ヘボン式の 変種

すべて 独自規格

生活に かかわる ローマ字と いえば,パスポートの 名前,道路標識(案内標識)の 地名,駅名標などの ローマ字が おおいでしょう。これらの ローマ字は それぞれの 分野で 独自に つくられた もので,すべて ヘボン式を もとに しています。ただし,それぞれが 独自の 規格なので,書きかたが ちがいます。

これらの ローマ字には 根ぶかい 問題が あります。ローマ字の 書きかたを さだめた ルール「ローマ字のつづり方」が すすめているのは ヘボン式では なく 訓令式だからです。「ローマ字のつづり方」は ヘボン式を 部分的に とりいれた「第2表の つづりかた」を 条件つきで みとめていますが,これらの 独自規格は その「第2表の つづりかた」に したがっている わけでも ありません。これらは すべて ローマ字の ルールに 違反 しています。きびしい いいかたを すれば,正しい ローマ字では ありません。

ローマ字に まつわる さまざまな 勘ちがいが ひろまっている 一番の 原因は このような 現実に あります。

パスポート

あらまし

パスポート
パスポート

パスポートの 名前の 書きかたは ヘボン式を もとに した 独自規格で,外務省が さだめています。外務省は この 書きかたを ヘボン式と よんでいますが,この サイトでは「パスポート式」と よびます。

今すぐに 名前の 書きかたを しらべたい 人は「お名前の ローマ字 変換」を おつかい ください。

パスポート式は つぎの ような 書きかたです:

SHIMADA(島田)TSUJI(辻)FUKUI(福井)
CHIBA(千葉)NAMBA(難波)KENICHI(健一)
KIKKAWA(吉川)HOTCHI(堀池)
YOKOO(横尾:ヨコオ)ITO(伊藤:イトー)
KANO(狩野:カノー)YUZO(雄三:ユーゾー)

パスポート式の 正体

パスポート式は ヘボン式か?

外務省は この 書きかたを ヘボン式と よんでいます。そのため,パスポート式を 解説 している 文章は ほぼ 例外なく この 書きかたを ヘボン式と よんでいます「外務省ヘボン式」と よぶ ことも あります。。しかし,この サイトでは そう していません。その 理由は,パスポート式は ヘボンが つくった 本物の ヘボン式では なく「英語風の 書きかた」だからです。

「英語風の 書きかた」は 昔から ある 書きかたで,ひろい 意味では ヘボン式の 一種です。しかし,いろいろな 流儀が ある ヘボン式の 中でも きわだって 異質なので,この サイトでは これを ヘボン式から きりはなして かんがえる ことに しています。くわしくは「長音符号を 省略する?」を お読み ください。ヘボン式には 正式な 定義が ないため,「英語風の 書きかた」を ヘボン式と よんでも まちがいでは ありませんヘボン式には「正式」という ものが ありません。それに ちかい ものを すべて ヘボン式と かんがえる ことも できますし,「これは ヘボン式だ」と 主張 している ものを ヘボン式と かんがえる ことも できます。

パスポート式を ヘボン式と よぶのは ヘボン式の 意味を ひろく 解釈 しているのだと かんがえれば わかりやすいでしょう。

パスポート式の つくりかた

パスポート式の つくりかた
パスポート式の つくりかた(左:×,右:○)

パスポート式の 解説には「長音の O, U は 書かない」と 説明 している ものが おおい ようです。たとえば,「大野 優子」は ふりがなの「おおの ゆうこ」を Oono Yuuko に して,そこから 長音の O, U を とりのぞいて Ono Yuko に する,と 説明 している わけです。しかし,これは まちがいです。わすれて ください。

パスポート式の 正しい つくりかたは つぎの とおりです。まず,「大野 優子」を ヘボン式Ōno Yūko に します。つぎに,長音符号と くぎりの 記号を とりのぞいて,Ono Yuko に します。最後に,大文字に します。

ローマ字の 正しい 書きかたを しらない 人でも わかる ように,わざと「嘘も方便」的な 説明を しているのでしょう。けれど,そんな まわりくどい やりかたより,ローマ字の 正しい 書きかたを つかって,すなおに 説明 する ほうが わかりやすいと おもわれます。

パスポート式の 問題

パスポート式には おおきな 問題が ふたつ あります。パスポートは 物が 物 だけに 管理 する 側の 都合で 特殊な ルールに なっても しかたの ない ところが あり,多少の あつかいにくさは 我慢 しなければ ならないかも しれません。そうだと しても,これらの 欠点を みすごす ことは できません。

