ヘボン式

あらまし

ヘボン式は アメリカ人の 宣教師 ジェームス カーティス ヘボン(James Curtis Hepburn)が「和英語林集成」という 辞書を つくった ときに かんがえだされました。この 中で ヘボンが つかった 書きかたに「羅馬字会」という 団体が すこし 手を くわえた ものが 現在 つかわれている ヘボン式です。「和英語林集成」も 第3版からは この 修正バージョンに のりかえました。

ヘボン式は 学校の「国語」と「英語」で ならいます。「国語」では 訓令式と ヘボン式を ならいますが,「国語」では 訓令式が 基本なので,ヘボン式は おまけ 程度の あつかいです。そのため,「国語」で ヘボン式を ならった 記憶が ない 人も おおい ようです。「英語」でも ヘボン式を ならいますが,この ヘボン式は「国語」で ならう ヘボン式と 書きかたが ちがいます。この サイトは「国語」の ヘボン式と「英語」の ヘボン式を 区別 しています。これは「英語式」で くわしく 説明 します。



ロイヒ つぼ膏(ニチバン

レトロ調の パッケージは 1989年から。ちいさい 文字の 部分は 外国語の ように みえますが,ヘボン式の ローマ字文です。

ヘボン式の 特徴は つづりが 英語風に してある ことです。ヘボン式は 英語の はなし手が 日本語を 読む ときの ふりがな みたいな ものだからです。日本人が「英語」の 教科書に 書きこむ「ディス イズ ア ペン」式の カタカナだと おもえば わかりやすいでしょう。英語を しらない 日本人でも カタカナ表記の 英語を 読めば 英語の 発音を ある程度 再現 できる ように,日本語を しらない 外国人でも ヘボン式を 英語風に 読めば 日本語の 発音を それなりに 再現 できます実際に 英語の はなし手が ヘボン式を 読むと,日本人が カタカナ表記の 英語を 読むのと おなじで,正しい 発音には なりません。英語を はなさない 外国人が ヘボン式を 読むと,英語風の つづりに なっていても 意味が ないので,もっと ひどい 発音に なる ことが あります。ヘボン式を 正しい 発音で 読む ためには,その 読みかたを 勉強 して,発音を 練習 しなければ なりません。日本語を しらない 外国人が 正しい 発音で 読めないという 点で,訓令式と ヘボン式は まったく おなじです。なお,ヘボン式が 英語に にているのは 子音 だけです。母音は 英語と にていません。

そのため,ヘボン式は 英語を はなさない 大部分の 外国人に 不親切で,国際的と いえません。もちろん,日本人に とっても 不自然で 不便な 書きかたです。カタカナ表記が 英語を 書くのに 適していない ように,ヘボン式は 日本語を 書くのに 適していません。したがって,日本語を ローマ字で 書く ときは 訓令式を もちいる きまりに なっています。それが 日本語の ルールです。

ところが,実際には この ルールが まもられておらず,ヘボン式を 変形 した 書きかたが さまざまな 分野で もちいられています。ほとんどの 日本人も それを おかしいと おもっていません。外国でも 日本語を 書く ときは ヘボン式に するのが ふつうです。これは「和英語林集成」が キリスト教社会を 通じて はやくから 世界に ひろまっていた こと,日本人が ヘボン式 ばかりを つかうので 外国人が それを 日本語の ルールだと 勘ちがい している こと,そして 日本政府が 外国に たいして 訓令式を 尊重 する ように はたらきかけていない ことが 原因です。


ヘボン式には きちんと した 定義が なく,分野に よって 書きかたが ちがいます。いわゆる「ローマ字表」の 部分は 基本的に おなじですが,そのほかの こまかい ところが ばらばらです。そして,それらの 書きかたが すべて「ヘボン式」と よばれています。そのため,ヘボン式と いう だけでは 正確な 書きかたを しめす ことが できません訓令式は きちんと 定義 されていますが,ヘボン式は「ローマ字表」以外の こまかい 部分に まともな 定義が ありません。「英語」の 教科書,パスポート,道路標識,駅名標などで つかわれている ヘボン式は,「ローマ字表」以外の 部分を 担当の 官庁などが 勝手に きめているので,すこしずつ 書きかたが ちがいます。なお,「ヘボン式」「訓令式」という よびかたも 正式の 名前では なく,自然に そう よばれる ように なった ものです。

ヘボン式の「ローマ字表」

ここでは もともとの ヘボン式と それを 拡張 した 標準式を しめします。

もともとの ヘボン式の「ローマ字表」

直音拗音
aiueo
キャキュキョ
kakikukekokyakyukyo
シャシュショ
sashisusesoshashusho
チャチュチョ
tachitsutetochachucho
ニャニュニョ
naninunenonyanyunyo
ヒャヒュヒョ
hahifuhehohyahyuhyo
ミャミュミョ
mamimumemomyamyumyo
yayuyo
リャリュリョ
rarirureroryaryuryo
wao
ギャギュギョ
gagigugegogyagyugyo
ジャジュジョ
zajizuzezojajujo
ヂャヂュヂョ
dajizudedojajujo
ビャビュビョ
babibubebobyabyubyo
ピャピュピョ
papipupepopyapyupyo

※ カタカナは 音声を しめしています。

※ 表の 形が きまっている わけでは ありません。「アイウエオ」を 縦方向に ならべて 全体を 横長に した 形も あります。撥音「ン」が 表の 中に はいっている ことも あります。

印刷用の「ローマ字表」(A4サイズ,2ページ)も あります。

※ ヘボン式が 画期的だったのは,日本語の 音声の 単位に あわせて ローマ字の つづりを きめた ことです。ヘボン式より ふるい ローマ字は これが 不完全で,日本語の 五十音と ローマ字の つづりが わかりやすく 対応 していませんでした。たとえば,ポルトガル式には〈イ〉の 書きかたが i, j, y の 3とおり ありました日本語の「空気」を 英語風に 書く 場合,kooky, cookee の ように,単語の 単位で ABC表記に する やりかたが あります。ヘボン式は もっと こまかい 単位(音節と いいます)で ABC表記に する 方法で,五十音図と ローマ字の つづりが わかりやすく 対応 しています。この 意味で いえば,ヘボン式は「ディス イズ ア ペン」式の カタカナ表記よりも すぐれた 表記法です。

