ヘボン式

あらまし

ヘボン式は アメリカ人の 宣教師 ジェームス カーティス ヘボン(James Curtis Hepburn)が「和英語林集成」という 辞典を つくった ときに かんがえだした 書きかたが もとに なっています。この ヘボンの アイデアに「羅馬字会」という 団体が すこし 手を くわえた ものが 現在 つかわれている ヘボン式です。「和英語林集成」も 第3版からは この 修正バージョンを 採用 しました。

学校の「英語」で ならう 書きかたも ヘボン式と よばれていますが,これは ヘボンが つくった 本物の ヘボン式を 変形 した ものです。これに ついては 下の「長音符号を 省略 する?」で くわしく 説明 します。「『英語』の ローマ字」にも 簡単な 説明が あります。


ロイヒつぼ膏
ロイヒ つぼ膏(ニチバン

レトロ調の パッケージは 1989年から。ちいさい 文字の 部分は 外国語の ように みえますが,ヘボン式の ローマ字文です。

ヘボン式は 日本語を 英語に にせて 書く ために アメリカ人が つくった ものです。日本人が 英語を カタカナで 書きうつす 方法と おなじだと いえば わかりやすいでしょう。英語を しらない 日本人でも カタカナ表記の 英語を 読めば 英語の 発音を ある程度 再現 できる ように,日本語を しらない 外国人でも ヘボン式を 英語風に 読めば 日本語の 発音を それなりに 再現 できますもちろん,日本語を しらない 外国人なら 正しい 発音では 読めません。なお,ヘボン式が 英語に にているのは 子音 だけです。母音は イタリア語などに にせてあります。。このように,ヘボン式は 英語の 話し手むけの フリガナの ような もので,英語の 話し手が つかいやすい ように 設計 してあります。

そのため,ヘボン式は 英語を つかわない 大部分の 外国人に 不親切で,国際的とは いえません。日本人に とっても 不自然で 不便な 方式です。カタカナ表記が 英語を 書きあらわすのに 適していない ように,ヘボン式は 日本語を 書きあらわすのに 適していません。したがって,日本語を ローマ字で 書く ときは,特別な 理由が ない かぎり,ヘボン式を もちいない ルールに なっています。

ところが 現実には,政治的な 理由などから,ヘボン式を 変形 した 書きかたが さまざまな 分野で もちいられています。ほとんどの 日本人も,ローマ字の 知識が ない ために,それを おかしいと おもっていません。海外でも 日本語の ラテン文字表記は ヘボン式が おおい ようです。これは「和英語林集成」が キリスト教社会を 通じて はやくから 世界に ひろまっていた こと,日本人が ヘボン式 ばかりを つかうので 外国人が それを 日本語の ルールだと 勘ちがい している こと,日本政府が 外国に 対して 訓令式を 尊重 する ように はたらきかけていない ことが 原因です。

「ローマ字表」

ヘボン式には きちんと した 定義が なく,実際に つかわれている ヘボン式には いろいろな 書きかたが あります。ここでは ヘボン式の ひとつで ある「標準式」を しめします。

学校の「国語」の 教科書では 訓令式ヘボン式の「ローマ字表」が ひとつに まとめてある 場合も あります。それは「『国語』の ローマ字」に あります。学校の「英語」で ならう 書きかたは「『英語』の ローマ字」で 説明 しています。

aiueo
kakikukeko
gagigugego
スィ
sa(si)suseso
ズィ
za(zi)zuzezo
シャシュシェショ
shashishu(she)sho
ジャジュジェジョ
jajiju(je)jo
ティトゥ
ta(ti)(tu)teto
ディドゥ
da(di)(du)dedo
ツァツィツェツォ
tsa(tsi)tsu(tse)tso
チャチュチェチョ
chachichu(che)cho
ヂャヂュヂェヂョ
(dja)(dji)(dju)(dje)(djo)
naninuneno
ホゥ
hahi(hu)heho
ファフィフェフォ
(fa)(fi)fu(fe)(fo)
papipupepo
babibubebo
mamimumemo
イェ
ya(y)iyu(ye)yo
rarirurero
ウィウェウォ
wa(wi)(w)u(we)(wo)
キャキュキョ
kyakyukyo
ギャギュギョ
gyagyugyo
ニャニュニョ
nyanyunyo
ヒャヒュヒョ
hyahyuhyo
ピャピュピョ
pyapyupyo
ビャビュビョ
byabyubyo
ミャミュミョ
myamyumyo
リャリュリョ
ryaryuryo
ラ゜リ゜ル゜レ゜ロ゜
(la)(li)(lu)(le)(lo)
ヴァヴィヴェヴォ
(va)(vi)(vu)(ve)(vo)