問題 1:ヘボン式に した こと

外務省は パスポートの 名前の 書きかたを ヘボン式から 派生 した 書きかたに した 理由を つぎの ように いっています:

外務省では、パスポートが外国において自国民である旅券名義人の身分を明らかにし、当該名義人の通行への便宜並びに事故等に遭遇した場合の保護及び援助を各国政府に要請する文書であることを踏まえ、その氏名の表音が国際的に最も広く通用する英語を母国語とする人々が発音するときに最も日本語の発音に近い表記であるべきとの観点から、従来よりヘボン式を採用しています。

英語風に 読んだ ときに 原音を 再現 しやすいから,と いっている ようです。しかし,これは くるしい いいわけです。日本人の 名前は 英語風に 読むという 奇妙な ルールが 世界の(あるいは パスポートを あつかう 業界の)常識 なのでしょうかフランス人の 名前は フランス語風に 読むでしょう。イタリア人の 名前は イタリア語風に 読むでしょう。なぜ 日本人の 名前は 英語風に 読むのでしょうか? そもそも,原音を 再現 するという かんがえが まちがっています。外国語の 単語は 正しく 発音 できない ように,外国人の 名前を 正しく 発音 できる はずが ありません。これが 世界の 常識でしょう。

もし ヘボン式では なく 訓令式を 採用 したと すると,石田さんと 内田さんが ISIDA, UTIDA と 書かれ,英語圏の 人が これらを〈イスィダ〉〈ウティダ〉と 読んで しまうかも しれません実際には もっと 変な 発音に なるでしょう。。けれども,それで こまる ことは ないでしょう。〈イスィダ〉〈ウティダ〉は 外国人の「なまり」です。日本人が それを 聞けば,石田さんと 内田さんだと わかります。別人と とりちがえる 事故が おこる ことも ないでしょう。

日本人の 名前は 日本語ですが,固有名詞なので ラテン文字表記 すなわち ローマ字表記に するだけで 世界中に 通用 します正しい 発音で 読んで もらえるという 意味では ありません。。そして,「ローマ字のつづり方」は 訓令式を すすめているのですから,パスポートの 名前は 訓令式で 書けば いい はずです。それなのに,外務省は 日本人の 名前を わざわざ 英語風に ねじまげた つづりで 書かせようと しています。これでは まるで,日本人は 自分の 名前を 日本語で 書いては いけない,と いっている ようです以前,新聞の 投書欄に「なぜ パスポートは 訓令式に しないのか?」という 疑問が よせられた とき,外務省は「昔から ヘボン式だったので,いまさら ルールを かえられないから。」と,こたえていました。けれども,のちに「非ヘボン式」を みとめる ように なり,ルールは かわりました。本当は その 気が あれば ルールを かえられた わけです。今でも パスポート式の 基本は ヘボン式で,上で 引用 した 理由づけで それを 正当化 しようと しています。しかし,これに 説得力が ないのは すでに のべた とおりです。外務省が ヘボン式に しがみつく 本当の 理由は 政治的な ものです。

問題 2:長音符号を はぶいた こと

人魚と 人形
「人魚」と「人形」

長音が 書けないと,日本語を 正しく 記述 する ことは できません。

パスポート式では 太郎さんと 次郎さんが タロと ジロに なって しまいますが,ご本人に とっては わらえない 話です。パスポート式の もっとも おおきな 欠点は 長音の 書きかたが まずい ことです。

日本の パスポートでは 記号が つかえませんから,長音の 印を はぶくのは しかたが ないと しても,その 対処を 何も していません。これでは 母音が ながいか みじかいか わからないので,ONO が 小野さんか 大野さんか わかりません。これでは,パスポートに とって もっとも 重要な,個人の 識別という 基本機能すら あぶなっかしいでは ありませんか。これは 重大な まちがいを ひきおこす おそれが ある,深刻な 設計ミスです。

この 問題には,昔から ある 代用表記で 手を うつ ことが できます。「大野」を OONO に すれば いい わけです。これなら 小野さんと 大野さんを 区別 できますし,日本人が みれば ほぼ 正しい 発音で 読む ことも できますこまかい ことを いうと,この 代用表記にも 欠点は あります。たとえば,大岡さんは OOOKA なので〈オーオカ〉か〈オオーカ〉か わかりません。また,大賀(オーカ)さんと 尾岡(オオカ)さんが どちらも OOKA に なって 区別 できません。もっとも,この ちがいは 日本人でも はっきり 区別 していない くらいですから,おおきな 問題では ありません。。なぜ こういう 対処を しなかったのでしょうか? 原音の 再現性を 重視 した,というのは 本当なのでしょうか?