標準式の「ローマ字表」

aiueo
kakikukeko
gagigugego
スィ
sa(si)suseso
ズィ
za(zi)zuzezo
シャシュシェショ
shashishu(she)sho
ジャジュジェジョ
jajiju(je)jo
ティトゥ
ta(ti)(tu)teto
ディドゥ
da(di)(du)dedo
ツァツィツェツォ
tsa(tsi)tsu(tse)tso
チャチュチェチョ
chachichu(che)cho
ヂャヂュヂェヂョ
(dja)(dji)(dju)(dje)(djo)
naninuneno
ホゥ
hahi(hu)heho
ファフィフェフォ
(fa)(fi)fu(fe)(fo)
papipupepo
babibubebo
mamimumemo
イェ
ya(y)iyu(ye)yo
rarirurero
ウィウェウォ
wa(wi)(w)u(we)(wo)
キャキュキョ
kyakyukyo
ギャギュギョ
gyagyugyo
ニャニュニョ
nyanyunyo
ヒャヒュヒョ
hyahyuhyo
ピャピュピョ
pyapyupyo
ビャビュビョ
byabyubyo
ミャミュミョ
myamyumyo
リャリュリョ
ryaryuryo
ラ゜リ゜ル゜レ゜ロ゜
(la)(li)(lu)(le)(lo)
ヴァヴィヴェヴォ
(va)(vi)(vu)(ve)(vo)

※ カタカナは 音声を しめしています。( )は 標準音 以外を しめしています。

※ ラ゜,リ゜,ル゜,レ゜,ロ゜は 英語の L音,ヴァ,ヴィ,ヴ,ヴェ,ヴォ は 英語の V音です。これで,英語由来の 外来語は 原つづりを 意識 した つづりに できます。例:right(ライト)は raitolight(ラ゜イト)は laito

ヘボン式の きまり

ここでは もともとの ヘボン式,標準式,「英語式」を しめします。

もともとの ヘボン式の きまり

  1. 撥音(ン)は n で あらわします。ただし,b, m, p の 前の 撥音は m に します。撥音の つぎに 母音字 または y が つづく ときは つなぎ(-)で くぎります。
  2. 促音(ッ)は つぎの 子音字を かさねます。ただし,ch の 前の 促音は t に します。
  3. 長音(ー)は のばす 母音字に マクロン(¯)を のせます。

onsen(温泉)
shimbun(新聞)
hon-ya(本屋)
kitte(切手)
zasshi(雑誌)
itchi(一致)
uchū(宇宙)
kibō(希望)
takushī(タクシー)
Tōkyō(東京)
Yamada Tarō(山田太郎)
Mukashi mukashi, aru tokoro ni ojīisan to obāsan ga imashita.

※ この ヘボン式は 駅名標の ローマ字で よく つかわれています。

標準式の きまり

  1. 撥音(ン)は n で あらわします。ただし,b, m, p の 前の 撥音は m に します。撥音の つぎに 母音字 または y が つづく ときは きる印(')で くぎります。
  2. 促音(ッ)は つぎの 子音字を かさねます。ただし,ch の 前の 促音は t に します。
  3. 長音(ー)は のばす 母音字に 山形(^)を のせます。

onsen(温泉)
shimbun(新聞)
hon'ya(本屋)
kitte(切手)
zasshi(雑誌)
itchi(一致)
uchû(宇宙)
kibô(希望)
takushî(タクシー)
Tôkyô(東京)
Yamada Tarô(山田太郎)
Mukashi mukashi, aru tokoro ni ojîsan to obâsan ga imashita.

※ 上で 説明 した「ローマ字表」を みても わかる ように,標準式は いろいな 流儀が ある ヘボン式の 中で もっとも 合理的に 設計 された 方式ですが,まったく つかわれていません。

「英語式」の きまり

  1. 撥音(ン)は n で あらわします。ただし,b, m, p の 前の 撥音は m に します。撥音の つぎに 母音字 または y が つづく ときも くぎりの 記号を 書きません。
  2. 促音(ッ)は つぎの 子音字を かさねます。ただし,ch の 前の 促音は t に します。
  3. 長音(ー)は 長音符号を 書きません。ただし,イ段の 長音は ii で あらわします。

onsen(温泉)
shimbun(新聞)
honya(本屋)
kitte(切手)
zasshi(雑誌)
itchi(一致)
uchu(宇宙)
kibo(希望)
takushii(タクシー)
Tokyo(東京)
Yamada Taro(山田太郎)
Mukashi mukashi, aru tokoro ni ojiisan to obasan ga imashita.

「英語式」は いろいろな 流儀が ある ヘボン式の 中で もっとも まずい 書きかたですが,さまざまな ところで つかわれています。学校の「英語」で ならう ローマ字も これです。


イ段の 長音を ii に する 書きかたが あります。上の 説明では「英語式」だけ ii に していますが,実際には ほかの 方式でも ii が よく つかわれています。くわしくは「îii と 書く?」を お読み ください。

takushii(タクシー) chiizu(チーズ)


ローマ字の 書きかたを しらべている 人は かんたんな 説明が「あらまし」に ありますので,そちらも お読み ください。くわしい 説明は「書きかた」に あります。


「コペル君の手紙」(「君たちはどう生きるか」より)
(昔の 教科書)

この 教科書は 分かち書きで「ます」を きりはなす ところに 特徴が あります。いまは「ます」を くっつける 書きかたが 一般的ですこの 教科書は ヘボン式で 書かれた 単元を すべて イタリック体(斜体)に しています。

ヘボン式の 種類

いろいろな ヘボン式


企業名の ヘボン式

「サンヨー」は 「英語式」Sanyo と 書きますが,もともとの ヘボン式なら San-yō,標準式なら San'yô です。

ヘボン式には きちんと した 定義が なく,一般に ヘボン式と よばれている 書きかたには いろいろな 種類が あります。


和英辞典の ヘボン式

昔の 和英辞典は みだし語が ヘボン式ローマ字で 書かれていました。この 辞典では,b, m, p の 前の 撥音が n で,j の 前の 促音が d です。

これらは すこしずつ 書きかたが ちがいます。いわゆる「ローマ字表」の 部分は ほぼ 共通ですが,そのほかの 部分に こまかい ちがいが あります。b, m, p の 前の 撥音(ン)を m に する もの,n に する もの;撥音(ン)の あとの くぎりの 記号を きる印(')に する もの,つなぎ(-)に する もの,くぎりの 記号を 書かない もの;長音符号を 山形(^)に する もの,マクロン(¯)に する もの,長音符号を 書かない もの,などが あります。

dempa, denpa(電波)
hon'ya, hon-ya, honya(本屋)
Tôkyô, Tōkyō, Tokyo (東京)


