ヘボン式

あらまし

ヘボン式ローマ字は アメリカ人 宣教師の ジェームス・カーティス・ヘボン(James Curtis Hepburn)が 和英辞典「和英語林集成」を つくる ために かんがえだした 書きかたが もとに なっています。ただし,現在 ヘボン式と よばれている 方式は ヘボンの かんがえた ものと すこし ちがいます。今の ヘボン式は ローマ字を ひろめる 運動を していた「羅馬字会」が 手なおし した ものです。「和英語林集成」も 第3版以降は この修正バージョンを 採用しています。


ヘボン式は アメリカ人が 日本語を 英語風に 書きうつした ものです。これは 日本人が 英語を カタカナで 書きうつした ものに あたります。カタカナ表記が 英語を 書きあらわすのに 適していない ように,ヘボン式は 日本語を 書きあらわすのに 適していません。

しかし,英語を まったく しらない 日本人でも,カタカナ表記の 英語を 読めば,英語の 発音を ある程度 再現できるのと おなじ ように,日本語を まったく しらない 外国人でも,ヘボン式を 英語風に 読めば,日本語の 発音を それなりに 再現する ことが できます。したがって,英語の 話し手が 日本の 固有名詞を あつかう 場合などに かぎれば,ヘボン式は 役に たちます。

ただし,ヘボン式が 英語に にているのは 子音 だけです。母音は イタリア語・ドイツ語などに にせてあります。


現在,ローマ字は 訓令式を つかう ことが 推奨されていて,ヘボン式は 非推奨の あつかいです。このサイトでも 訓令式を すすめています(くわしくは「訓令式の根拠」ページを お読み ください)。しかし,実際には 訓令式が つかわれる ことは すくなく,ヘボン式の 一種と かんがえられる 独自ルールが さまざまな 分野で もちいられています。

海外でも ローマ字は ヘボン式が おおい ようです。これは「和英語林集成」が キリスト教社会を 通じて はやくから 世界に ひろまっていた こと,日本人が ヘボン式 ばかりを つかうので 外国人が それを 日本の 正式ルールだと 勘ちがい している こと,日本政府が 外国に 対して 訓令式を 尊重する ように はたらきかけていない ことが 原因です。

おきかえ表

ヘボン式には 国が さだめた 公式ルールが ありません。ここでは「ローマ字ひろめ会」が 提唱していた「標準式」を しめします。「標準式」は ヘボン式の 別名です。

aiueo
kakikukeko
gagigugego
スィ
sa(si)suseso
ズィ
za(zi)zuzezo
シャシュシェショ
shashishu(she)sho
ジャジュジェジョ
jajiju(je)jo
ティトゥ
ta(ti)(tu)teto
ディドゥ
da(di)(du)dedo
ツァツィツェツォ
tsa(tsi)tsu(tse)tso
チャチュチェチョ
chachichu(che)cho
ヂャヂュヂェヂョ
(dja)(dji)(dju)(dje)(djo)
naninuneno
ホゥ
hahi(hu)heho
ファフィフェフォ
(fa)(fi)fu(fe)(fo)
papipupepo
babibubebo
mamimumemo
イェ
ya(y)iyu(ye)yo
rarirurero
ウィウェウォ
wa(wi)(w)u(we)(wo)
キャキュキョ
kyakyukyo
ギャギュギョ
gyagyugyo
ニャニュニョ
nyanyunyo
ヒャヒュヒョ
hyahyuhyo
ピャピュピョ
pyapyupyo
ビャビュビョ
byabyubyo
ミャミュミョ
myamyumyo
リャリュリョ
ryaryuryo
ラ゜リ゜ル゜レ゜ロ゜
(la)(li)(lu)(le)(lo)
ヴァヴィヴェヴォ
(va)(vi)(vu)(ve)(vo)

※ この表の カタカナは 音声を しめしています。( )は 標準音 以外を しめしています。

※ ラ゜,リ゜,ル゜,レ゜,ロ゜は 英語の L音に 対応する 音です。

※ ヴァ,ヴィ,ヴ,ヴェ,ヴォ は 英語の V音に 対応する 音です。

※ 一般に,ヘボン式の おきかえ表は 訓令式の おきかえ表に ヘボン式の つづりを 書きこんだ だけの ものが おおく,この表に ある she, che, je, fa, wo などは あまり しられていません。小学校でも「ローマ字のつづり方」に とりいれられて いない 部分は おしえていません。

