訓令式
KUNREISIKI

あらまし
Aramasi

明治時代から ローマ字には いろいろな 方式が あり,それらの 中で 有力な ヘボン式日本式が 対立 して 混乱が つづいて いました。そこで,ローマ字の かきかたを 統一 しよう という ことに なり,1937(昭和12)年に 公式の ローマ字が つくられました。それが 訓令式です。

戦後,GHQが 一部の 分野で ヘボン式を 強制 した こと などから,ローマ字は ふたたび 混乱 して しまいましたが,1954(昭和29)年に あらためて 訓令式を 公式の ローマ字と する ことが きめられました。

日本語を ローマ字で かく ときは 基本的に 訓令式を もちいる ことに きまって います。ローマ字には 国際標準化機構(ISO)が さだめて いる 国際標準の ISO 3602も ありますが,その 中身は 訓令式です。


ローマ字は 人名や 地名を かく ために つくられたのでは ありません。日本語の 文章を かく ためです。つまり,ローマ字は 日本語の 表記法の ひとつです。したがって,日本語の 性質に あった かきかた,日本語で くらして いる 人が おぼえやすく つかいやすい かきかたで なければ いけません。訓令式は そのように 設計 された 方式で,日本語を かくのに ふさわしい ローマ字です。小学校の「国語」で 訓令式を おしえるのは このためです。ローマ字は 日本語の 一部で あり,ローマ字の 勉強は 日本語の 勉強です。


訓令式は 発音の 正確さより つづりの 規則性を 優先 した 方式で,ヘボン式は 発音を 正確に しめせるけれども つづりが やや 不規則な 方式だと 説明 される ことが よく あります。しかし,これは とんでもない まちがいです。訓令式と ヘボン式の ちがいは あとで くわしく 説明 します。

訓令式の「ローマ字表」
Kunreisiki no "Rômazi-hyô"

訓令式の「ローマ字表」を 下に しめします。ヘボン式も 一緒に した「ローマ字表」は「「国語」の ローマ字」に あります。

直音拗音
aiueo
キャキュキョ
kakikukekokyakyukyo
シャシュショ
sasisusesosyasyusyo
チャチュチョ
tatitutetotyatyutyo
ニャニュニョ
naninunenonyanyunyo
ヒャヒュヒョ
hahihuhehohyahyuhyo
ミャミュミョ
mamimumemomyamyumyo
yayuyo
リャリュリョ
rarirureroryaryuryo
wao
ギャギュギョ
gagigugegogyagyugyo
ジャジュジョ
zazizuzezozyazyuzyo
ヂャヂュヂョ
dazizudedozyazyuzyo
ビャビュビョ
babibubebobyabyubyo
ピャピュピョ
papipupepopyapyupyo

※ カタカナは 音声を しめして います。

印刷用の「ローマ字表」(A4サイズ,2ページ)も あります。

訓令式の きまり
Kunreisiki no kimari

  1. 撥音(ん)は n で あらわします。撥音の つぎに 母音字 または y が つづく ときは きる印(')で くぎります。
  2. 促音(っ)は つぎの 子音字を かさねます。
  3. 長音(ー)は のばす 音の 母音字に 山形(^)を のせます。

onsen(温泉)
sinbun(新聞)
hon'ya(本屋)
kitte(切手)
zassi(雑誌)
itti(一致)
utyû(宇宙)
kibô(希望)
takusî(タクシー)
Tôkyô(東京)
Yamada Tarô(山田太郎)
Mukasi mukasi, aru tokoro ni ozîsan to obâsan ga imasita.


