 日本が 漢字の ことばを 積極的に とりいれなかったら,明治時代からの めざましい 発展を なしとげる ことは できなかったでしょう。そう かんがえると,日本語が 漢字の 中毒に なって しまったのも 半分は しかたが ない ことです。しかし,のこりの 半分は 言語政策の 失敗です日本語の 書きことばが むつかしい ままで ある ほうが 仕事の 上で 有利な 作家や 評論家など(いわゆる 文系の 人)の 発言力が つよい ことも 原因です。日本では,いわゆる 理系の 人が パブリックな 発言を しない かたむきが あります。(外国には そういう かたよりが なく,文系と 理系の 区別 そのものが ありません。)論理的な 主張は うけいれられにくい ようです。感情に ながされやすい 人が おおいと,情緒に うったえる ことばが 力を もちます。たくみな ことばで 感情を あやつる プロが 現行の 表記システムを まもる 方向に 世論を みちびいて しまいます。

この 失敗が さまざまな 社会問題を ひきおこす もとに なりました。ほとんどの 人に とって 漢字かな交じり文は,いったん おぼえて しまえば,それなりに 便利な 道具です。けれども,そう かんじていない 人も います。人が おかれている 状況は さまざまで,かんがえも いろいろです。すこしでも 観察力と 想像力が あれば,日本語の 書きことばが むつかしい せいで こまっている 人を いたる ところに みつけだし,おもいうかべる ことが できる はずです本当は こういう ことを こどもに おしえ,世の中の 問題に 気づかせ,その 解決策を かんがえさせるのが 学校の 教育でしょう。けれども,そういう 授業が おこなわれる ことは まれです。実際には,漢字は 日本の すぐれた 文化で あるという ような 特定の 価値観を うえつける 授業が よく おこなわれています。

しかも,うつりかわりの はげしい 時代に なって,この 問題が 無視 できない ものに なってきました。きびしい 目で みれば,いまの 日本語は 時代から 完全に とりのこされて,もはや 公用語としての 役割を はたせなく なりつつ あります。公の 場で 日本語が つかいにくく なってきているのです日本語ブームや 漢字ブームは こうした 現実を みとめたく ない 気もちから きていると かんがえられます。よく ある「日本自慢」の 一種でしょう。。その 原因は 漢字を 野ばなしに している ことです。日本を 外から みている 人には それが よく わかるのでしょう。先進国で ある はずの 日本が なぜ 漢字を やめないのか 不思議に おもっている 外国人は おおく,インターネットの コミュニティーでも しばしば 話題に なっています。

日本語の これから

これから 先も 日本語を つかっていきたいと おもうので あれば,日本語を このままに しておいて いい はずが ありません。意識的に 日本語の 表記システムを もっと やさしい ものに かえていく 必要が あります。もちろん,これには ながい 時間が かかります。その 道のりも けわしいと おもわれます。けれども,これを やらないで いたら,日本語に 未来は ありません。何も 手を うたないと,日本語は ますます つかいにくく なり,おとろえていく 一方です。いつかは 英語を 日本の 公用語に くわえなければ ならなく なるでしょう。そのとき,日本語は みすてられて しまうのでは ないでしょうか英語だけで 生活 できる 環境に なったら,英語を まなんだ ほうが 有利なので,教育に お金を かけられる 家庭は こどもに 英語を おしえる ように なります。すると,日本の 社会は おもに 英語で 生活 する「上流」と 日本語 しか できない「下流」に わかれて しまいます。「上流」には 日本語に たいする おもいいれが なく,「下流」には 日本語を みがきあげていく 能力が ありません。こうして 日本語は かがやきを うしなっていく 可能性が あります。。きえて なく なる ことは ないに しても,学問,芸術,趣味などの ほかでは つかわれなく なり,床の間の かざりに なって しまうかも しれません。

より くわしく

ローマ字運動に ついての くわしい 解説は「ローマ字運動」に あります。

【読みもの】 寺田寅彦と その 周辺

随筆家として 有名な 寺田寅彦(てらだ とらひこ)は 物理学者でした。彼の 研究テーマには「尺八の音響学的研究」「金平糖の角の研究」など 一風 かわった ものが あります。これらは 日常の 題材を あつかっていながら,科学的に 高度な ものです。彼が 庶民の 感性と 科学者の 知性の 両方に ひいでた 人で あった ことを よく あらわしています。

彼は 夏目漱石の おしえ子でした。正確には,ペンネームで あった 吉村冬彦(よしむら ふゆひこ)の 師匠が 漱石でした。では,物理学者 寺田寅彦の 師匠は だれかと いうと,それは 物理学者 田丸卓郎(たまる たくろう)です。寺田寅彦は 学生時代に 英語教師の 夏目漱石,物理学教師の 田丸卓郎と であい,文学と 科学の 両方を こころざしたと いわれています。


"Umi no Buturigaku" (1913)

田丸卓郎は ローマ字論者で,ローマ字論の バイブルと よばれている「ローマ字国字論」「ローマ字文の研究」を あらわした 人です。

寺田寅彦も 熱心な ローマ字論者でした。彼の 著書には すべて ローマ字で 書かれた 教科書なども あります。図は 約100年前に 書かれた「海の物理学(Umi no Buturigaku)」です。

寺田寅彦の 門下生には 雪の 結晶の 研究で 有名な 物理学者 中谷宇吉郎(なかや うきちろう)が います。彼も また 随筆家で,「雪は 天から 送られた 手紙で ある」は よく しられた ことばです。