藤岡勝二「羅馬字手引」(1906)

ここでは m の 前の 撥音 だけ m に なっています。

標準式,修正ヘボン式

明治時代の おわりごろ,ローマ字運動の 団体「ローマ字ひろめ会」は ヘボン式を すこし 拡張 して,それに「標準式」という 名前を つけて 宣伝 する ように なりました。これは そのころ ヘボン式と 対立 していた 日本式に 対抗 する ためです。もともと 日本式は 田中館(たなかだて)式と よばれていて,ヘボン式と つりあっていました。どちらも 人の 名前だからです。ところが,田中館式が 日本式と 名前を かえてきました。こう なると ヘボン式は「外国式」だと いわれて しまって 不利に なります。それで ヘボン式にも あたらしい 名前を つけた わけです。標準式という 名前には,標準式こそ 標準の ローマ字で 日本式は 非標準だ,という 意味が こめられています。

「ローマ字ひろめ会」は もともとの ヘボン式を 標準式と 改名 した つもりだった ようですが,この サイトは もともとの ヘボン式を 拡張 した ものが 標準式と かんがえています。

「修正ヘボン式」または「改修ヘボン式」という 名前が つかわれる ことも あります。これは,ヘボンが かんがえだした ヘボン式の 初期バージョンが 本当の「ヘボン式」で,ローマ字運動の 団体などが 手を くわえた 修正バージョンは「修正ヘボン式」だと かんがえて そう よんでいるのでは ないかと おもわれます。「修正ヘボン式」の 正式な 定義は なく,それが 具体的に 何を さしているかは はっきり しません。人に よって ちがう ものを さしている 可能性が ありますヘボンが「和英語林集成」の 初版・再販で つかっていた ローマ字が ヘボン式の ルーツです(初版と 再販でも ちがいが あります)。そのころ ローマ字を ひろめる 運動を する「羅馬字会」という 団体が あり,ヘボンが つくった ローマ字を すこし 修正 して 採用 しました。ヘボンは「羅馬字会」の 顧問に なっていたので,「和英語林集成」の ローマ字を 第3版から この 修正バージョンに あわせました。これが 現在 つかわれている ヘボン式で,この サイトは これを「もともとの ヘボン式」と よんでいます。「修正ヘボン式」の 意味は はっきり しませんが,この 修正バージョンか または「標準式」を そう よんでいる ことが おおい ようです。このほかにも,撥音(ン)を すべて N と 書く ヘボン式や「英語式」を そう よんでいる ことも あります。「修正ヘボン式」「改修ヘボン式」は 昔から ある よびかたで,1945年の GHQ指令は「修正ヘボン式」,1947年の 鉄道掲示規程は「改修ヘボン式」と いっていました。ややこしいので,この サイトは「修正ヘボン式」という よびかたを つかわない ように しています。

ヘボン式か 訓令式か

日ごろ 目に する ローマ字は ヘボン式から 派生 した 書きかた ばかりですが,この サイトは 訓令式を すすめています。日本語の ルール,言語学の 理論,ローマ字の 目的,日本人と 外国人の 利便性,国際社会の 理念,どこから かんがえても ヘボン式を えらぶ 理由が ありません。

ヘボン式は 日本語の ルールで 非推奨

ローマ字の 書きかたは「ローマ字のつづり方」で さだめられており,日本語を ローマ字で 書くときは 訓令式を もちいる ことに きまっています。これが 日本語の ルールです。ヘボン式は 特別な 事情が ある 場合に かぎって もちいる ことが ゆるされている だけです。ローマ字には 国際標準の ISO 3602も ありますが,その 中身は 訓令式です。

あまり しられていませんが,正式な ローマ字は 国内的にも 国際的にも 訓令式です。

ヘボン式は 日本語を 書くのに 適していない

ヘボン式は 英語の はなし手が 日本語を 読む ための 発音記号 みたいな ものです。つまり,英語の はなし手 専用の ふりがなです。この 意味で,日本人が「英語」の 教科書に 書きこむ「ディス イズ ア ペン」と おなじ ものです。ヘボン式は 英語の 性質に あわせて つくってあるので,日本語を 中心に かんがえると 無理を している ところが たくさん あります。「ローマ字表」が 不規則に なっているのも その ひとつです。

ヘボン式の おおきな 特徴は〈ン〉を n, m で 書きわける ルールですが,これは ことばを ABC順に ならべる ときの 順番を くるわせます。このため,名簿・索引などが(日本語の はなし手に とって)はなはだしく つかいにくい ものに なります。たとえば,名簿で 野間さんは 野田さんより うしろに ありますが,本間さんは 本田さんより 前に なります。索引で「安全弁」が「安全」より 前に あったり,百科事典で「ヒガンバナ」が「彼岸」より 前に あったり したら おかしいですが,ヘボン式で 書けば そう なります。

これは ヘボン式が 複合語の つづりを ねじまげて しまう ことから おこります。しかも,つづりを くっつけるか きりはなすかで それが おこったり おこらなかったり するので,ことばの つづりも 一定 せず,たいへん 不便です。たとえば,「茶碗」を 検索 しても「茶碗蒸し」が ヒット しないかも しれません。これに ついては「 「あんパン」は ampan か?」で あらためて のべます。

Noda(野田) Noma(野間)
Honda(本田) Homma(本間)
anzen(安全) anzemben(安全弁)
higan(彼岸) higambana(ヒガンバナ)
chawan(茶碗) chawammushi(茶碗蒸し)
kairan(回覧) kairamban(回覧板)
shikemmondai, shiken mondai(試験問題)
rosembasu, rosen basu(路線バス)

「ディス イズ ア ペン」式の カタカナ表記が 英語を 書くのに 適していない ように,ヘボン式は 日本語を 書くのに 適していません。小学校の「国語」で おしえる ローマ字が 訓令式を 基本に しているのは これが 理由です。英語の はなし手が ヘボン式を つかう 理由は ありますが,日本語の はなし手が ヘボン式を つかう 理由は まったく ないと いって いいでしょう。