※ カタカナは 音声を しめしています。( )は 標準音 以外を しめしています。

※ 日ごろ よく 目に する ヘボン式の 音声は すべて「標準式」に ふくまれています。

※ ラ゜,リ゜,ル゜,レ゜,ロ゜は 英語の L音,ヴァ,ヴィ,ヴ,ヴェ,ヴォ は 英語の V音です。

※ ヘボン式と 訓令式の ちがいは「ローマ字の 比較」で 説明 しています。

印刷用の「ローマ字表」(A4サイズ,2ページ,PDFファイル)も あります(「標準式」では なく,「国語」で ならう ローマ字です)PDFファイルの 表示と 印刷には Adobe Acrobat Readerを インストール する 必要が あります。インストールの 途中で ほかの ソフトも インストール する ように すすめられますが,これは PDFファイルと 関係 ないので いりません。

そのほかの とりきめ

  1. 撥音(ン)は n で あらわします。ただし,その つぎに b, m, p が つづく ときは m に します。撥音の つぎに 母音字 または y が つづく ときは きる印(')で くぎります。
  2. 促音(ッ)は つぎの 子音字を かさねます。つぎの 子音が 2文字で 書かれる とき(shなど)は 1文字め だけを 書きます。つぎの 子音が ch の ときは t を 書きます。
  3. 長音(ー)は のばす 母音字に 山形(^)を のせます。

onsen(温泉) shimbun(新聞) hon'ya(本屋)
kitte(切手) zasshi(雑誌) itchi(一致)
uchû(宇宙) kibô(希望)
takushî(タクシー)
Tôkyô(東京) Ôsaka(大阪)
Yamada Tarô(山田太郎)
Mukashi mukashi, aru tokoro ni ojîsan to obâsan ga imashita.

日ごろ よく 目に する ヘボン式は「標準式」と ちがう ところが あります。撥音の あとの くぎり記号は つなぎ(-)で,長音の 符号は マクロン(¯)が 一般的です。イ段の 長音は 母音字を かさねる 書きかたが 普通です。b, m, p の 前の 撥音が m に ならない 書きかたも あります。

onsen(温泉) shinbun(新聞) hon-ya(本屋)
kitte(切手) zasshi(雑誌) itchi(一致)
uchū(宇宙) kibō(希望)
takushī(タクシー)
Tōkyō(東京) Ōsaka(大阪)
Yamada Tarō(山田太郎)
Mukashi mukashi, aru tokoro ni ojiisan to obāsan ga imashita.

おぎない

ヘボン式の いろいろ

ヘボン式には いろいろな 種類が あります。もともとの ヘボン式は ヘボンが つくった「和英語林集成」の 書きかたです。パスポート道路標識(案内標識)駅名標で つかわれている ローマ字は ヘボン式の 変種です。学校の「英語」で ならう 書きかたも ひろい 意味の ヘボン式です。上で しめした「標準式」も ヘボン式の 一種です。アメリカと イギリスには ヘボン式の 規格が ありました(ANSI Z39.11-1972, BS 4812:1972)ローマ字の 国際規格 ISO 3602 が できたので,アメリカの 規格は 廃止 されました。イギリスの 規格が 現在 どういう あつかいに なっているのかは わかりません。

sanyo
よく みかける ヘボン式

よく みる 書きかたでは「サンヨー」が Sanyo に なります。しかし,もともとの ヘボン式なら San-yō,「標準式」なら San'yô です。

これらは 記号の つかいかた などに こまかい ちがいが あります。長音の 符号は 山形(^)と マクロン(¯)が あります。これを 省略 する 書きかたも あります。くぎりの 記号は きる印(')と つなぎ(-)が あります。これを 省略 する 書きかたも あります。撥音(ン)は b, m, p の 前で m に する タイプと 常に n に する タイプが ありますあまり ひろまりませんでしたが,m の 前の 撥音 だけ m に する 書きかたも ありました。日本語を ヘボン式で 書こうと すると,どうしても 不自然に 感じられる ところや ルールが むつかしく なって しまう ところが あります。そこを なんとか しようと して さまざまな アイデアが うまれたのでしょう。。にている けれども ばらばら,というのも ヘボン式の 特徴です。

Tôkyô, Tōkyō, Tokyo (東京)
hon'ya, hon-ya, honya(本屋)
dempa, denpa(電波)

これらの 中で,記号を はぶく ものは 記号を 書く ものと 本質的な ちがいが あり,まったく 別の ものと かんがえる ほうが わかりやすく なります。そこで,この サイトは 記号を はぶく 書きかたを 「英語式」と よんで ヘボン式と 区別 しています。あとの「長音符号を 省略 する?」で くわしく 説明 します。