この 欠点の せいで,パスポート式で 書かれた 名前は 日本人が みても 読めません。たとえば,YUKO は おそらく〈ユーコ〉ですが,〈ユコ〉〈ユコー〉〈ユーコー〉の 可能性も あります。KENICHI は たぶん〈ケンイチ〉ですが,ひょっと すると〈ケニチ〉かも しれません。SHINYA は おそらく〈シンヤ〉ですが,〈シニャ〉で ないとは いいきれません。もちろん,ほとんどは 日本人が みれば 常識で わかりますが,パスポートは 日本の 常識が 通用 しない ところでも つかわれます。ONO(小野?,大野?)や OHARA(小原?,大原?)は 日本人が みても 判別 できません。日本人は 自分の 名前を 自分でも まともに 読めない つづりで 書いている ことに なります。

やぶれかぶれの 改善策

このように,パスポート式の 仕様は 日本人に とって 不便 かつ 不自然で,評判が よく ありませんでした。そこで 外務省は 2000(平成12)年に,オ段の 長音を OH, OU と 書いても いい ように,ルールを みなおしました。

OHNO(大野)SAITOU(斉藤)

しかし,これは あさはかな おもいつきです。オ段の 長音しか 対象に していませんから,修二さんや 優子さんは かんがえに はいっていません。由紀さんと 夕貴さんや 由佳さんと 優香さんは 区別 できない ままです。オ段の 長音でも,これを つかうと おかしく なってしまう 場合が あり,常に つかえる わけでも ありません。

くぎりの 記号が つかえたら おかしく ならない ように できるのですが,記号は つかえません。空白を いれて つづりを きりはなす 手も かんがえられますが,そういう 書きかたも みとめられていません。それが できれば 健一さんも すくわれるのですが,残念でした。

OHE(大江,オヘ?)  → × OH'E
OHISHI(大石,オヒシ?)  → × OH-ISHI
OHHIRA(大平,オッヒラ?)  → × OH HIRA
MOURI(毛利,モウリ?)  → × MOU'RI
TOHYAMA(遠山,トヒャマ?)  → × TOH-YAMA
KENICHI(健一,ケニチ?)  → × KEN ICHI

この ルール変更は 失敗でした。解決 しなければ ならない 問題を 完全には 解決 できていない だけで なく,あたらしい 問題を うみだして しまいました。

あたらしい ルール(非ヘボン式)

外務省も これには 手を やいている らしく,つぎの ような ことを いいだしました:

近年、氏名、特に名について、国字の音訓及び慣用にとらわれない読み方の名や外来語又は外国風の名を子に付ける例が多くなる等、旅券申請において表記の例外を希望する申請者が増えていることから、その氏名での生活実態がある場合には、非ヘボン式ローマ字表記であっても、その使用を認めることとしました。

2005(平成17)年から,パスポート式で ない つづりでも,その 使用実績を 証明 できれば,みとめる ように なったのです。たとえば,理沙さんと 凛さんが 外国人風の LISA, LYNN を つかっていた 場合,愛着の ある つづりで パスポートを つくれる ように なりました。譲司さんと 玲央さんが GEORGE, LEO でも いい わけです愛(らぶ)さんが LOVE に しても かまいません。

この あたらしい 書きかたは「非ヘボン式」と よばれています。つぎの ような 書きかたが できます:

KATOH(加藤)KATOU(加藤)
KATOO(加藤)YUUKO(優子)
HUKUSIMA(福島)TIDURU(千鶴)
KOH-YAMA(神山)SHIN-ICHI(伸一)
KIM(金)GEORGE(譲司)
LEO(玲央)MARY(真理)

これから パスポートを つくる 人は はじめから「非ヘボン式」に する ことが できます。すでに パスポートを もっている 人も「非ヘボン式」で つくりなおす ことが できますこの 場合は のこっている 有効期間を すてて あたらしく つくりなおす ことに なり,新規の 申請と おなじ 手数料が かかります。