ヘボン式は ローマ字の 目的に あっていない

もともと ローマ字は 外国人が 日本語を 読む ために つくった 道具でしたが,日本式ローマ字が できた とき,日本人が 日本語を 書く ための 道具に かわりました。いまの ローマ字の 目的は 日本語を 世界に 通用 する 文字で 合理的に 日本語らしく 書く ことで,いまの ローマ字は おもに 日本語を 世界に 発信 する ときに つかわれています。アメリカ人が つくった ヘボン式は ふるい タイプの ローマ字で,英語の はなし手が 日本語を 読む ための ふりがな みたいな ものですから,目的が ちがいます。

ローマ字は 外国人に 日本語の 読みかたを しめす ために ある もので,その つづりを 英語風に しておけば 外国人でも 正しい 発音で 読めるだろう。こんな ふうに かんがえている 人は おおいのですが,これは よく ある おもいちがいです。ローマ字に 正確な 発音を しめす はたらきは なく,外国人は どんな 方式の ローマ字を みても 正しい 発音では 読めません。ヘボン式は 英語の はなし手 専用の ふりがな みたいな ものですが,実際には それに みあった 性能が なく,英語の はなし手が ヘボン式を みても 正しい 発音は わかりません。

道路標識の 地名や 駅名標の 駅名が ローマ字で 書かれているのは,発音を しめす ためでは なく,外国人でも わかる 文字で 表示 する ためです。そう しておけば,外国人でも Ueno, Akihabara, Kanda などと 書かれた 路線図から 目的の 駅を さがせます。外国で ABC表記の 地名や 駅名を 読む つもりで かんがえてみれば,よく わかる はずです。しらない 言語の つづりを みても,おおよその 読みかたが わかる だけで,正しい 発音は わかりません。けれども,地名や 駅名が ABCで 書かれていれば 目的の ところを さがしだせるので,それで こまる ことも ありません。

ヘボン式は 日本人に とって 不便


「ローマ字手ほどき」(帝国ローマ字倶楽部)

1923年に 出版 された ヘボン式の 解説書です。練習問題の 中に ampan が あります。

日本人に とって ヘボン式は つかいにくい 方式です。日本語の 性質に あわせて 設計 されていないからです。ヘボン式を このんで つかっている 人が まちがって,「し」を si,「つ」を tu,「ちゃ」を cya,「じゃ」を jya と 書いているのを みた ことが あるでしょう。あきらかに,これは ヘボン式の つかいにくさを しめしています。

一般的な ヘボン式は b, m, p の 前に ある 撥音(ン)を m と 書きますが,この 書きわけは 不自然です。日本語は b, m, p の 前に ある 撥音と そうで ない 撥音とを 区別 しないからです。たとえば,ヘボン式の「あん」は an ですが,「あんパン」は ampan で,anam に かわります。これは 日本語の はなし手に とって まったく 意味が ない 規則です。ふだん 意識すら していない 発音の ちがいを 書きわけなければ ならない 方式は つかい勝手が わるいでしょうどんな 言語にも 特有の ルールが あり,その 言語を 母語と しない 人には その ルールが 奇妙に かんじられます。たとえば,日本語の「空」は〈ソラ〉,「青空」は〈アオゾラ〉です。日本語の はなし手に してみれば〈ソラ〉が〈ゾラ〉に かわるのは あたりまえです。しかし,英語の はなし手は そんな 感覚を もっていませんから,英語圏に ある おすし屋さんの 看板は Yamato Sushi とか Sakura Sushi で,Zushi に なっていません。anam に なるのも 英語の はなし手に してみれば あたりまえですが,日本語の はなし手には そんな 気もちが わかりません。


なっちゃん (SUNTORY)

ヘボン式は ch の 前に ある 促音(ッ)を t と 書きますが,これも 日本語の はなし手には わかりにくい ところです。ローマ字を よく しらない 人が ヘボン式の つもりで「あっち こっち」を acchi kocchi と 書いて しまうのは このためですローマ字入力の 影響も あるでしょう。「あっち こっち」を ヘボン式で 書くと,atchi kotchi ですが,一般的な ローマ字入力では このように キーを おしても 変換 できません。変換 できる ように する ことは 技術的に 可能ですが,たとえ そう しても,キー操作が ややこしく なる だけで,ちっとも 便利に なりません。

このように,ヘボン式には 日本語の はなし手の 感覚に あわない ところが あり,おとなでも まちがって 書いている ことが よく あります。これを こどもに おしえるのは 無理でしょう。おそらく,ほとんどの 小学生は キャラクターの「アンパンマン」や ニックネームの「さっちゃん」を ヘボン式で 書く ことが できません大学教授レベルの 人が まちがう ことも あります。ある 大学の「英語」の 入試問題に 流行語の「ぼっち飯」を とりあげた 文章が つかわれた とき,その ローマ字が bocchi-meshi でした。これは 知識人でも まちがって しまう ほど ヘボン式が つかいにくいからです。そうで なかったら 知識人の 知的劣化を うたがわなければ なりません。

× anpan(あんパン)
× sanma(サンマ)
× acchi kocchi(あっちこっち)
× maccha(抹茶)

ヘボン式は 外国人に 不親切


メイリオ

Windows の 書体「メイリオ」は 日本語の「明瞭」から 名づけられました。英語の はなし手は〈リョ〉の 発音が とても 苦手で,ryo を〈リオ〉と 発音 します。だから〈メイリオ〉です。

ヘボン式は 外国人に 不親切です。よく,訓令式は 外国人に とって 読みにくいと いわれますが,これは 実際に その とおりです。反対に,ヘボン式は 外国人に とって 読みやすいと いわれますが,これは まったくの デタラメです。訓令式も ヘボン式も 外国人には 読みにくいというのが 事実です。そもそも,外国人は ローマ字の 読みかたを しりません。しっている 人でも なかなか 正しい 発音では 読めません。ヘボン式は 英語の はなし手 専用の ふりがな みたいな ものですが,英語に カタカナで ふりがなを つけても 正しい 発音が わからないのと おなじで,日本語に ABCで ふりがなを つけた ところで 正しい 発音は わかりませんフランス語を しらない 人は toi, moi を みても その 読みかたが わかりません。英語を しっている 人でも L音と R音を きちんと 発音 するのは むつかしいでしょう。外国人が ローマ字を みた ときも それと おなじです。世界の 言語の 中で みれば 日本語は 発音が 比較的 やさしい 言語ですが,それでも 外国人に とって むつかしい ところは あります。日本語の 発音で 特に むつかしい ところは 特殊拍(促音・長音・撥音)です。外国人は「来て」「切手」「聞いて」を 区別 するのが 苦手で,「本を」「こんにちは」を〈ホノ〉〈コニチワ〉と いって しまう ことも あります。外国人の ものまねを する つもりで,どういう 発音を すれば 外国人らしさが でるか かんがえると よく わかります。