「標準式」「修正ヘボン式」

明治時代の おわりごろ,ローマ字運動の 団体「ローマ字ひろめ会」は ヘボン式を すこし 拡張 した 方式に「標準式」という 名前を つけて 宣伝 する ように なりました。これは ヘボン式と 対立 していた 日本式に まけない ためです。もともと 日本式は 田中館式と よばれていて,ヘボン式と バランスが とれていました。どちらも 提唱 した 人の 名前だからです。ところが,田中館式が 日本式と 名前を かえてきました。これでは ヘボン式が「外国式」だと いわれて しまい,不利に なります。それで ヘボン式も 名前を あたらしく した わけです。「標準式」という 名前には,ヘボン式こそが 標準の ローマ字で あり,日本式は 非標準だ,という 意味が こめられています。

ローマ字の 専門家は「修正ヘボン式」(または「改修ヘボン式」)という 名前を つかう ことも あります。これは,ヘボンが「和英語林集成」で つかっていた ヘボン式の 初期バージョンが「ヘボン式」で,ローマ字運動の 団体が 手を くわえた 修正バージョンは「修正ヘボン式」だ,という かんがえから そう よんでいる ものです。

ヘボン式の あたらしさ

ヘボン式が 画期的だったのは,〈ホ〉や〈イ〉や〈ミ〉などが 日本語の 音声の 基本単位だと みきわめて,それらに 対応 する ように ローマ字の つづりを きめた ことです。ヘボン式より 前の ローマ字は これが 不完全で,五十音図と ローマ字の つづりが 一対一に 対応 していませんでした。

この 意味では,ヘボン式は 英語を「ディス・イズ・ア・ペン」式の カタカナで 書きうつすのと 根本的に ちがいます英語を「ディス・イズ・ア・ペン」式で 日本語風に 書く ように,日本語を 英語風に 書くと すれば,「~です」「~ます」は -des, -mas,「空気」は kooky と いった 具合に なるでしょう。このような 書きかたでは なく,音声の 基本単位に 対応 する 書きかたを うちたてた ことが ヘボンの 功績です。

ヘボン式か 訓令式か

今は ローマ字と いえば もっぱら ヘボン式が つかわれています。しかし,この サイトは 訓令式を すすめています。その 理由は たくさん あります。日本語の ルール,言語学の 理論,ローマ字の 目的,日本人と 外国人の 利便性,国際社会の 理念,どこから かんがえても ヘボン式を えらぶ ことは ありえません。

ヘボン式は 日本語の ルールで 非推奨

ローマ字の 書きかたは「ローマ字のつづり方」で さだめられています。この 中で,日本語を ローマ字で 書くときは 訓令式を もちいる ことに きまっています。これが 日本語の ルールです。ヘボン式は 特別な 事情が ある 場合に かぎって もちいる ことが みとめられている だけで,非推奨の あつかいです。ローマ字には 国際標準の ISO 3602も ありますが,その 中身は 訓令式です。

ローマ字は 国内的にも 国際的にも 訓令式と きまっています。

ヘボン式は 日本語を 書くのに 適していない

ヘボン式は 英語の 話し手 専用の フリガナの ような ものです。はじめから そういう ものとして 設計 されていて,日本語の 文法や 音声の 性質が まったく かんがえに はいっていません。そのため,ヘボン式には さまざまな ひずみが あります。もっとも わかりやすいのは「ローマ字表」が 不規則に なっている ことでしょう。これは 日本語の 音声の 性質を 無視 して むりやり 英語風に してあるからです。くわしくは「訓令式の 根拠」で 説明 しています。

ヘボン式は ローマ字の 目的に あっていない

日本語を ローマ字で 書く 目的は いくつか ありますが,いずれに しても まず 第一に 日本語の 話し手の ためです。日本語を 世界に 通用 する 文字で 合理的に 日本語らしく 書く ことが ローマ字の 目的です。ローマ字は 外国人の ために あると おもっている 人が いるでしょう。それは よく ある おもいちがいです。

ヘボン式は 英語の 話し手が 日本語を 書く ために つくった ものですから 英語風ですが,ほんらい ローマ字は 日本語の 話し手が 日本語を 書く ために あるのですから 日本語らしい つづりに なっているのが あたりまえです。自分の ことばを わざわざ 外国語風に ゆがめて 書いていたら おかしいでしょう。中国も 韓国も そんな はずかしい ことは していません。日本が 本当に 自立 した 国ならば,日本語を 外国語風に 書かなければ ならない 事情は ない はずです植民地時代に 宗主国から おしつけられた 制度から ぬけだせずに 苦労 している 国は 世界に たくさん あります。

ヘボン式は 日本人に とって 不便

あんパン
「ローマ字手ほどき」(帝国ローマ字倶楽部)