つけたし

  1. 撥音(ン)は その次に b, m, p が つづく ときは m,それ以外の ときは n で あらわします。n の 次に 母音字 または y が つづく ときは 切る印(')で くぎります。
  2. 促音(ッ)は その次の 子音が ch の ときは tch の 形にし,それ以外の ときは 次の 子音字を かさねて 書きます。次の 子音字が 2文字の とき(shなど)は 1文字め だけを かさねます。
  3. 長音(ー)は のばす 母音字に 山形(^)を のせます。

onsen(温泉)/ shimbun(新聞)/ hon'ya(本屋)
Nippon(日本)/ kitte(切手)/ itchi(一致)/ zasshi(雑誌)
Tôkyô(東京)/ Ôsaka(大阪)
Mukashi mukashi, aru tokoro ni ojîsan to obâsan ga imashita.

おぎない

ヘボン式ローマ字 だけを さだめた 公式の 国内規格が つくられた ことは 一度も ありません。しかし,明治時代から ヘボン式という 名前で 流通していた ローマ字が あり,戦後に さだめられた「ローマ字のつづり方」も それを 部分的に とりいれています。

また,ふるい ヘボン式を もとに して 独自ルールが つくられ,パスポート,地名,駅名などの 分野で つかわれています。日常生活で 目に する ローマ字は 道路標識の 地名や 鉄道の 駅名が おおいので,ヘボン式が 正しい ローマ字だと 勘ちがい している 人も おおい ようです。


通常,日本語の 話し手が 日本語の ことば(固有名詞を ふくむ)を ヘボン式で 書く 必要は ありませんし,書くべきでも ありません。それなら,ヘボン式は おぼえなくても いいかと いうと,そんな ことは ありません。現実に つかわれている ローマ字は ほとんど ヘボン式ですから,すくなくとも 読めなければ なりません。また,次に あげる ふたつの ケースの ように,ヘボン式で 書く ことも あります。

ひとつは,英語しか 読めない 人の ために 書く 英文に 日本の 固有名詞を いれる 場合です。このとき ヘボン式で 書いてあげると(相手が 読みやすいので)親切だと かんがえる ことも できますそれは 余計な おせっかいで,むしろ 相手を バカに していて 失礼だ,と かんがえる ことも できます。これは 書き手の かんがえかた 次第です。

もう ひとつは,日本語の ことばを 外来語として 英語に とりいれて もらおうと する 場合です。このときは 当然 英語風の つづりで ある ヘボン式を つかいます。tsunami, sushi, ninja などは よく しられた ことば ですが,すべて ヘボン式の つづりに なっています。


ヘボン式では b, m, p の 前に ある 撥音を m に しますが,日本語の 話し手は b, m, p の 前に ある 撥音と そうで ない 撥音とを 区別しません。そのため,この 書きわけは 不自然に 感じられます。

たとえば,ヘボン式では「あん」は an と 書くのに「あんパン」は ampan と 書かなければ なりません(anam に かわります)。けれども,日本語の 話し手は〈アン〉を おなじ ように 発音している つもりですから,なんだか おかしい 感じが するでしょう「空」は〈ソラ〉,「青空」は〈アオゾラ〉です。日本語の 話し手は〈ソラ〉が〈ゾラ〉に なるのを 自然に 感じますが,英語の 話し手は そんな 感覚を もっていません。それと おなじで,英語の 話し手は anam に なるのを あたりまえに おもっていますが,日本語の 話し手は そんな 気もちが わかりません。

普段は 意識していない ちがいを 書きわける 表記ルールは つかい勝手が よく ありません。感覚的に 区別していない ちがいを 書きわけようと すると,ちがいを かんがえながら 書く 必要が あります。これでは とても 実用に たえられません。

このように,ヘボン式は 日本語の 話し手の 感覚に あっていない ところが あり,不自然で 不便な 方式で ある ことが わかりますch の 前の 促音を t に する ルールも これと おなじで,日本語の 話し手の 感覚に あっていません。


ヘボン式は 日本語を 英語風に 書く ために つくられた ものですから,その 目的で つかう 場合には 適しています。英語の 話し手に あわせて 日本語を 書きたい 場合には ヘボン式が もっとも ふさわしいと かんがえられます。