ただし,「非ヘボン式」に するには それなりの 理由が いります。その つづりでの 生活実態が ある ことなどです生活実態の 証明と いうと おおがかりな ことの ように おもえますが,実際には(目的の つづりに なっている)クレジット カードが あれば 十分です。そういう ものが ない 場合は「事情説明書」を 提出 します。。今では,「訓令式を つかいたい」という かんがえも 正当な 理由に なります。

もちろん,どんな つづりでも みとめられる わけでは ありませんから,気を つけてください「太郎」を HANAKO に したいと いっても 無理でしょう。。また,つづりの 変更は 一度きりです。「非ヘボン式」から もとの つづりに もどしたり,さらに 別の つづりに かえたり する ことは できません。

実際には むつかしい 問題も あります。家族の 姓の つづりが おなじで ないと こまる ことが あるかも しれませんし,クレジット カードとの 整合性も 大事です家族で 海外旅行を する ときに 姓の 表記が バラバラだと ややこしいでしょう。パスポートと クレジット カードで つづりが ちがうと トラブルの もとに なりかねません。。このような 理由から,パスポート式に したがわなければ ならない ことが あるかも しれません。

この サイトの 提案

「非ヘボン式」は,訓令式にも 合理的な 長音表記にも できる わけですから,これを 利用 して パスポート式の 問題を 解決 できます。

この サイトは「非ヘボン式」の 制度を つかって 訓令式に する ことを すすめます。ただし,長音符号つき文字切る印(')は つかえませんから,そこだけは まにあわせの 書きかたに なります。つぎの ような 書きかたです:

SIMADA(島田)TUZI(辻)TIBA(千葉)
HUKUI(福井)NANBARA(南原)HOTTI(堀地)
ITOO(伊藤)OOKAWA(大川)TOOYAMA(遠山)
KOOZOO(幸三)YUUKO(優子)SYUUHEI(修平)
OO-OKA(大岡)KEN-ITI(健一)SIN-YA(伸也)
GAQ(ガッ)

この 書きかたは 日本語(日本人の 名前は 日本語です)を 書くのに ふさわしい 訓令式を 基本に していて,日本人が みれば ほぼ 正しい 発音で 読む ことが できます。これを「パスポートむけ訓令式」と よぶ ことに します。

お名前を「パスポートむけ訓令式」に 変換 する「お名前の ローマ字 変換」が あります。ご自由に おつかい ください。

道路標識

あらまし

道路標識
道路標識(案内標識)
道路標識調査Weblog

道路標識(案内標識)の 地名の 書きかたは 国土交通省が ヘボン式を もとに して つくった 独自規格です。つぎの ような 書きかたです:

Tokyo(東京)Osaka(大阪)Kyoto(京都)
Nihonbashi(日本橋)Shin-ikecho(新池町)
Tokyo Met.(東京都)Aichi Pref.(愛知県)
Fukuoka City(福岡市)Nakayama Town(中山町)
Shinano Riv.(信濃川)Arakawa Riv.(荒川)
Atago Shrine(愛宕神社)Toshogu Shrine(東照宮)
Chiyoda Bridge(千代田橋)Togetsukyo Bridge(渡月橋)
Mt. Fuji(富士山)Mt. Gassan(月山)

つけたし

これは ローマ字書きの 日本語では なく 英語です。もう すこし くわしく いうと,「英語風の 書きかた」を すこし 改造 した ものです。占領期の なごりで このように なっています1946年に GHQが 市町村名などを 道や 駅に 英語で 掲示 する 命令を だしました。。これを あらためる うごきは ありません。

「英語風の 書きかた」は 日本語(日本の 地名は 日本語ですアイヌ語なども ふくめています。)を 記述 する 方法としては まったく つかいものに なりません。日本語の 音声を 正しく 書きあらわす 能力が ないからです。たとえば,この 書きかたでは「湖南」と「甲南」の ちがいを 書きわける ことが できません。この 章の はじめに かかげた 写真を よく みて くださいこんな ものを つくって 平気で いられるとは,一体 何を かんがえているのか,あるいは 何も かんがえていないのか。これを 外国人が みたら どう おもうでしょうか? 国土交通省は これが 外国人の ために なると かんがえたのでしょうか? はずかしくないのでしょうか?