1923年の かなり ふるい 本です。全部で 40ページ ほど あります。練習問題の 中に ampan が あります。

ヘボン式には 余計な 規則が あり,日本語の 話し手には つかいにくい 方式です。

一般的な ヘボン式は b, m, p の 前に ある 撥音(ン)を m に します。しかし,日本語の 話し手は b, m, p の 前に ある 撥音と そうで ない 撥音とを 区別 しませんから,この 書きわけが 不自然に 感じられます。たとえば,ヘボン式では「あん」は an ですが,「あんパン」は ampan です。anam に かわります。この 規則は 日本語の 話し手に とって まったく 意味が ありませんどんな 言語にも 特有の ルールが あり,その 言語を 母語と しない 人には その ルールが 奇妙に 感じられます。たとえば,「空」は〈ソラ〉,「青空」は〈アオゾラ〉です。日本語の 話し手は〈ソラ〉が〈ゾラ〉に かわるのを あたりまえに 感じますが,英語の 話し手は そんな 感覚を もっていません。英語圏に ある おすし屋さんの 看板は Yamato Sushi とか Sakura Sushi で,Zushi に なっていません。それと おなじ ように,英語の 話し手は anam に なるのを あたりまえに おもっていますが,日本語の 話し手には そんな 気もちが わかりません。。普段は 意識 すら していない ちがいを 書きわけなければ ならない 方式は つかい勝手が わるいでしょう。

なっちゃん
なっちゃん (SUNTORY)

また,ヘボン式は ch の 前に ある 促音(ッ)を t に しますが,これも 日本語の 話し手には わかりにくい ところです。ローマ字を よく しらない 人が ヘボン式の つもりで「あっち こっち」を acchi kocchi と 書いて しまうのは このためですローマ字入力の 影響も あるでしょう。「あっち こっち」を ヘボン式で 書くと,atchi kotchi ですが,一般的な ローマ字入力では このように キーを おしても 変換 できません。たとえ 変換 できる ように しても,キー操作が ややこしく なる だけで,ちっとも つかいやすく なりません。

このように,ヘボン式は 日本語の 話し手の 感覚に あっていない ところが あります。これを 小学生に おしえるのは 無理が あります。おそらく,ほとんどの 小学生は キャラクターの「アンパンマン」や ニックネームの「さっちゃん」を ヘボン式で 書く ことが できません。

× anpan(あんパン)
× sanma(サンマ)
× acchi kocchi(あっちこっち)
× maccha(抹茶)

ヘボン式は 外国人に 不親切

メイリオ
メイリオ

Windows の 書体「メイリオ」は「明瞭」から 名づけられました。英語の 話し手は〈リョ〉の 発音が とても 苦手で,ryo を〈リオ〉と 発音 します。だから〈メイリオ〉です。

ヘボン式は 外国人に 対して 不親切です。よく 訓令式は 外国人に とって 読みにくいと いわれます。これは 実際に その とおりです。しかし,読みにくいのは ヘボン式も おなじです。ヘボン式なら 外国人が 正しい 発音で 読めると おもっている 人が おおい ようですが,そんな わけが ありません。なぜなら,ローマ字は 日本語で あり,外国人から みれば 外国語だからです。外国語は その つづりの 読みかたを 勉強 し,その 発音を 練習 して,はじめて 読める ように なる ものです。日本語を ヘボン式で 書いた ところで,読みかたも しらず 発音も できない 外国人に 正しく 読める はずが ないでしょう。

日本語を しらない 外国人は ローマ字を みても,その 意味が わからないのは 当然として,その 発音も わかりません。メジャー リーグの ウェブサイトで イチロー選手を みると,Ichiro Suzuki という つづりの 下に,Pronunciation(発音)として EE-chee-roh soo-ZOO-kee と 書いてあります大文字は アクセントの ある ところを しめしているのでしょう。。これくらい 極端な 書きかたを しないと 日本語の 発音は わかってもらえないという 見本です。

英語の 話し手が ヘボン式の 読みかたを 勉強 するのは やさしいかも しれません。しかし,実際に ヘボン式を 正しい 発音で 読むのは たいへんで,日本語の 促音や 長音が 苦手な ために,なかなか うまく 発音 できないのが 普通ですたとえば,「来て」「聞いて」「切手」を 区別 するのが むつかしい ようです。撥音も 場合に よっては 問題で,「本を」を〈ホノ〉,「こんにちは」を〈コニチワ〉と いって しまう ことが あります。。英語の 話し手に 対しても ヘボン式は この 程度の 親切さです。英語を はなさない 人に 対して ヘボン式は きわめて 不親切です。そして,世界の ほとんどの 人は 英語を はなしません。

おおくの 日本人が こんな 事実さえ しらないのは,国際理解教育が おろそかに されている せいで,外国語と いえば 英語しか おもいうかばない ほど 日本人の 言語観が やせほそっているからです。訓令式は〈チ〉を ti と 書くから おかしい,といった 話も 英語 以外の 外国語を しらない ことから きています。