しかし,英語を 話さない 人に とって ヘボン式は 読みやすく ありません。そして,世界の ほとんどの 人は 英語を 話しません。これは ほとんどの 外国人が ヘボン式を 正しく 読めない ことを 意味します。つまり,外国人への 親切の つもりで ヘボン式を つかうのは 骨おり損の くたびれもうけだと いう ことですさらに いえば,英語の 話し手も ヘボン式を 正しく 読める わけでは ありません。

また,国際的な 場面で 日本の ことば(固有名詞を ふくむ)を 英語風に 書くべきでは ありません。非英語圏で,自分の ことばを わざわざ 英語風に 書く 国が あるでしょうか? どこの 国だって 自分の ことばは 自分の ことばらしく 書いています。中国や 韓国も そうしています。日本語も 日本語らしく 書くのが あたりまえでは ありませんか。もし そう していなかったら,外国人には 日本人が 日本語を 大切に していない ように みえます。このような 態度は 国際社会に おいて 尊敬されません。アメリカかぶれの 幼稚な 国だという あやまった 印象が ひろまると,日本は 世界の わらいものに なって しまいますおおくの 外国人は 日本語らしい つづりかたが どんな ものかを しりませんから,日本人が 英語風の つづりかた ばかり している ことに 気づいていません。しかし,教養の ある 人たちの 中には それを しっている 人も いて,未熟な 国際感覚を みくだしています。本当の 意味の 国際化という 観点では,道路標識や 駅名の ローマ字は かなり はずかしい 状況に なっていると いえます。


ヘボン式には 公式の 規格が ない ことも あり,書き手に よって つづりかたに ゆれが あります。具体的には,長音符号の 山形(^)を マクロン(¯)に する 書きかたや,くぎりの 切る印(')を ツナギ(-)に する 書きかたも おこなわれています。これは 昔からで,今も こちらを 目に する 機会が おおいかも しれません。

hon-ya(本屋)
Tōkyō(東京)/ Ōsaka(大阪)


ヘボン式では 長音符号を 省略する 書きかたが よく おこなわれています。パスポート式道路標識の 地名が 長音符号を つかわないので,そういう 書きかたも できるとか,最近は そういう かきかたも できる ように なってきたとか,そんな 風に かんがえている 人が いるかも しれません。

しかし,そうでは ありません。パスポート式道路標識の 地名の 書きかたは 正しい ローマ字では なく,ローマ字の ルールを ないがしろに して つくられた 独自規格です。正しい ローマ字は 長音符号を 省略しません。

× Kato Cha(加藤 茶)/ × Takagi Bu(高木 ブー)
× Tokyo(東京)/ × Osaka(大阪)

パスポートの ローマ字表記を インターネットで しらべると,パスポート式の ローマ字を 解説している サイトが たくさん みつかります。そこでは その書きかたを「ヘボン式」と よんでいる ことが あります。しかし、外務省が いう「ヘボン式」は「し」「ち」「つ」「ふ」を shi, chi, tsu, fu に する 書きかたの ことで,パスポート式を「ヘボン式」と よんでいるのでは ないと かんがえて ください。

このサイトでは,日本語を ラテン文字で 書く 方法を ローマ字と よび,その中に いろいろな 方式が あると かんがえています。ヘボン式には,公式ルールが ないため,さまざまな 派生形が あります。しかし,それらも ローマ字で ある 以上,日本語を 書きあらわす ことが できなければ なりません。ところが,パスポート式には 日本語を 書きあらわす 能力が ありません。つまり,厳密に いえば,パスポート式は ローマ字と よぶ ことが できません。したがって,ヘボン式の 一種と かんがえる ことも できません。

「和英語林集成」の長音表記
「和英語林集成」の長音表記

英語は 符号つきの 文字を つかわないので,ローマ字も それと おなじに しなければ いけないと おもう 人が いるのかも しれません。しかし,ローマ字は 日本語です。ローマ字の 書きかたと 英語の 書きかたは まったく 関係ありません。

昔の ヘボン式は 長音符号を 書いていました。上の 画像は「和英語林集成」の 一部です。「度」と「胴」「道」「堂」「銅」などを 符号で きちんと 区別していた ことが わかります。