ローマ字は 日本語を ABCで 書いた ものです。外国人から みれば 外国語の つづりです。外国語の つづりは その 読みかたを 勉強 し,その 発音を 練習 して,はじめて 読める ように なる ものです。日本語の 読みかたを しらず,その 発音も できない 外国人が ローマ字を 正しい 発音で 読める はずが ないでしょう。

以前,メジャー リーグの ウェブサイトで イチローを しらべると,Ichiro Suzuki という つづりの 下に,Pronunciation(発音)として EE-chee-roh soo-ZOO-kee と 書いてありました。これくらい 極端な 書きかたを しないと 外国人は 日本語の 発音が わからないという 見本です大文字は アクセントを しめしているのでしょう。なお,この やりかたは 英語が わかる 人にしか 通用 しません。発音を 書きあらわす 国際的な 方法は 発音記号(音声記号)です。

ヘボン式は 英語の はなし手が 読みかたを 勉強 する とき おぼえやすい ように 工夫 してあります。つまり,英語の はなし手が みた ときに 違和感が すくない 自然な つづりに してある だけです。英語の はなし手に たいしても ヘボン式は この 程度の 親切さです。英語を はなさない 外国人に たいして ヘボン式の 工夫は 意味が なく,なんの 役にも たちません。そして,ほとんどの 外国人は 英語を はなしません。

こういう わけで,外国人は 訓令式も ヘボン式も 正しい 発音では 読めません。したがって,外国人への 親切の つもりで ヘボン式を もちいるのは 的はずれの 対応です。外国人に とっての 訓令式と ヘボン式は 日本人に とっての theatertheatre みたいな ものです。その 外国語を しらなければ どちらも 読めません。

おおくの 日本人が こんな 事実さえ しらないのは,国際理解教育が おろそかに されている せいです。外国人は だれでも 英語が わかると おもいこみ,外国語と いえば 英語しか おもいうかばない ほど,日本人の 言語観が やせほそっているからです。訓令式は〈チ〉を ti と 書くから おかしいといった 話も 英語 以外の 外国語を しらない ことから きています。

ヘボン式は 国際的で ない


北京オリンピック

国際的な 場で 日本語を 書く ときは ローマ字に します。しかし,英語風に 変形 して 書く べきでは ありません。国際化とは 世界を ひとつの 形式で 統一 する ことでは なく,すべての 国や 地域の 文化を ひとしく 尊重 する ことです。したがって,自分の 文化を 大切に する ことが 国際化の 基本です。ヘボン式は 英語に あわせる やりかたですから,国際的で ない どころか,むしろ その 反対です。

中国や 韓国は どう しているでしょうか。中国は「北京」を 英語風に Peking と 書かないで,中国語らしく Beijing と 書いています。韓国は「釜山」を 英語風に Pusan と 書かないで,韓国語らしく Busan と 書いています。国際化の かんがえから いえば これが 正しい やりかたです。

日本も 日本語を 日本語らしく 書く べきです。いまの ままだと,日本人が 日本語を 大切に していない ように みえます。このような 態度は 国際社会で 尊敬 されません。日本は 国際化に 対応 できない 国,「アメリカかぶれ」の 幼稚な 国だと おもわれて,世界の わらいものに なって しまいますおおくの 外国人は 日本語らしい つづりかたが どんな ものかは しりませんが,日本で よく つかわれている ローマ字の つづりと 英語の つづりが にている ことには 気づいています。あまりにも 不思議だと いうので,インターネットの コミュニティーで 話題に なる ことも よく あります。それが 偶然で ない ことを しっている 人は 日本人の 未熟な 国際感覚を みくだしています。実際,日本の 言語景観は 植民地か あるいは 経済的に ゆたかで ない 国に ある 歓楽街の ようです。近年,道路標識(案内標識)の ローマ字駅名標の ローマ字を やめて 英語に 書きかえる 作業が すすめられていますが,これは 国際社会の 理念に さからう もので,日本の 未熟さを 世界に さらしています。

ヘボン式は 時代おくれ

ローマ字は 外国語系と 日本語系に わける ことが できます。外国語系の ローマ字は 外国人が 日本語を 読む ために 自分の 言語に にせて 書いた ふりがなの ような もので,英語風の ヘボン式も その ひとつです。外国語系の ローマ字は おもに 外国人が ローマ字を つかっていた 時代の ふるい ローマ字です。これに たいして,日本語系の ローマ字は 日本人が 日本語を 書く ための ローマ字で,訓令式が その 代表です。日本語系の ローマ字は 日本人が つくった あたらしい ローマ字です。

ローマ字が もっぱら 外国人の 道具で あった 時代には 外国語系の ローマ字が つかわれました。しかし,いまは 日本人が 日本語を 世界に 発信 する ために ローマ字を つかう 時代です。そして,その 目的に 適した 国際的で あたらしい ローマ字が あります。外国語系の ローマ字は 時代おくれです。

ふるい 制度を あらためる ことが できない 国は 国際社会から とりのこされていくでしょう。じつは,中国・韓国も すこし 前まで 英語風の ローマ字を つかっていたのですが,いまは もう それを やめて,中国語らしい ローマ字・韓国語らしい ローマ字に きりかえています。日本は すでに 中国・韓国にも おくれを とっているというのが 現実です。

ヘボン式の つかいどころ

英語の はなし手が つかう


英語版 Wikipedia の ヘボン式

ヘボン式は 英語の はなし手が 日本語を 日本語として 書く ときに つかう ものです。そんな 状況は あまり ないので,ヘボン式が つかわれる ことは それほど おおく ありませんが,Wikipedia の 英語版で 日本の ものを しらべると,ヘボン式が つかわれているのを みる ことが できます。ほかには 英語の はなし手が 日本語を まなぶ ときの 教科書などで つかわれています。

ひろい 意味の ヘボン式の 一種で ある「英語式」は よく つかわれます。judo(柔道)や bento(弁当)の ように,日本語の ことばを 英語に とりいれる ときは「英語式」の つづりに します。日本人の 名前も Taro(太郎)や Yuko(優子)の ように「英語式」で 書きます。