道路標識は ラテン文字表記を していなかった 時期が あります。1971(昭和46)年から 1986(昭和61)年までの あいだです。この 期間に つくられた 案内標識には ラテン文字表記が ありません例外も あります。正確には,1971年から「(必要なら)表示することができる」ように なり,1986年から「(不要なら)省略することができる」ように なりました。実際,1971年以降も 高速道路の 標識は ラテン文字表記を つづけていました。

廃止 した 理由は「視認性が わるいから」と されています。標識に 書きこむ 情報が ふえてきて,窮屈に なったのかも しれません。また,「占領期の 遺物と みなされていたから」とも いわれています。たしかに,外国人の 都合で つくった ルールを ずっと あたためていたのですから,なんとも まの ぬけた 話です。本当は そうだったのかも しれません。

復活 した 理由は「国際化の ため」と されています。しかし,これは 失敗でした。せっかく 立派な 目的を かかげているのに,正しい ローマ字では なく 英語では,その 理念が 台なしです。

ローマ字から 英語へ?

2013(平成25)年,国土交通省は 観光地などに ある 案内標識の ローマ字表記を 英語表記に かえていく 方針を しめしました。しかし,これは あやまった 判断です。英語表記は 外国人の 役に たたない だけで なく,外国に あやまった メッセージを おくって しまう おそれも あるからです。

まず,おおくの 外国人は 英語を 話しません。英語で 生活 している 人は 世界の 人口の 1割も ありません。やさしい 英語が 読める 人なら その 割合は もっと ふえるでしょうが,それでも すべての 外国人に 英語が 通じると おもったら おおまちがいです本当は 話す 人が おおいか すくないかは 関係 ありません。多数派を 標準に する かんがえかたは 国際化の 理念とは 正反対の ものです。国際化を かんがえる ときに 一番 大切なのは,特定の 国・地域や 民族などを えこひいき しない ことです。

しかも,日本に くるのは ほとんど 非英語圏の 外国人です。2015年の 統計では,中国・韓国・台湾が トップ3で,これだけで 6割を こえますヨーロッパ,アメリカ,オーストラリアを あわせても 13%です。。この 人たちの 母語は 英語では ありません。国土交通省は 観光客の 利便性を 変更の 理由に あげていますが,もし それが うそで ないのなら,英語では なく 韓国語や 中国語に かえる べきです。

さらに,外国人は 母語で 書かれた ガイドブックなどを たよりに 行動 しますから,標識が 英語表記で ある 必要は まったく ありません。ラテン文字表記 すなわち ローマ字表記で 十分です。外国人は ローマ字表記を みても それを 正しい 発音で 読む ことは できませんし,普通名詞の 部分は その 意味も わかりません。けれど,それで こまる ことも ない わけですカンボジアに ある 遺跡「アンコール ワット」の「ワット」は「寺」を 意味 する クメール語だ そうですが,クメール語を しらない 日本人でも「アンコール ワット」が 寺の 名前で ある ことを しっています。それと おなじで,金閣寺を おとずれる 外国人は「キンカクジ」が 寺の 名前で あることを はじめから しっています。この 理屈は「国会前」でも おなじです。ガイドブックを 読んでいる 外国人は ローマ字表記の Kokkai の 意味が 国会議事堂で ある ことを しっています。外国人の 旅行者に とって 必要な 情報は 現地で 実際に つかわれている 日本語の 名前で あって,名前の 意味では ありません。英語表記に すると,外国人と 日本人が おなじ ものを ちがう 名前で よぶ ことに なり,これが さまざまな 問題を ひきおこします。外国人から The National Diet の 場所を たずねられても それが 何なのか わからない 日本人は 道案内も できません。電車や バスは 英語の 放送も しなければ ならなく なります。こうして,観光地が 人情や 風情を うしなって しまう おそれが あります。

観光地の 看板や 標識には それなりの 気くばりと センスが もとめられます。英語ばかりが 目に つくと,日本らしさを たのしみたい 外国人は がっかり するでしょう。交通機関は,できるだけ ことばに たよらず,記号(ユニバーサル サイン)を 工夫 する べきです。もちろん,それとは 別に 多言語に 対応 できる 観光案内所などは 必要です。スマートフォンが ゆきわたっている 今なら テクノロジーによる 解決策も あるでしょう。これらが 本当に のぞまれている ことです。案内標識の 英語化は 観光地が 力を そそぐ ポイントでは ありません観光地の 商店や タクシーが 外国語に 対応できる ように なれば きっと よろこばれるでしょう。飲食店が 多言語の メニューを 用意 するのも よい ことです。しかし,商売では ない 公共の 表示では,そういう 親切を あからさまに みせつけない ほうが いいでしょう。金もうけに 熱心な 国だという 印象を あたえて しまう おそれが あるからです。親切を 親切と 気づかせない 親切さが 日本流では ないでしょうか。