外国人への 親切の つもりで ヘボン式を もちいるのは,たとえ 善意で やっているに しても,的はずれの 対応です。

ヘボン式は 国際的では ない

北京オリンピック
北京オリンピック

国際的な 場で 日本の ことばを 英語風に 書く べきでは ありません。国際化とは 世界を ひとつの 形式で 統一 する ことでは なく,すべての 国や 地域の 文化を ひとしく 尊重 する ことです。自分の 文化を 大切に する ことが 国際化の 基本で あると いえます。

国際的な 場では,「北京」は Peking では なく Beijing と 書かれます。「釜山」は Pusan では なく Busan と 書かれます。中国語らしい つづり,韓国語らしい つづりに している わけです。国際化の かんがえから いえば,これが 正しい やりかたです。

日本も 日本語を 日本語らしく 書く べきです。ヘボン式は 国際的では ありません。今の ままでは,外国人には 日本人が 日本語を 大切に していない ように みえて しまいます。このような 態度は 国際社会で 尊敬 されません。アメリカかぶれの 幼稚な 国だという あやまった 印象が ひろまると,日本は 世界の わらいものに なって しまいますほとんどの 外国人は 日本語らしい つづりかたが どんな ものかは しりません。しかし,日本語の ローマ字が 英語に にている ことに 気づく 人は おおく,あまりにも 不思議なので おどろく ようです。それが 偶然で ない ことを しっている 人は 日本人の 未熟な 国際感覚を みくだしています。道路標識(案内標識)駅名標の ローマ字は 世界に 恥を さらしている ような ものです。

ヘボン式の つかいどころ

英語の 話し手が つかう

英語版 Wikipedia の ヘボン式
英語版 Wikipedia の ヘボン式

ヘボン式は 英語の 話し手が 日本語を 日本語として 書く ときに つかう ものです。実際には そのような 状況は あまり ないので,ヘボン式が つかわれる ことは それほど おおく ありませんが,Wikipedia の 英語版で 日本の ものを しらべると,ヘボン式が つかわれているのを みる ことが できます。ほかには 英語の 話し手が 日本語を まなぶ ときの 教科書などで つかわれています。

ヘボン式を 変形 した「英語式」は よく つかわれています。英語に なった 日本語は sumo, judo の ように 「英語式」で 書かれます。英語に ならない 日本の 人名も「英語式」で 書かれるのが 普通です。しかし,これは 日本人が 「英語式」で 書いているからでしょう外国人は 日本人が つかっている つづりを まね します。特に 人名は 原つづりを 尊重 して くれます。

日本語の 話し手が つかう

ヘボン式は 駅名標で よく つかわれていますが,ほかにも つかい道は あります。

まず,英語の 話し手に あわせて 書いて あげる 英文の 中に 日本語の ことばを いれる 場合です。相手が ほんの すこし だけ 読みやすく なるので,親切だと かんがえられるからですそんな ことを するのは 余計な おせっかいで,むしろ 相手を バカに していて 失礼だ,と かんがえる ことも できます。ちいさい こどもに「赤ちゃんことば」で はなしかける ような ものですから。これは 書き手の かんがえかた 次第です。

それから,日本語の ことばを 外来語として 英語に とりいれて もらう 場合です。日本語の ことばを 英語圏に(そして そこから 世界に)ひろめようと して,戦略的に そう する 場合が あります。

すこし 特殊な ケースとして,英語圏で くらしている 日本人が,現地の 文化に とけこむ ために,自分の 名前を 英語風の つづりに する ことが あります。

ただし,これらの 目的の 場合は ヘボン式を 変形 した「英語式」に するのが 普通です。

山形か マクロンか


「和英語林集成」の 長音 (1)

もともと,ヘボン式の 長音符号は マクロン(¯)でした。ヘボンが つくった「和英語林集成」では マクロン(¯)が もちいられています。「ローマ字ひろめ会」が「標準式」を つくった ときは 山形(^)に しましたが,これは あまり ひろまりませんでした。ヘボン式の 長音符号は 今も もっぱら マクロン(¯)が もちいられています。

駅名標でも マクロン(¯)が 採用 されており,日ごろ よく 目に するため,マクロン(¯)が 正式だと おもっている 人も おおいでしょう。また,マクロン(¯)は 手書きの ときに 山形(^)より 書きやすく,その 形が「のばす音」を 連想 させやすい,という 教育上の メリットも あります。小学校の「国語」では ヘボン式の 長音符号を マクロン(¯)に している ようです。

しかし,「ローマ字のつづり方」には 山形(^)しか 書いてありません。ルールに うるさい 人なら,マクロン(¯)は ルール違反だ,と いうでしょう。この 立場では 山形(^)が 正しい ことに なります。

また,長音符号の 形に ふかい 意味は なく,長音の 目印に なれば 役割として 十分なんだから,どっちでも いいじゃないか,と かんがえる 人も いるでしょう。


じつは,マクロン(¯)には 弱点が あります。技術者の 一部に 0(ゼロ)と 区別 する ため O(オー)の 上に 横線を 書く 人が いて,この 書きかたが 混乱を まねく おそれが あるからです。この 問題は みすごせませんし,うまい 解決策も なさそうです。

この 理由から,手書きの ときは 長音符号を 山形(^)に しておく ほうが いいでしょう。

長音符号を 省略 する?