日本語の はなし手が つかう

もともと ヘボン式は 英語の はなし手の ために つくられた もので,日本語の はなし手が ヘボン式を つかうのは 変です。日本人が 自分の 名前を ヘボン式で 書くのは アメリカ人が 自分の 名前を カタカナで 書くのと おなじくらい おかしいと いえます。しかし,日本語の はなし手が ヘボン式を つかっても おかしくない 状況が あります。

ひとつは 英語の はなし手に むけて 書く 英文の 中に 日本語の ことばを いれる 場合です。相手が ヘボン式の 読みかたを しっていれば すこし 読みやすく なりますそんな ことを するのは こどもに 赤ちゃんことばで はなしかける ような もので,相手を バカに していて 失礼だと かんがえる ことも できます。これは 書き手の かんがえかた 次第です。また,日本語を 勉強 している 外国人には ヘボン式を おしえない ほうが いいでしょう。ヘボン式は 日本語を 解説 する ときの 役に たちませんし,英語風に ゆがめた つづりを おしえたら まじめに 日本語を まなびたいと おもっている 人の ために なりません。

日本語の ことばを 英語に とりいれて もらう 目的で「英語式」を つかう ことも あります。例:omotenashi。英語に なっていない 日本語でも,英語に なった つもりで,英語の 書きかたに して しまう わけです。そうして 日本語の ことばを 英語圏に(そして 世界に)ひろめていく 作戦です本当は 日本語らしい つづりで うちだしていく ほうが いい ことは いうまでも ありません。

すこし 特殊な ケースとして,英語圏で くらしている 日本人が,現地の 文化に とけこむ ために,自分の 名前を 英語風の つづりに する ことも あります。

山形か マクロンか


「和英語林集成」の 長音 (1)

もともと,ヘボン式の 長音符号は マクロン(¯)でした。ヘボンが つくった「和英語林集成」では マクロン(¯)が もちいられています。「ローマ字ひろめ会」が 標準式を つくった ときは 山形(^)に しましたが,これは あまり ひろまりませんでした。駅名標でも マクロン(¯)が 採用 されています。また,マクロン(¯)は 手書きの ときに 山形(^)より 書きやすく,その 形が「のばす音」を 連想 させやすいという 教育上の メリットも あります。小学校の「国語」でも ヘボン式の 長音符号は マクロン(¯)に している ことが あります。

しかし,「ローマ字のつづり方」には 山形(^)しか 書いてありません。ルールに うるさい 人なら,マクロン(¯)は ルール違反だと いうでしょう。この 立場では 山形(^)が 正しい ことに なります。

あるいは,長音符号の 形に ふかい 意味は なく 長音の 目印に なれば 役割として 十分なんだから,どっちでも いいじゃ ないかと かんがえる 人も いるでしょう。


この サイトは 基本的に どっちでも いいという 立場ですが,現実的な 対応として 山形(^)を すすめます。その 理由は マクロン(¯)に ふたつの 弱点が あるからです。

ひとつは,技術者の 一部に 0(ゼロ)と 区別 する ため O(オー)の 上に 横線を 書く 人が いて,この 書きかたが まちがいを ひきおこす おそれが ある ことです。この 問題は みすごせませんし,うまい 解決策も なさそうです。この 理由から,手書きの ときは 長音符号を 山形(^)に する ほうが 安全です。

もう ひとつは,マクロン(¯)が 機械に 入力 しにくい ことです。マクロン(¯)が ついた 母音字は,ヨーロッパの メジャー言語で つかわれないので,ISO/IEC 8859-1(いわゆる Latin-1)に ふくまれておらず,これに 対応 している フォントが すくないからです。この 理由から,機械で 書く ときも 長音符号は 山形(^)に する ほうが 便利です。

「あんパン」は ampan か?

ヘボン式では「あんパン」を ampan と 書きます。英語の はなし手は b, m, p の 前の〈ン〉を m と 書くのが 自然だから こういう ルールに なっています。

しかし,英語で b, m, p の 前の〈ン〉が m に なっているか かんがえてみると,そう なっていない ことばも あります。たとえば,英語の gunman(ガンマン)は m の 前の〈ン〉が n です。なぜかと いうと,gunmangunman から できている 複合語だからです。gumman は「ゴム人間」か「歯茎男」です。このような 複合語は ほかにも たくさん あります。例:rainbow, penman, downpour

そう かんがえると,「あんパン」を ampan と 書くのが おかしい ことに 気が つく はずです。「あんパン」は「あん」と「パン」から できている ことばですから,本当は anpan で なければ いけません複合語では なく ひとつの ことばと かんがえられている 熟語も,その 構造を かんがえてみれば,ほとんどは ふたつの ことばの くみあわせです。したがって,本当は「新聞」「電報」も shimbun, dempō では なく shinbun, denpō と 書く べきでは ないでしょうか。「サンバ」は samba でも,「産婆」は sanba では ないでしょうか。


すこし 話が それますが,anpan と 書く ヘボン式も あります。複合語か どうかに かかわらず,すべての〈ン〉を n と 書く 流儀が あります。つまり,ヘボン式には b, m, p の 前の〈ン〉を m に する タイプと,それを しないで〈ン〉を つねに n と 書く タイプが あります。駅名標の ローマ字は 前者,道路標識(案内標識)の ローマ字は 後者から 派生 した 書きかたです。

ただし,一般に ヘボン式と いえば 前者を さします。こちらが 主流です。

Shimbashi(新橋)【駅名標】
Shinbashi(新橋)【道路標識】


日本語を しらない 外国人は「あんパン」を「あん」+「パン」と 認識 できませんから,b, m, p の 前の〈ン〉を みさかいなく m に する 書きかたしか できないかも しれません。しかし,これは「ガンマン」を「ゴム人間」に するくらい 日本語を ねじまげています。b, m, p の 前に ある〈ン〉を,複合語か どうかを かんがえないで,すべて m と 書く ヘボン式の ルールは やりすぎだと いえます。日本語を 大切に する 立場から この 欠点を 批判 する ローマ字論者は おおい ようです複合語が できる ときに,ことばの 発音が かわって その 形まで かわって しまう ことは よく あります。たとえば,「あめ(雨)」と「かさ(傘)」から「あまがさ(雨傘)」が できる 場合です。これを 不自然に かんじる 人は いないでしょう。けれども,an(あん)と pan(パン)から ampan(あんパン)が できるのは 不自然に かんじる はずです。これは 発音の 変化を 意識 しているか いないかが ちがうからです。「あまがさ」が できる ときに「あめ」「かさ」の 発音が かわる ことは 意識 していますが,「あんパン」が できる ときに「あん」の 発音が かわる ことは 意識 していません。つまり,ampan は つづりが 感覚に あっていないから 不自然に かんじる わけです。