世界一の 観光大国で ある フランスの 名所が 英語だらけに なっているでしょうか? 日本の 町は 英語風の 看板で あふれています。まるで 日本人が 日本語を 大切に していない ように みえる ありさまを 外国人は 尊敬の 目では みていません。その上に 案内標識を 英語化 したら,日本の 未熟な 国際感覚を ふれまわっている ような ものです。アメリカかぶれの 幼稚な 国だという あやまった 印象を あたえて しまう おそれも あります。案内標識の 英語化は 国益を そこねる おろかな 言語政策で あると いって よいでしょう。

この サイトの 提案

地名の 具体的な 書きかたは「地名」に まとめてありますが,この サイトの 立場から,地名は どう 書く べきかを のべておきます。

堤防に Kurobe River(黒部川)などと 書いた 看板が たててあるのを よく 目に します。これは 地名の 中の 普通名詞の 部分(「黒部川」の「川」)を 英語に 翻訳 して 全体を 英語化 した ものです。しかし,これは 日本人にも 外国人にも わかりにくい 書きかたです。「えりも岬」は Erimo Misaki と 書けば 小学生でも わかりますが,Cape Erimo では おとなが みても わかりません。外国人でも 英語が わかる 人は すくないので,英語化 しても わかりやすく ならず,おおくの 日本人が かんがえている ほどの 実用性は ありません。

そもそも,それが 川の 名前や 岬の 名前で ある ことを いちいち 説明 する 必要は ありません。堤防に 看板が あったら,そこには その 川の 名前が 書いてあるに きまっています。もし 観光で「えりも岬」に やってくる 外国人が いたら,その 人は〈エリモミサキ〉が その 岬の 名前で ある ことを はじめから しっています。ガイドブックにも 書いてあるでしょう。フランス語を しらない 日本人でも〈モンブラン〉が 山の 名前で ある ことを しっているのと おなじです。

また,この 書きかたでは「荒川」が Arakawa River に なって しまい,日本人には 違和感が あります。これは「モンブラン」を Mt. Mont Blanc と 書いている ような もので,国際的にも はずかしい ありさまです。

その上,日本人は「黒部川」「荒川」を〈クロベリバー〉〈アラカワリバー〉とは よんでいないのですから,日本人と 外国人が おなじ ものを ちがう 名前で よぶ ことに なります。これは コミュニケーションを さまたげます。日本語の 名前が わからない 外国人は 日本人に 道を たずねる ことが できません。英語の 名前が わからない 日本人は 外国人に 道を おしえる ことが できません。

地名は 正しい ローマ字表記に すれば 日本人にも 外国人にも わかりやすく なります。正しい ローマ字表記は 国際交流を さまたげません。

英語化では なく 国際化 する

上で のべた ように,「荒川」は Arakawa,「えりも岬」は Erimo Misaki と 書く べきです。ほかの 地名も すべて おなじ ように かんがえる ことが できます。

ここで 気づいて ほしいのは,ArakawaErimo Misaki も ローマ字表記の 日本語で あって,英語では ない ことです。したがって,この つづりは 英語を はなさない 外国人に 対しても つかえますし,英語 以外の 外国語の 中でも つかえます。つまり,世界共通です。これが 国際化です。表記の 国際化は ラテン文字化(ローマ字化)です。英語化では ありません。

ローマ字表記は 標識や 看板に 適しています。いくつもの 外国語に 翻訳 して それらを ずらずら ならべて 書くという 無駄が ないからです。ローマ字表記を ひとつだけ 書いておけば いいので,標識や 看板が すっきり して,視認性も デザインも よく なります。

Sinano Gawa(信濃川)Arakawa(荒川)
Atago Zinzya(愛宕神社)Tôsyôgu(東照宮)
Tiyoda Basi(千代田橋)Togetukyô(渡月橋)
Huzisan(富士山)Gassan(月山)

英語の 話し手しか 読まない 英文の 中に 日本の 地名を 書く ときは、ヘボン式や、「英語風の 書きかた」に しても かまいませんし,英訳 しても いいでしょう。英語の 話し手に とっては それが 自然ですから。下は ヘボン式の 例です。