ここでは イ段の 長音を î で あらわして いますが,これを ii に する かきかたも あります。くわしくは「îii と かく?」を およみ ください。

takusii(タクシー)


ローマ字の かきかたは「かきかた」で くわしく 説明 して います。


「四つの言葉」から「小鳥」(昔の 教科書)

レオナルド・ダ・ビンチ「随想録」より。カルデリノは イタリア語で,日本では ラテン語の Charadrius から カラドリウスと よんで いる ようです。

「徳の愛」は カトリックが 重視 する 美徳の ひとつです。ラテン語は caritas。英語の charity(慈善)の 語源です。

おぎない
Oginai

訓令式という 名前
Kunreisiki to iu namae

「訓令式」は 訓令で さだめられた ことから 自然に ついた 名前です。正式の 名前では ないので 文部科学省も「いわゆる 訓令式」と 書いて いたり します。訓令とは 行政機関に たいする 命令で,訓令式を さだめた 訓令は 1937(昭和12)年9月21日に だされた 内閣訓令第3号「国語ノローマ字綴方統一ノ件」です。これで 公式の ローマ字が さだめられ,ルール上は ローマ字の つづりかたが 統一 されました。ただ,この あたらしい 方式には 名前が ついて いなかったので,ヘボン式日本式と 区別 する ため「訓令式」「国定式」などと よばれる ように なり,やがて「訓令式」に おちついた という わけです。

この 訓令は 1954(昭和29)年12月9日に だされた 内閣訓令第1号「ローマ字のつづり方の実施について」で あらためられました。しかし,この あたらしい 訓令には おおきな 問題が あり,ローマ字の 混乱を まねいて います。くわしくは 「ローマ字のつづり方」で 説明 して います。

ふりがなの ABC表記? 発音の ABC表記?
Hurigana no ABC-hyôki? Hatuon no ABC-hyôki?

ふりがなを ABCに おきかえた ものが ローマ字だと おもって いる 人が いますが,これは よく ある おもいちがいです。ローマ字は 日本語の 音声を ABCで かいた ものです。ローマ字の つづりは ことばの 音声で きまります。ふりがなでは きまりません。

日本語の 発音を 外国人に しめす 目的で ABC表記に した ものが ローマ字だと おもって いる 人も いますが,これも よく ある おもいちがいです。ローマ字に 正確な 発音を しめす 目的は ありません。じっさい,そんな はたらきは なく,日本語を しらない 外国人が ローマ字を みても,それを ただしい 発音では よめません。

このように,ローマ字は ふりがなの ABC表記でも 正確な 発音の ABC表記でも ありません。それでは いったい なんなのかと いうと,日本語の 表記法の ひとつです。漢字や かな文字を つかわず,日本語の 音声を ABCで かく しくみです。ただし,音声と いっても,口から でる 物理的な 音声では ありません。日本語で くらして いる 人の 頭の 中に ある 心理的な 音声です口から でる 物理的な 音声と 頭の 中に ある 心理的な 音声は ちがいます。口から でる 音声で いえば,「音程」「音符」「音楽」の〈ン〉は すべて ちがい,〈ハ〉〈ヒ〉〈フ〉の 子音も すべて ちがいます。しかし,日本語は これらの ちがいを 区別 しないので,日本語で くらして いる 人は これらの ちがいを 意識 して いません。この ばあい,これらの ちがいを 発音記号は かきわけますが ローマ字(訓令式)は おなじ つづりで かきます。訓令式が「音程」「音符」「音楽」の〈ン〉を すべて n と かき,〈ハ〉〈ヒ〉〈フ〉の 子音を すべて h と かくのは このためです。このように,ローマ字(訓令式)は 頭の 中で おなじだと おもって いる 音声を おなじ つづりで かき,ちがうと おもって いる 音声を ちがう つづりで かきます。

ローマ字と ふりがな
Rômazi to hurigana


ふりがな・ローマ字

ふりがなと ローマ字は おなじ 音声を ちがう 表音文字で かいた ものです。

ふりがなは 〇〇なのに ローマ字が ××なのは なぜですかと 質問 する 人が よく います。これは ふりがなを ABCに 変換 した ものが ローマ字だと かんちがい して いる 人が おおいからです。ローマ字入力が つかわれる ように なってから この かんちがいが ふえて います。

日本語の 音声を ラテン文字(ABC)で かいた ものが ローマ字で,かな文字で かいた ものが ふりがなです。ローマ字と ふりがなに 直接の つながりは なく,一般的に ローマ字の つづりと ふりがなの つづりは 対応 しません。ローマ字と ふりがなは おたがいに 独立 した ものです。