ただし,日本語を しらない 英語の 話し手に あわせて 書く 英文の 中では,ローマ字の 長音符号に ほとんど 意味が ないのも 事実です。英語の 話し手は 長音の 発音に 無頓着ですから,長音符号が 書いてあっても 役に たたないからです。このような 場合は 長音符号を 省略しても いいでしょう仮の 世界共通語としての 英語の 中に 書く ローマ字は また 話が ちがいます。この場合,英語の 話し手の 都合を かんがえる 必要は なく,日本語らしい つづりかたの ローマ字で 書くべきです。この理由から,このサイトは 仮の 世界共通語としての 英語の 中では ヘボン式を つかわない ように すすめています。

また,「東京」「大阪」「柔道」「剣道」の ように すでに 英語化している(英語の 辞書に のっている)都市名や 日本語由来の 外来語なども,このような 英文の 中では 長音符号の ない つづりで 書いて かまいません。これらは 日本語の ローマ字表記では なく,英語です。

from Tokyo to Osaka (東京から大阪まで)
judo and kendo (柔道と剣道)


ローマ字の 専門家は ヘボン式を「修正ヘボン式」と よぶ ことが あります。これは,ヘボンが「和英語林集成」の 初版で もちいた 初期バージョンが「ヘボン式」で,それに「羅馬字会」が 手を くわえた ものは「修正ヘボン式」だ,という かんがえから そう よんでいる ものです。

大正時代の 末,ヘボン式を ひろめる 運動を していた「ローマ字ひろめ会」は ヘボン式に「標準式」という 名前を つけて 宣伝する ように なりました。これは 田中館式が 日本式と よばれる ように なったからです。ヘボン式と 田中館式なら,どちらも 人名で 対等だったのですが,日本式に 対抗する ために あたらしい 名前が 必要に なった わけです。

「標準式」という 名前には,ヘボン式こそが 標準の ローマ字で,日本式は 非標準だ,という 意味が こめられています。


ヘボン式が 画期的だったのは,〈ホ〉や〈イ〉や〈ミ〉などが 日本語の 音声の 基本単位だと みきわめて,それらに 対応する ように ラテン文字を わりあてた ことですヘボン式より 前の ローマ字は これが 不完全だった ため,五十音図と ローマ字の つづりが 一対一に 対応していませんでした。。この意味では,ヘボン式は 英語を「ディス・イズ・ア・ペン」式の カタカナで 書きうつすのと 根本的に ちがいます「ディス・イズ・ア・ペン」式の 逆バージョンで,日本語を 英語風に 書くと すれば,「~です」「~ます」は -dess, -mass,「空気」は kooky と いった 具合に なるでしょう。このような 書きかたでは なく,日本語の 音声の 基本単位に 対応する 書きかたを 確立した ことが ヘボンの 功績です。


アメリカと イギリスは ヘボン式 だけを さだめた 規格を つくりました(ANSI Z39.11-1972, BS 4812:1972)。これらの 内容は ほぼ おなじです。長音符号は マクロン(¯)で,撥音(ン)は b, m, p の 前でも n に なっています。

ローマ字の 国際規格 ISO 3602 が できた ことを うけて,アメリカの 規格は 廃止されました。イギリスの 規格は 今も 有効の ようです。

【読み物】「和英語林集成」デジタルアーカイブス

ヘボンは 1859(安政6)年に 日本に きて,その 数年後に ヘボン塾を つくりました。この ヘボン塾が 明治学院大学の ルーツです。また,ヘボン塾の 女子部は フェリス女学院大学に なりました。

明治学院大学図書館は 「和英語林集成」デジタルアーカイブス で「和英語林集成」の 画像データを 公開しています。このサイトが おもしろいのは 実際に 辞書を ひける(検索できる)ことです。ヘボン式の 資料として,これ以上の ものは ないでしょう。

「和英語林集成」デジタルアーカイブス

また,ヘボンが ローマ字を かんがえていた ときの 手稿,「和英語林集成」の 初版,再版,第3版以降に おける ローマ字の うつりかわりも しる ことが できます。

たとえば,〈ズ〉は dz, zzdzdzuzu と 変化した こと,〈フ〉は 手稿の 段階から ずっと かわらず fu で あった こと などが わかります。