〈ン〉を つねに n と 書く ヘボン式なら こんな 問題は おこりませんが,これは これで ヘボン式の ルールを ゆがめている わけで,英語の はなし手に とって 不自然な つづりに なって しまいます。これでは なんの ために ヘボン式に しているのか わかりません。

このように,ヘボン式らしく 書けば 日本語らしさを 傷つけて しまい,日本語らしく 書けば ヘボン式らしさを うしなって しまいます。ここからも ヘボン式が 日本語を 書くのに 適していない ことが わかるでしょう。

「英語式」

「英語式」とは

「英語」で ならう ヘボン式


「和英語林集成」の 長音 (2)

もともとの ヘボン式は 長音を 書く ときに 長音符号を つかいます。図は ヘボンが つくった「和英語林集成」ですが,ここでは「度」と「胴」「道」「堂」「銅」などが 長音符号で きちんと 区別 されています。これが もともとの ヘボン式です。

ところが,この ヘボン式から 長音符号を とりのぞいた 書きかたが さまざまな 分野で つかわれています。学校の「英語」で ならう ローマ字が その 代表です。パスポートの ローマ字道路標識(案内標識)の ローマ字も その なかまです。

ほんらい,この 書きかたは 日本語から 英語に なった ことばを 書く ときに つかう ものです。たとえば,「東京」が 英語に なると Tokyo と 書かれます。そして,英語の はなし手は これを〈トキオ〉に ちかい 発音で 読んでいます。Tokyo という 書きかたも〈トキオ〉という 読みかたも 日本語としては まちがいですが,英語としては それが 正しい わけです。つまり,これは 英語の 書きかたで あり,書かれているのは 日本語では なく 英語です。だから この 書きかたは 学校の「英語」で ならいます。

「国語」で ならう ヘボン式と「英語」で ならう ヘボン式は 別の ものです。「国語」の ヘボン式は 日本語の 文章を 書く ものですが,「英語」の ヘボン式は 日本語から 英語に なった 単語を 書く ものです。記号が あるか ないかの ちがいしか ないので みた目は よく にていますが,本質的に ちがいます。

from Tokyo to Osaka
(東京から大阪まで)
judo and kendo
(柔道と剣道)
miso soup with tofu
(豆腐のみそ汁)

この サイトは 長音符号を はぶく ヘボン式を「英語式」と よんで,ヘボン式と 区別 しています。一般には 長音符号を はぶく ヘボン式が 単に ヘボン式と よばれているので,まちがえない ように して ください。

「英語式」の つくりかた

「英語式」の つくりかたは「長音の o, u は 書かない」と 説明 される ことが おおいのですが,これは まちがいです。正しくは「ヘボン式の 記号を はぶく」です。

たとえば,「大山勇造」は「英語式」で Oyama Yuzo と 書きますが,これは ヘボン式の Ōyama Yūzō から 記号を とりのぞいた ものです。Ooyama Yuuzouo, u を とりのぞいた ものでは ありません官庁は ローマ字の 書きかたを 説明を する ときでも「ローマ字のつづり方」を 参照 しません。たとえば,外務省は パスポートの 名前の 書きかたを 説明 する ときに「ローマ字のつづり方」を 参照 していません。そのため,あやしげな 説明が 世の中に ひろまっています。こんな 説明では「林家ペー・パー子」を どう 書けば いいか わからないでしょう。

Ōyama Yūzō(大山勇造)【ヘボン式】
Oyama Yuzo(大山勇造)【「英語式」】

長音符号を はぶく 理由

長音符号を はぶく 理由は,英語に 日本語の ような 長音が ないからです。そして,日本語を 英語に して しまう わけですから,それは もう 日本語では なく,日本語の 正しい 書きかた(正しい ローマ字)に する 必要が ないからです。

これは 日本語の はなし手が 外来語を 日本流の つづりで 書いて 日本流の 発音で 読んでいるのと おなじ 理屈です。日本語の はなし手が lightright を どちらも「ライト」と 書く ように,英語の はなし手は「小野」と「大野」を どちらも Ono と 書きます。日本語は L音と R音を 区別 しません。英語は〈オ〉と〈オー〉を 区別 しません。区別 しない ものを いちいち 書きわける 必要は ありません。

「英語式」を ヘボン式から きりはなす

ローマ字の 話を する ときは「英語式」を ヘボン式と よばない ほうが いいでしょう。いまは ヘボン式と いえば「英語式」の 意味に とられるのが ふつうに なっています。けれども,「英語式」は いろいろな 流儀が ある ヘボン式の 中で もっとも ふつうで ない 書きかたです。それに,これを ヘボン式と よんだら,もともとの ヘボン式が 名前を うしなって しまいますこの サイトは 日本語を ラテン文字で 書いた ものが 正しい ローマ字で,その 中に ヘボン式や 訓令式などの 方式が あると かんがえています。「英語式」は ラテン文字表記の 日本語では ないので,この サイトは それを 正しい ローマ字とも へボン式の 一種とも みなしていません。ヘボン式から 派生 した 書きかたまで ふくめた,ひろい 意味の ヘボン式の 一種と かんがえています。

Tōkyō(東京)
Ōsaka(大阪)【ヘボン式】
Tokyo(東京)
Osaka(大阪)【「英語式」】

むやみに「英語式」を つかわない

英語に なっていない 日本語を「英語式」で 書くのは やめる べきです。学校の「英語」の テスト 以外では なるたけ つかわない よう おすすめ します。

「英語式」は 実用的で ない

「英語式」は 英語の 書きかたですから,日本語を 正しく 書く ことが できません。日本の 固有名詞を この 書きかたに すると,日本人が みても まともに 読めない つづりに なって しまいます。それにも かかわらず,「英語式」は さまざまな ところで つかわれていて,日本語が 書いてある はずなのに 日本人が みても 読めないという 異様な 状況が まかりとおっています。外国人が この 事実を しったら,日本人の 知性を うたがうかも しれません。「英語式」は 実用的で なく,つかえば つかう ほど 生活が 不便に なります。

「英語式」は 国際的で ない

「英語式」は 英語風の つづりですから,日本語を 日本語らしく 書く ことが できません。さまざまな 分野で これを つかっている 日本は 自分の 言語を 外国語風に ねじまげて 書いている わけです。これは 国際社会の 理念に さからう ふるまいで,国際的に はずかしい ことです。特に 公の 表示を 英語風に 書いている ありさまは,そのこと じたいが 政治的な 意味を もつ メッセージに なって しまい,日本の 信用を そこねています。「英語式」は 国際的で なく,つかえば つかう ほど 日本と 日本語の 国際的な 地位を 傷つけます。

「英語式」は あたりまえか?