歴史的仮名遣いを つかって いた 時代は これが もっと はっきり して いました。たとえば,明治時代の 日本人は「川(かは)」「今日(けふ)」「声(こゑ)」を kawa, kyô, koe と かいて いました。戦後,現代かなづかいを つくった とき,ふりがなの かきかたが 近代化 されて ローマ字の それに ちかづいた わけです。

ただし,ふりがなは ローマ字に おいついて いない ところが あり,これらの かきかたは おなじに なって いません。ふりがなの かきかたは 近代化が おくれて おり,すこし おかしな かきかたに なって います。くわしくは「棒引き仮名遣い」を およみ ください。


完全に 自動では ふりがなを ローマ字に 変換 できません。ふりがなを ローマ字に 変換 する ツールは たくさん ありますが,それらは すべて 不完全で,ときどき 変換に 失敗 して まちがった 結果を だす ことが あります。くわしくは「なぜ ふりがなでは ダメなのか?」を およみ ください。

ローマ字と ローマ字入力
Rômazi to Rômazi-nyûryoku

ローマ字入力は ローマ字を 日本語入力システムに 応用 した ものです。ただし,その 設計に まずい ところが おおく,ただしい ローマ字を 入力 して それを そのまま 漢字かな表記に 変換 する 自然な しくみに なって いません。独自方式の ローマ字で ふりがなを 入力 して,それを 漢字かな表記に 変換 する しくみです。たとえば,hikôki を 入力 して「飛行機」に 変換 するのでは なく,hi, ko, u, ki で「ひ」「こ」「う」「き」を 入力 して,それを「飛行機」に 変換 します。

ローマ字と ローマ字入力は まったく ちがう 別の もので,ローマ字の かきかたと ローマ字入力の キーの おしかたは ちがいます。音声を〈 〉で,ふりがなを「 」で あらわすと,つぎの ように なります。

ローマ字ローマ字入力
こんにちは 〈コンニチワ〉→ konnitiwa konnnitiha →「こんにちは」
王様〈オーサマ〉→ ôsama ousama →「おうさま」
オオカミ〈オーカミ〉→ ôkami ookami →「おおかみ」
空気〈クーキ〉→ kûki kuuki →「くうき」
ケーキ〈ケーキ〉→ kêki ke-ki →「けーき」

学校の「国語」で おしえる ローマ字と ローマ字入力で つかう ローマ字が くいちがって いるのは ローマ字入力の 設計ミスが 原因です。ただしい ローマ字を 入力 して それを そのまま 漢字かな表記に 変換 する 自然な しくみに する べきでした。この 問題は ローマ字入力の しくみを あらためる ことで 解決 できます。くわしくは「ふたつの ローマ字を 統一 する」を およみ ください。

かきかたで 気を つける ところ
Kakikata de ki o tukeru tokoro

訓令式の「ローマ字表」は 子音字と 母音字が タテ・ヨコに 規則的に ならんで います。しかし よく みると,〈ヂ〉〈ヅ〉〈ヂャ〉〈ヂュ〉〈ヂョ〉〈ヲ〉の 部分が 不規則です。ローマ字入力の ローマ字は これらの 部分も 規則的です。そのため,ローマ字を よく しらない 人や ローマ字入力に なれて いる 人は「鼻血(はなぢ)」「三日月(みかづき)」を hanadi, mikaduki と かいて しまう ことが あります。これは まちがいですから 気を つけて ください。