長音符号を はぶかないのが ヘボン式


「和英語林集成」の 長音 (2)

ヘボン式の 長音符号を はぶいた 書きかたが さまざまな 分野で つかわれています。「英語式」(学校の「英語」で ならう 書きかた)が その 代表です。パスポート道路標識(案内標識)の ローマ字も その なかまです。

しかし,もともとの ヘボン式は 長音符号を はぶきません。図は ヘボンが つくった「和英語林集成」の 一部です。「度」と「胴」「道」「堂」「銅」などを 長音符号で きちんと 区別 していた ことが わかります。長音符号を はぶかないのが 本当の ヘボン式です。

長音符号を はぶくのは「英語式」

長音符号を はぶいた ヘボン式を この サイトは「英語式」と よんでいます。これは 日本語から 英語に なった ことばを 書く 方法です。たとえば,「東京」が 英語に なると Tokyo と 書かれます。英語の 辞書にも この 形で のっていて,英語の 話し手は これを〈トキオ〉と 読んでいます。Tokyo という 書きかたも〈トキオ〉という 読みかたも,日本語としては まちがいですが,英語としては 正しい わけです。

このように,「英語式」が 書いているのは 日本語では なく,もともと 日本語だった 英語です。だから この 書きかたは 学校の「英語」で ならいます。そして,しばしば「英語表記」と よばれます。

from Tokyo to Osaka
(東京から大阪まで)
judo and kendo
(柔道と剣道)
miso soup with tofu
(豆腐のみそ汁)

「国語」で ならう ヘボン式と「英語」で ならう ヘボン式は 別の ものです。記号が あるか ないかの ちがいしか ないので,みた目は よく にていますが,本質的に ちがいます。前者は 日本語で 後者は 英語です。

ところで,長音符号を はぶく 書きかたは「長音の o, u は 書かない」と 説明 される ことが よく あります。しかし,これは まちがいです。たとえば,「大山勇造」は Oyama Yuzo ですが,これは Ōyama Yūzō の 長音符号を はぶいた ものです。Ooyama Yuuzou から 長音の o, u を とりのぞいた ものでは ありませんそもそも,正しい ローマ字では「大山勇造」を Ooyama Yuuzou とは 書きません。それに,こんな 説明では「林家ペー・パー子」を どう 書けば いいのか わかりません。

長音符号を はぶく 理由

長音符号を はぶく 理由は,英語に 日本語の ような 長音が ないからです。そして,日本語を 英語に して しまう わけですから,それは もう 日本語では なく,日本語の 正しい 書きかた(正しい ローマ字)に する 必要が ないからです。

これは 日本語の 話し手が 外来語を 日本流の つづりで 書いて 日本流の 発音で 読んでいるのと おなじ 理屈です。たとえば,日本語の 話し手が lightright を どちらも「ライト」と 書く ように,英語の 話し手は「小野」と「大野」を どちらも Ono と 書きます。日本語は L音と R音を 区別 しません。英語は〈オ〉と〈オー〉を 区別 しません。区別 しない ものを いちいち 書きわける 必要は ありません。

日本語を「英語式」で 書いても 意味が ない

英語に なっていない 日本語を「英語式」で 書いても 意味が ありません。英語に そんな つづりの 単語は ないので,英語の 話し手に 通じる はずも ないでしょう。「豆腐」「納豆」は 英語に なったから tofu, natto と 書かれるので あって,その 逆では ありません。この 書きかたは「英語表記」と いわれる ことも ありますが,日本語を 英語に かえる 魔法では ありません日本語の ことばを 英語に とりいれて もらおうと して 「英語式」で 書く ことも ありますが,その 場合は 外国人にも 理解 できるように 意味を 説明 する 必要が あります。つまり,日本語の 話し手が 日本語を 「英語式」で 書いても,その 日本語は 英語に なりません。英語の 話し手が それを やった とき,はじめて 英語に なったと いえます。

このように かんがえると,日本人の 名前を「英語式」で 書くのが おかしい ことも わかるでしょう。日本人の 名前は 日本語です。しかも,固有名詞なので,普通は 英語に なりません。どうせ 外国人は ローマ字を(どんな 方式で 書いても)正しい 発音では 読めないのですから,日本語の ルールに のっとって 訓令式で 書いておけば いいでしょう。


企業名の ラテン文字表記

企業名の ラテン文字表記に「英語式」が おおいのは,英語に なった つもりで そう しているのだと おもわれます。国際ビジネスの 世界では 英語が 特別な 意味を もっていますから,そういう ビジネス上の 戦略なのでしょう。明治時代から ずっと こう してきたので,今では これが あたりまえに なっています。