Shinano Gawa(信濃川)Arakawa(荒川)
Atago Jinja(愛宕神社)Tōshōgū(東照宮)
Chiyoda Bashi(千代田橋)Togetsukyō(渡月橋)
Fujisan(富士山)Gassan(月山)

地図

あらまし

地図(陸図)の 地名の 書きかたは ヘボン式を もとに した 独自規格で,国土交通省が さだめています。

道路標識(案内標識)の 地名の 書きかたと にていますが,普通名詞の 部分が 日本語ですから,英語では なく ローマ字書きの 日本語です。ただし,「英語風の 書きかた」を 採用 しています。英語化 している わけでは ないので,全体的には まっとうな 書きかたに みえます。

Aichi Ken(愛知県)Tokyo Wan(東京港)
Shinano Gawa(信濃川)Arakawa(荒川)
Fuji San(富士山)Chichijima Retto(父島列島)

Google Maps の ローマ字も ふるい ヘボン式の 変種です。くわしい ルールは 不明です。

海図の ローマ字は 海上保安庁が さだめている 独自方式で,ふるい ヘボン式の 変種です。くわしい ルールは 不明です。


地図の ローマ字は もともと 訓令式でしたが,2005(平成17)年から ヘボン式に かわりました。海図の ローマ字も もともと 訓令式でしたが,1999(平成11)年から ヘボン式に かわりました。

おどろくべき ことに,地図の ローマ字を かえた 理由は 理念や 理論に もとづいた ものでは なく,訓令式よりも ヘボン式が おおく もちいられている 現状に あわせた だけでした訓令式ヘボン式の 使用状況を しらべて,おおい ほうに あわせて 変更 した ようです。「みんな やってるから。」では 万引が ばれた 中学生の いいわけと おなじでは ありませんか。。海図の 場合も おおよそ 想像が つきそうです。

歴史を ふりかえると,1937(昭和12)年に 訓令式が さだめられる きっかけに なったのは,万国地理学会議が 日本政府に 対して 日本の 地名表記を 統一 してほしいと いってきた ことでした。専門家が あつまって 何年も 議論の 末に,理論的に みちびきだされた 書きかたが 訓令式だった わけです。「ローマ字のつづり方」も 原案の 段階では 地名を かならず 訓令式で 書く ことに きめていました。このような 歴史を わすれ,理念や 理論を ないがしろに して,ほとんどの 国民が しらない あいだに ルールを かえて しまったというのですから,文明国として はずかしい ことです。


市町村の 名前を ローマ字書きに した リストが「市町村の 名前」に あります。ご自由に おつかい ください。ローマ字の 方式は 訓令式です。

駅名

あらまし

駅名標
駅名標

駅名標(駅名の 表示板)の 駅名の 書きかたは ヘボン式を もとに した 独自規格で,国土交通省が さだめています。

Kyōto(京都)Shimbashi(新橋)
Etchūjima(越中島)Den-en-chōfu(田園調布)
Amagasaki Center Pool Mae (尼崎センタープール前)
JR-Fujinomori(JR藤森)

つけたし

駅名の 書きかたが ヘボン式を 採用 しているのは 占領期の なごりです1946年に GHQが 市町村名などを 道や 駅に 英語で 掲示 する 命令を だしました。。これを あらためる うごきは ありません。

戦前から 鉄道省は ヘボン式を もとに して 独自規格を つくっていました。1937(昭和12)年に 訓令式が できて,一度は 訓令式に かわったのですが,戦争が おわると ヘボン式に もどされました。1954(昭和29)年に できた「ローマ字のつづり方」が 訓令式を すすめる ように なっても そのままに され,それが 今も つづいています。


外国人の 旅行者に とって 駅名の 表示は とても 重要です。特に 観光地などでは 外国人に むけた 表示にも 気を くばらなければ なりません。そのため,駅名の ローマ字表記は なくては ならない ものですが,その ローマ字は 訓令式で まったく 問題 ありません。外国人が 目で みて 識別 できれば 十分だからです外国を 旅行 した つもりに なってみて ください。駅名が アラビア文字や タミル文字で 書かれていたら こまりますが,ラテン文字で 書かれていたら こまる ことは ないでしょう。正確な 発音や 意味が わからなくても,目で みて 識別 できれば 十分だからです。

駅名を ヘボン式で 書く 意味は ありません。たとえ ヘボン式で 書いても,外国人は それを 正しい 発音では 読めません。もちろん,英語に する 意味も ありません。たとえ 英語で 書いても,おおくの 外国人には 意味が わかりません。