なぜ「ぢ」「づ」を di, du と かかないのか,不思議に おもうかも しれませんが,その 理由は かんたんです。ローマ字は 日本語の 音声を ABCで かく ものだからです。音声を かく わけですから,おなじ 音声は おなじ つづりで かきます。いまの 共通語では「じ/ぢ」「ず/づ」の 音声は おなじなので,「じ/ぢ」は zi で 統一 し,「ず/づ」は zu で 統一 する ルールに なって います。di, du に すると 外国人が〈ディ〉〈ドゥ〉(または〈デュ〉)と よんで しまうから こういう ルールに して あるのだと いわれる ことも ありますが,そんな 理由では ありませんローマ字を 発音記号の ような ものだと おもって いる 人は おおいのですが,それは よく ある おもいちがいです。ローマ字は 日本語の 表記法の ひとつです。したがって,訓令式は 日本語の 性質に あわせて 設計 して あります。外国人に どう よまれるかは まったく 関係が ないので かんがえに はいって いません。中国や 韓国の ローマ字も 中国語や 韓国語の 性質に あわせて 設計 されて いて,外国人に どう よまれるかで つづりが きまって いるのでは ありません。英語の つづりも フランス語の つづりも 外国人に どう よまれるかを かんがえて つくって ある わけでは ないでしょう。ある 国の 言語の 表記法が その 国の 人で なく 外国人の 都合で できて いる なんて ことは,植民地でも ない かぎり,ふつうは ありません。

これと おなじ 理屈で,「じゃ/ぢゃ」「じゅ/ぢゅ」「じょ/ぢょ」は zya, zyu, zyo で 統一 し,「お/を」は o で 統一 する ルールに なって います。


こまかい はなしを すれば,四つ仮名(じ・ず・ぢ・づ)の かきかたには すこし まずい ところが あります。これは 訓令式の 弱点です四つ仮名は 現代仮名遣いと おなじ ように D と Z を つかいわける かきかたに すると いいでしょう。その ばあい,「鼻血(はなぢ)」「三日月(みかづき)」は hanadi, mikaduki です。くわしくは「もっと 日本語らしい かきかた」を およみ ください。

訓令式と ヘボン式の ちがい
Kunreisiki to Hebonsiki no tigai

訓令式は 日本人が 日本語を かく ために つくった 日本語らしい かきかたで,ヘボン式は アメリカ人が 日本語を よむ ために つくった 英語風の かきかたです。具体的な つづりや こまかい 規則の ちがいは「ローマ字の 比較」で 説明 して います。


しばしば ヘボン式は 訓令式より 発音を 正確に あらわして いて,ヘボン式で かけば 外国人が ただしい 発音で よめると いわれます。しかし,これは とんでもない まちがいです。ローマ字は 日本語の 表記法ですから,どちらの 方式も よみかたは おなじです。たとえば,訓令式の si, ti, tu, hu, ziヘボン式shi, chi, tsu, fu, ji は まったく おなじ 発音を あらわして います。よみかたは おなじで,かきかたが ちがいます。そして,外国人は どちらの 方式も ただしい 発音では よめません。

訓令式は 小学生が おぼえやすい ように ルールを 単純化 した かきかただとか,いまは つかわれなく なった ふるい 方式だとか,そんな ふうに おもって いる 人も いますが,これも まちがいです。訓令式は 日本語の 性質に あわせて 設計 して あるから 規則的で,ヘボン式は そうで ないから 規則性が みだれて 複雑化 して います。そして,訓令式は ヘボン式より あとに つくられた あたらしい 方式です。

音声学的には 訓令式より ヘボン式の ほうが すぐれて いると いわれる ことも ありますが,これは ローマ字と 発音記号の 混同から おこる かんちがいです。訓令式は 世界の 言語学者にも みとめられた 理論的な かきかたですが,ヘボン式は 言語学の 専門知識を もたない 宣教師が つくった ものですから,理論的に すこし まずい ところが あります。


昔の ローマ字は 外国人むけの ふりがな みたいな ものでした。日本人が「英語」の 教科書に かきこむ「ディス イズ ア ペン」式の カタカナ表記と おなじです。ヘボン式は そんな ローマ字の ひとつで,英語を はなす 人が つかう ふりがな みたいな ものです。外国人が ただしい 発音で よめる というのは 完全な あやまりで,英語を はなす 人が よめば ただしい 発音に ちかづく 部分が ある というだけです。英語を はなさない 人が よめば めちゃくちゃな 発音に なる ことも あります。