企業名の ローマ字

日ごろ よく 目に する「英語式」の ひとつに 企業名の ローマ字(ロゴタイプなど)が あります。これが「英語式」に なっているのは ビジネスの 世界で 英語が 特別な 意味を もっているからです。ビジネス上の 戦略として そう しているのでしょう。昔から 日本の 企業名は「英語式」で 書かれる ことが おおく,いまでは それが あたりまえの ように なっています。

しかし,本当に あたりまえでしょうか。フランスの シャネルは CHANEL です。SHANEL では ありません。イタリアの グッチは GUCCI です。GUTCHI では ありません。こうしてみると,日本企業の 戦略が 本当に 正しいのか,あやしく なってきますビジネスの 世界で 英語が 共通語に なっている 現実と 固有名詞の つづりを どう するかは 別の 話です。英語風の つづりに しても 外国人は それを 正しい 発音では 読んで くれません。HONDA は フランスで〈オンダ〉と よばれ,SUZUKI は ドイツで〈ズツキ〉と よばれています。もしかしたら 英語風の つづりは 国内むけの イメージ戦略で,商店の 看板に「横文字」を 書く だけで 信用 された 明治時代からの しきたりなのでしょうか。本当の 理由は よく わかりませんが,この ビジネス上の 戦略は 日本企業の 名前と 日本人の「英語かぶれ」を 世界に ひろめています。

なぜ「英語式」で 書きたいのか

「英語式」は 昔から よく つかわれていて,大正時代には 一般に ひろまっていた ようです。けれども,これは 英語を はなす 外国人に すこし だけ 親切で,英語を はなさない 外国人には 意味が なく,日本人には 都合が わるい 書きかたです。日本人が すすんで これを もちいる メリットは 何も ありません。それなのに 日本人 自身が これを つかいたがるのは なぜでしょうか。理由は いくつか あります。


まず,長音符号が きらわれている ことです。日本人の おおくは 英語 以外の 外国語を よく しりません。特に,符号つきの 文字を つかう 外国語を しらない ため,長音符号に 違和感を もって しまいます。しかも,長音符号つき文字â, î, û など)は パソコンなどの 機械で 入力 しにくい ため,どうしても 敬遠 されて しまうのでしょう記号を はぶく 書きかたに すれば 特殊な 文字を つかわないから 便利だと いいたい 人が いるかも しれません。しかし,それは「パンダ」を「ハンタ」と 書いても かまわないと いっている ような ものです。

もっとも おおきな 理由は 英語と アメリカの 影響です。日本の 政界,官界,財界には 日本の あらゆる 制度を アメリカ式に かえようと する 力が はたらいています。一般人も おなじで,なんでも アメリカ風に するのが 国際的で よい ことだと おもいこんでいます。そのため,ローマ字も 英語風の 書きかたが 時代に あっていると かんがえたり,奇妙な 印が ついた ローマ字なんか かっこわるいと かんじたり しがちです。

教育も よく ありません。「英語」の 教科書は 日本の 固有名詞を「英語式」で 書いています。本当は,たとえ 英文の 中でも,日本の 固有名詞を 英語風に 書かなければ ならない 理由は ありません。英語を はなさない 外国人が 自分の 名前を 英語風に ねじまげて 書いているか,すこし かんがえたら わかりそうな ものですが,日本の いびつな 外国語教育が それを わからない ように していますフランス人や ドイツ人が 英文の 中に 自分の 名前を 書く とき どう するか,かんがえてみて ください。それと おなじ ように,日本人は 日本の 固有名詞を 日本流の つづりで(つまり 訓令式で)書いて かまいません。これは 国際社会の 常識です。中国も 韓国も そう しています。先進国で この あたりまえの ことが できていない 国は 日本 だけです。

きわめつきは アメリカに こびへつらう 日本政府の 態度でしょう。占領軍に 命令 された わけでも ないのに,道路標識(案内標識)の ローマ字駅名標の ローマ字で まちがった 政策を おしすすめています道路標識と 駅名標の ローマ字を やめて 英語に きりかえる 作業が すすめられています。しかし,地名や 駅名は 名前です。それを むりやり 英語化 すると,日本人と 外国人が おなじ ものを ちがう 名前で よぶ ことに なって しまい,不便に なる だけです。こんな ことを 大規模に やれば まちの 風景まで かわって しまいます。これは 日本の 文化を 傷つける ふるまいで あり,本当なら 保守派の 中から これに あらがう うごきが でてこなければ おかしいのですが,それも ありません。


こういう わけで,いまや 日本語を 英語風に 書く ことは あたりまえに なっています。それが おかしいと おもわれておらず,むしろ よい ことだと かんがえられています。大野さんが 自分の 名前を カタカナで「オノ」と 書く ことは ありませんが,ローマ字で Ono と 書く ことは よく あります。自分の 名前を 英語風に 書くのが 国際的だと かんがえているか,かっこいいと おもっているか,その 両方でしょう。Oh, no!

【読みもの】 「和英語林集成」デジタルアーカイブス


「和英語林集成」デジタルアーカイブス

ヘボンが 日本へ やってきたのは 1859(安政6)年でした。それから 数年 のちに ヘボン夫人が「ヘボン塾」を つくりました。これが 明治学院大学の ルーツです。「ヘボン塾」の 女子部は フェリス女学院大学に なりました。

明治学院大学図書館は 「和英語林集成」デジタルアーカイブス で「和英語林集成」の 画像データを 公開 しています。実際に 辞書を ひける(検索 できる)ように なっています。ヘボン式の 資料として,これ以上の ものは ないでしょう。

また,ヘボンが ローマ字の つづりかたを かんがえていた ときの 手稿,「和英語林集成」の 初版,再版,第3版 以降での つづりかたの うつりかわりも しる ことが できます。

たとえば,〈ズ〉は dz, zzdzdzuzu と 変化 した こと,〈フ〉は 手稿の 段階から ずっと かわらず fu で あった こと などが わかります。