駅名標の ローマ字は ルールの 運用が 厳格では なく,徹底 されていません。鉄道会社などに ゆだねられている 部分が おおきいからです。昔は 看板業者に まかされていた ことも あったらしく,風がわりな ローマ字が みつかる ことも ありました。

よく ない 駅名標

よくない駅名標1
よくない 駅名標(1)

ちかごろ,中国語の 簡体字,韓国語(朝鮮語)の ハングルが 書きこまれた 駅名標を よく 目に する ように なりました。外国人に 対して 親切に したい 気もちは つたわってきますが,これは まちがった とりくみです。実用性の 点で まったく 意味が ありませんし,読みやすさの 点でも うつくしさの 点でも このましく ありません。

外国に 旅行 した つもりに なって よく かんがえてみて ください。駅名標は ラテン文字で 書いてあり,そこに カタカナ表記が つけくわえられていると します。さて,それが 日本人に とって 何かの 役に たつでしょうか? 何の 意味も ない ことが わかるでしょう。名前を 外国人にも わかるように 書きあらわすには ラテン文字表記が ひとつ あれば 十分です。外国人むけの 表記は ローマ字表記だけに すれば,駅名標が すっきり して,視認性も デザインも よく なるでしょう。

この タイプの 駅名標には もっと 根ぶかい 問題も あります。それは 鉄道会社などが ローマ字表記の 部分を 英語化 しようと している ことですローマ字表記の 部分を 本当に 英語だと 勘ちがい していて,今までは 英語だけ 書いていたけれど,中国や 韓国からの 観光客が ふえてきたから,中国語や 韓国語も いれようと かんがえているのでしょうか。それとも,ローマ字表記の 部分を 英語化 する 口実として 中国語と 韓国語を 利用 しているのでしょうか。本当の ところは よく わかりません。。駅名は 名前で あり,基本的に 名前は 外国語に 翻訳 できません。たとえ ラテン文字で 書いてあっても,それは ローマ字表記の 日本語で あって,英語では ありません。ところが,この タイプの 駅名標は 日本語に 英語・中国語・韓国語を つけたした ように みえる ことが あります。あきらかに,そう みせかけているからです。もしかしたら,すでに 半分くらい 英語の つもりなのかも しれません。

よくない駅名標2
よくない 駅名標(2)

「プラーザ」は スペイン語の plaza(広場)です。ローマ字表記では 原つづりを 書いていますが,中国語では 翻訳 しています。

表音文字が ない 中国語では,中国語の 名前を つくる ときに 翻訳 しなければ ならない 場合が でてきます。それが ローマ字表記の 英語化を すすめて しまうかも しれません。大阪城公園駅の ローマ字表記 Ōsakajōkōen が 英語の Osaka Castle Park に かわって しまう,という 意味です。今でも 外来語は 原つづりで 書いていて,その 原つづりは ほとんどが 英語ですから,英語化 されかかっている 状態です。道路標識(案内標識)の 地名と おなじ あやまちが 駅名標にも ひろがっていく おそれが あり,目が はなせません。

おおくの 外国人が おとずれる 観光地や 大都市 ほど この 傾向が あり,外国人を 不思議がらせています公用語が 複数 ある 国は おおいので,駅名が 複数の 言語で 書いてある 駅名標は 外国人に とって めずらしくは ないと おもわれます。けれども,これは 国内の 言語が 複数 あるから 駅名も 複数 ある,という 話です。日本で おこなわれている ことは まったく ちがいます。国内で 通じない 外国語の 名前を 無理やり つくって つけたしています。しかも,それが 中国人や 韓国人の 役にも たちません。。日本人に もう すこし 教養が あれば こんな ありさまには ならないのですが,今の ままでは 外国に 恥を さらしている ような ものです。

【読み物】難読地名の ローマ字

道路標識(案内標識)の ラテン文字表記は 英語です。駅名標の それは ローマ字書きの 日本語と 外国語の まぜ物です。これでは 日本人に とって あまり 役に たたない ように おもえます。ところが,役に たつ ことも あるのです。

難読地名
難読地名(大阪・京都)

漢字で 書かれた 地名には その 土地の 人で ないと 読めない ものが すくなく ありませんが,ローマ字が 読みがなの かわりに なって,正しい 読みかたが わかるからです。

はじめての 旅先で,案内標識や 駅名標から おもしろい 地名を おぼえた 経験は ありませんか?