訓令式は 日本語らしい かきかたに なる よう,日本語の 音韻(おんいん)に もとづいて 設計 して あります。音韻は すこし むつかしい ことばですが,かんたんに いえば,ある 言語の はなし手が ちがいを 意識 して いる 音声です。訓令式は 日本語の はなし手が ちがいを 意識 して いる 音声を ちがう つづりで かき,ちがいを 意識 して いない 音声を おなじ つづりで かきます。つまり,日本語で くらして いる 人の 頭の 中に ある 心理的な 音声を その とおりに かく 方式です。表音文字で 記述 する 外国語の つづりかたも 基本的に この しくみで できていますから,訓令式は 世界的に みても 標準的な つづりかたで あると いえます。

訓令式が〈タ・チ・ツ・テ・ト〉の 子音を おなじ t で かき,「パンダ」の〈ン〉と「サンマ」の〈ン〉を おなじ n で かくのは,日本語で くらして いる 人が タ行の 子音の ちがいや〈ン〉の 発音の ちがいを 意識 して いないからですある 言語で くらして いる 人が どの 音声の ちがいを 意識 して どの 音声の ちがいを 意識 しないかは その 言語の 性質に よります。日本語は〈チ〉と〈ティ〉や〈ツ〉と〈トゥ〉を 区別 しない 性質を もって います。五十音図で「た・ち・つ・て・と」が おなじ 行に ならんで いるのは その あらわれです。英語の two は 日本語に なって いますが,それを〈ー〉と 発音 しても〈トゥー〉と 発音 しても ちがいは ありません。動詞「勝つ」の 活用は〈カナイ〉〈カマス〉〈カ〉で あって,〈カナイ〉〈カティマス〉〈カトゥ〉では ありませんが,もし 外国人が まちがって そんな 発音を して しまっても 意味が つうじます。だから,日本語で くらして いる 人は これらの ちがいを 意識 する 必要が ない わけです。ローマ字の 設計に あたって,日本語が 区別 しない ものを 区別 しない かきかたに すれば,それは 日本語を かくのに ふさわしい ローマ字に なる はずです。訓令式は こういう 方針で 設計 されて います。ローマ字は 日本語の 表記法ですから,日本語の 性質に あわせて つくって ある わけです。なお,ヘボン式は 音声を 重視 した 表記で 訓令式は 音韻を 重視 した 表記なので,外国人むけの 表示には 音声が わかりやすい ヘボン式が ふさわしい という 解説を ときどき みかけますが,これは まちがいです。ヘボン式も「ローマ字表」が 五十音図の 形に かかれて いるのですから,基本的には 日本語の 音韻を もとに した かきかたです。ただし,ヘボン式は 英語の 音韻に ひきずられて しまって,おなじと みなす べき 子音を ちがう つづりで かいて いる ところが あります(s/sh, t/ch/ts,h/f など)。

ta, ti, tu, te, to (た・ち・つ・て・と)
panda(パンダ) sanma(サンマ)

訓令式が つかわれない 理由
Kunreisiki ga tukawarenai riyû

ローマ字の かきかたには「ローマ字のつづり方」という 公式の ルールが あり,日本語を ローマ字で かく ときは 基本的に 訓令式を もちいる ことに きまって います。かりに そんな ルールが なかったと しても,ローマ字は 日本語の 表記法なのですから,日本語を 大切に する という 理念から いっても,日本語らしい かきかたに する という 理屈から いっても,訓令式を もちいる べきです。くわしくは「訓令式の 根拠」「ヘボン式か 訓令式か」を およみ ください。

ところが,訓令式を つかう 人は あまり いません。ほとんどの 人は ヘボン式を うたがいも せず うけいれて います。また,みずから すすんで ヘボン式を つかって います。これには いくつか 理由が あります。



企業の ロゴタイプ

企業名の ローマ字は ヘボン式が おおく,訓令式の NISSIN は めずらしい 例です。

まず,日本の 政府や 経済界が ヘボン式を つかって いるので,ヘボン式が 正式の ローマ字だと かんちがい されて いる ことです。政治的な 理由で,パスポートの ローマ字道路標識の ローマ字 など,公の 分野で つかわれる ローマ字は すべて ヘボン式の 変種に なって います。ビジネス上の 理由で,企業の ロゴタイプも ほとんどが ヘボン式の 変種です。芸能人の ニックネーム なども そうでしょう。これらが かんちがいを ひろめて います。ただしい ローマ字を かきたいと おもいながら,ルールを かんちがい して ヘボン式を つかって いる 人は おおいと おもわれます。