けれども,フランスの シャネルは CHANEL です。SHANEL では ありません。イタリアの グッチは GUCCI です。GUTCHI では ありません。こうしてみると,日本企業の 戦略は 本当に 正しいのか,あやしく なってきます。

「英語式」を ヘボン式から きりはなす

一般には 長音符号を はぶく 書きかたも ヘボン式の 一種と かんがえられています。ヘボン式と いえば この 書きかたを さすのが 普通に なっている ほどです。しかし,ローマ字の 話を する ときは これを ヘボン式と よばない ほうが いいでしょう。

この 書きかたは いろいろな 流儀が ある ヘボン式の 中で もっとも 普通で ない 書きかたです。それに,これを ヘボン式と よんだら,ヘボンが つくった 本物の ヘボン式が 名前を うしなって しまいますヘボン式には 公式の 定義が ありませんから,ヘボン式だと いいはっている ものを すべて ヘボン式と かんがえる ことも できます。しかし,この サイトは 日本語の ラテン文字表記が ローマ字で,その 中に ヘボン式や 訓令式など いろいろな 方式が あると かんがえています。ところが,長音符号を はぶく 書きかたは 日本語の ラテン文字表記では ありません。したがって,この サイトは これを ローマ字と よぶ ことが できず,へボン式の 一種とも みなせません。ヘボン式から 派生 した 書きかたと かんがえています。

文部科学省は「英語」で,外務省は パスポートで,国土交通省は 道路標識で この 書きかたを 採用 していて,それらを ヘボン式と よんでいます。しかし,この サイトは それらを ヘボン式とは よびません。

KATO CHA(加藤 茶)
TAKAGI BU(高木 ブー)
Tokyo(東京) Osaka(大阪)

なぜ 英語風に 書きたいのか

長音符号を はぶく ヘボン式は 幕末の 開国から はじまっていて,大正時代には 一般に ひろまっていた ようです。けれども,この 書きかたは 一部の 外国人に だけ 都合が よく,日本人には 都合が わるい 書きかたです。日本が すすんで この 書きかたを もちいる メリットは 何も ありません符号つきの 文字を つかわないから 書きやすいじゃないか,と いいたい 人が いるかも しれません。けれども,それは「パンダ」を「ハンタ」に すれば 書きやすい,と いうのと おなじです。。それなのに 日本人 自身が この 書きかたを つかいたがるのは なぜでしょうか? 理由は いくつか あります。

まず,長音符号が きらわれている ことです。日本人の おおくは 英語 以外の 外国語を よく しりません。特に,符号つきの 文字を つかう 外国語を しらないため,長音符号に 違和感を もって しまいます。しかも,長音符号つき文字â, î, û など)は パソコンなどの 機械で 入力 しにくいため,どうしても 敬遠 されて しまうのでしょう。

もっとも おおきな 理由は 英語と アメリカの 影響です。日本の 政界,官界,財界には 日本の あらゆる 制度を アメリカ式に かえようと する 力が はたらいています。一般人も おなじで,なんでも アメリカ風に するのが 国際的で よい ことだと おもいこんでいます。そのため,ローマ字も 英語風の 書きかたが 時代に あっていると かんがえたり,奇妙な 符号が ついた ローマ字なんか かっこわるいと 感じたり しがちです。

教育も よく ありません。「英語」の 教科書は 日本の 固有名詞を「英語式」で 書いています。本当は,たとえ 英文の 中でも,日本の 固有名詞を 英語風に 書かなければ ならない 理由は なく,「英語式」を おぼえる 必要も ありません。外国人が 自分の 名前を 英語風に ねじまげて 書いているか,すこし かんがえたら わかりそうな ものですが,いびつな 外国語教育が それを わからない ように しています固有名詞は 英文の 中でも 日本語の つづりで 書いて かまいません。フランス人や ドイツ人が 英文の 中に 自分の 名前を 書く とき どう するか,かんがえてみて ください。それと おなじ ように,日本人も 自分の 名前を 日本語流の つづりで(訓令式で)書けば いいでしょう。日本語から 英語に なった 普通名詞は 「英語式」で 書かれますが,これは 英語です。日本人は tofunatto を 英単語として おぼえて しまえば いいので あって,わざわざ 「英語式」の「ローマ字表」や 不規則な ルールを おぼえる 必要は ありません。

きわめつきは アメリカに こびへつらう 日本政府の いじけた 態度でしょう。占領軍に 命令 された わけでも ないのに,道路標識(案内標識)の 地名表記などに みられる まちがった 政策を おしすすめていますこれは 日本の 文化を そこねる ふるまいです。本当なら 保守派の 中から これに あらがう うごきが でてこなければ ならないのですが,そんな 知性と 情熱を もった 人は いない ようです。

このような わけで,今や 日本語を 英語風に 書く ことは あたりまえに なっています。それが おかしいと おもわれておらず,むしろ よい ことだと かんがえられています。大野さんが 自分の 名前を カタカナで「オノ」と 書く ことは ありえませんが,ローマ字で Ono と 書く ことは よく あります。自分の 名前を 英語風に 書くのが 国際的だと かんがえているか,かっこいいと おもっているか,その 両方でしょう。Oh, no!