英語教育にも 問題が あります。「英語」の 教科書が ヘボン式から 派生した「英語式」を 採用 して いる ことです。これが「国語」で ならった ただしい ローマ字の 知識を うわがき して しまいます。「英語式」は あくまでも 英語の かきかたで あって,ただしい ローマ字では ないのですが,おおくの 英語教師は この 区別が わかって おらず,ただしい ローマ字と 英語の かきかたを きりわけて おしえて いません。ヘボン式なら 外国人が ただしい 発音で よめると おしえられた 記憶が ある 人は おおく,英語教師が うそを おしえて いる うたがいも あります。英語教育に 関心を もつ 人や 英語だけ 得意な 人が 訓令式を 否定 して いる ことも よく あります。このように,あやまった 英語教育の せいで,まるで 訓令式が おとった 方式で あるかの ように おもわれて いますきびしい ことを いう ようですが,小学校や 塾で 英語を おしえて いる 人を ふくめて,一部の 英語教師の 不勉強は 目に あまります。よく ローマ字教育の せいで 英語が わからなく なって いると いわれますが,事実は その 反対です。英語教育の せいで ローマ字が わからなく なって います。ちかごろは SNSの インフルエンサーによる 悪影響も みすごせません。翻訳・通訳の プロ,外国で くらして いる 人,小学生の 保護者 などには 日本の 英語教育に 関心を もって いる 人が おおく,こういう 人たちが ローマ字教育や 訓令式の 廃止を 熱心に うったえるので,手が つけられなく なって います。

国際理解教育に 力が そそがれて いない せいで,日本人の 国際感覚が まずしい ことも 理由の ひとつです。日本人の おおくは 国際化の 意味を ただしく 理解 して おらず,なんでも 英語風に すれば 国際的に なると かんちがい して います。そのうえ,経済界や 教育産業から「英語コンプレックス」を うえつけられて います。いわゆる「英語かぶれ」の 日本人を ときどき みかけますが,これは 外国でも 軽蔑 される ことが あります。こういう わけで,英語で かける 外来語を ローマ字で かくのは おかしいとか,英語風の つづりで ない 訓令式は かっこわるいとか,そんな 感覚が ひろまって います。


TINTIN

Tintinは ベルギーの 漫画(バンドデシネ)の キャラクターです。原作は フランス語なので,Tintinの よみかたは〈タンタン〉です。写真は ロンドンに ある お店。

日本語の 発音を 外国人に しめす 発音記号 みたいな ものが ローマ字だと おもわれて いる ことも おおきいでしょう。この かんちがいを して いる 人は,sa が〈サ〉なら si は〈スィ〉で ta が〈タ〉なら ti は〈ティ〉だと かんがえて います。しかし,ローマ字と 発音記号は ちがいます。そして,ABCの 発音は 言語に よって かわります。たとえば,イタリア語は ca を〈カ〉,ci を〈チ〉と よみます。スペイン語は ga を〈ガ〉,gi を〈ヒ〉と よみます。中国語は xi を〈シ〉,qi を〈チ〉と よみます。chi は 英語なら〈チ〉と よみますが,フランス語なら〈シ〉,ドイツ語なら〈ヒ〉,イタリア語なら〈キ〉と よみます。ところが,かたよった 外国語教育の せいで 英語 以外の 外国語に かんする 知識が なく,外国人は みんな chi を〈チ〉と よむ ものだと おもいこんで いる 人が います。その 結果,〈チ〉を chi と かく ヘボン式は 国際的で すぐれた 方式だと はやとちり して しまい,すすんで ヘボン式を つかう 人が でて きます訓令式で tya, tyu, tyo を〈チャ〉〈チュ〉〈チョ〉と よむのが 変だと いわれる ことも ありますが,おかしな ことでは ありません。英語の meet you の 発音は〈ミーチュー〉に ちかいでしょう。日本でも 人気が ある「うさこちゃん(ミッフィー)」は オランダうまれの キャラクターで,オランダ語の 名前は Nijntje(ナインチェ)です。この つづりを よく みると,tje を〈チェ〉と よんで いるのが わかります。一般に j は〈ヤ〉〈ユ〉〈ヨ〉の 子音を かく 文字で,ローマ字の y に あたりますから,tye を〈チェ〉と よんで いる ような ものです。〈ティ〉と〈チ〉は 発音が にて いて,しかも〈チ〉の ほうが 楽に 発音 できるので,〈ティ〉が〈チ〉に かわる 現象は よく おこります。日本語の「ち」の 発音も いまは〈チ〉に かわって いますが もともとは〈ティ〉でした。

このように,訓令式が つかわれない 理由は あやまった 政策と 教育です。公的な 分野では,日本語を 大切に する という 理念や 言語学の 理論から みちびきだされた ルールが まったく まもられて おらず,事実上 ヘボン式が おしつけられて います。私的な 分野では,ルールを しらない 一般人が 無知から ヘボン式に ひきよせられて います「無知」は バカに して いって いるのでは ありません。日本で 教育を うける 人が 英語 以外の 外国語や ローマ字の 知識から 政治的な 意図で とおざけられて いる ことを 問題に して います。外国語教育や ローマ字教育の ひずみは 政治の まずしさから きて います。政治の 力が 教育を ゆがめて いる 現状には おおきな 問題が あると いえます。



「北京」の ピンイン表記

現在,国際的な 場で「北京」は Beijing と かかれます。これは ピンイン という 中国の ローマ字です。ピンインは 中国語の 性質に あわせて 設計 された 中国語らしい つづりかたです。けれども,すこし 前まで「北京」は Peking と かかれて いました。これは 英国人が つくった ウェード式 という ローマ字です。中国は 英語風の ウェード式を やめて,中国語らしい ピンインに のりかえたのです。外国に たいしても ピンインを もちいる ように はたらきかけたので,いまでは 外国の 新聞も「北京」を Beijing と かいて います。

さて,日本は どうでしょうか。国際的な 場で「東京」は 英語風に Tokyo と かかれます。訓令式は 国際標準(ISO 3602)にも なって いるのですが,日本政府は これを 無視 して います。外国人は 日本で よく つかわれる ローマ字が 英語に にて いるのを 不思議に おもって ときどき 話題に する ことも ありますが,ほとんどの 日本人は その おかしさに 気づいて いません。こんな ありさまの 日本は,ローマ字に かんする かぎり,中国より おくれて いると いわなければ なりません。

【よみもの】 Zyappu
[Yomimono] Zyappu


Zyappu
nanbâ 17 natu gô 1998
natu da samâ da!
Inamori Izumi no sitai,
Tocca no wanpîsu de

1990年代に Zyappu(ジャップ)という 季刊の ファッション雑誌が ありました。日本人を さげすんで いう 英語の Jap を おもわせる タイトルは 反骨の 心意気を あらわす ものでしょう。この 雑誌の 内容も 服装情報誌の 枠に おさまらない 挑戦的な ものでした。

写真家でも ある 編集長の 伊島薫(いじま かおる)は ファッション雑誌を「理想の追求と実験の場」だと いって,実験的な 写真を すすんで とりいれました。中でも 刺激的だったのは,有名ブランドの 服を きた 女優が 死体を 演じる「連続女優殺人事件」シリーズです。伊島薫が うつくしさを おいもとめた 企画で,たいへん 人気が あった ようです。

誌面の デザインでも さまざまな ところで 実験的な こころみを おこないました。文章だけの ページでさえ 美術系の 雑誌に みえる ほどの できばえでした。この 雑誌の タイトルは もともと カタカナ表記の「ジャップ」だったのですが,それを ローマ字の Zyappu に かえたのも そんな こころみの ひとつです。のちには 広告 などを のぞく すべての 文章を ローマ字がきに して よみ手を おどろかせました。

Zyappu は 第21号まで 発行 されましたが,1999年に 出版社が たおれ,おしまれながら 休刊と なりました。