「あんパン」は ampan か?

ここで,もう 一度「あんパン」の つづりかたに ついて かんがえてみましょう。英語の 話し手に とって b, m, p の 前の〈ン〉は m と 書くのが 自然だから,「あんパン」は ampan と 書く ルールに なっています。

しかし,英語で b, m, p の 前の〈ン〉は m に なっているかと いうと,かならずしも そうでは ありません。たとえば,英語の gunman(ガンマン)は m の 前の〈ン〉が n です。

なぜかと いうと,gunmangunman から できている 複合語だからです。もし gumman に したら,それは「ゴム人間」か「歯茎男」です。

そう かんがえると,「あんパン」を ampan と 書くのは おかしいでしょう。「あんパン」は「あん」と「パン」から できている ことばですから,anpan と 書く べきでは ないでしょうか複合語では なく ひとつの ことばと かんがえられている 熟語も,その 構造を かんがえてみれば,ほとんどは ふたつの 意味の くみあわせです。したがって,本当は「新聞」「電報」も shimbun, dempō では なく shinbun, denpō と 書く べきでは ないでしょうか。「サンバ」は samba でも,「産婆」は sanba では ないでしょうか。


すこし 話が それますが,anpan と 書く ヘボン式も あります。複合語か どうかに かかわらず,すべての〈ン〉を n と 書く 流儀が あります。つまり,ヘボン式には b, m, p の 前の〈ン〉を m に する タイプと,それを しないで〈ン〉を 常に n と 書く タイプが あります。駅名標の ローマ字は 前者,道路標識(案内標識)の ローマ字は 後者から 派生 した 書きかたです。

ただし,一般に ヘボン式と いえば 前者を さします。こちらが 主流です。

n/mを つかいわける:
ampan(あんパン) samma(サンマ)
Shimbashi(新橋)
常に n に する:
anpan(あんパン) sanma(サンマ)
Shinbashi(新橋)


日本語を しらない 外国人は「あんパン」を「あん」+「パン」と 認識 できません。そのため,b, m, p の 前の 撥音を みさかいなく m に する 書きかたしか できず,ampan に なって しまいます。しかし,これは「ガンマン」を「ゴム人間」に するくらい 日本語を ねじまげていますことばの 発音が かわって 形まで かわって しまう ことは よく あります。たとえば,amagasa(雨傘)は ame(雨)と kasa(傘)から できている ことばです。それにも かかわらず,「あんパン」の「あん」を am と 書くのが 不自然に 感じられる 理由は,日本語の 話し手が「あめ」「かさ」の 発音が かわっている ことは 意識 していても,「あん」の 発音が かわっている ことは 意識 していないからです。。日本語を 大切に する 立場から,この 欠点を 批判 する ローマ字論者は おおい ようです。

〈ン〉を 常に n と 書く ヘボン式なら こんな 問題は おこりませんが,これは これで ヘボン式の ルールを ゆがめている わけで,英語の 話し手に とって 不自然です。これでは なんの ために ヘボン式に しているのか わかりません。

このように,ヘボン式らしく 書けば 日本語らしさを 傷つけて しまい,日本語らしく 書けば ヘボン式らしさを うしなって しまいます。ここからも ヘボン式が 日本語を 書くのに 適していない ことが わかるでしょう。

【読みもの】「和英語林集成」デジタルアーカイブス

「和英語林集成」デジタルアーカイブス
「和英語林集成」デジタルアーカイブス

ヘボンが 日本へ やってきたのは 1859(安政6)年でした。それから 数年 のちに ヘボン夫人が「ヘボン塾」を つくりました。これが 明治学院大学の ルーツです。「ヘボン塾」の 女子部は フェリス女学院大学に なりました。

明治学院大学図書館は 「和英語林集成」デジタルアーカイブス で「和英語林集成」の 画像データを 公開 しています。この サイトが おもしろいのは 実際に 辞書を ひける(検索 できる)ことです。ヘボン式の 資料として,これ以上の ものは ないでしょう。

また,ヘボンが ローマ字の つづりかたを かんがえていた ときの 手稿,「和英語林集成」の 初版,再版,第3版 以降での つづりかたの うつりかわりも しる ことが できます。

たとえば,〈ズ〉は dz, zzdzdzuzu と 変化 した こと,〈フ〉は 手稿の 段階から ずっと かわらず fu で あった こと などが わかります。