国語国字問題
KOKUGO KOKUZI MONDAI

国語国字問題とは
Kokugo kokuzi mondai towa

日本語の 問題
Nihongo no mondai

江戸時代の 知識人は 外国の 事情を まなんで 視野が ひろがり,日本を 客観的に また 批判的に みられる ように なりました。その 中から,どうやら 日本語には 問題が あるらしいと 気づく 人が でて きます。

当時は むつかしい 漢字だらけの 文章が 正式でしたが,それでは しごとが はかどりませんし,教育も やりにくく なります。日本の 文化を たいせつに する たちばの 人たちも 日本語は 本当に これで いいのかと かんがえる ように なりました。こうして,さまざまな 動機から 日本語の 問題に ついて まじめに かんがえ,あらためる べき 点は あらためて いこうと する うごきが うまれて きました。

この 問題を 国語国字問題と よびます。国語とは 国の 言語,国字とは それを かく 文字の ことです「国語」は 明治時代から 現在の 意味で つかわれる ように なった ことばですが,つねに 政治的な 意図を もって つかわれて きました。もっと あけすけに いって しまえば,「国語」は「国旗」「国歌」と おなじ 種類の ことばです。学校の 教科の 名前が「日本語」で なく「国語」に なって いるのは 政府が いまでも「国語」の 意味に とらわれて いるからです。なお,「峠」「凪」「畑」などの いわゆる 和製漢字を「国字」と いう ことも ありますが,国語国字問題の「国字」は それでは ありません。

よっつの たちば
Yottu no tatiba

日本語を あらためて いく かんがえには おおきく わけて よっつの たちばが あります。

「日本語廃止論」の たちばは 国語に 問題が あると かんがえ,かな文字論ローマ字論新国字論の たちばは 国字に 問題が あると かんがえました。後者の かんがえを まとめて 国字改良論と よびます。これらは 漢字の 廃止を うったえる 点で 共通 して おり,この かんがえを 漢字廃止論と よびます。

日本語廃止論
NIHONGO HAISIRON

「日本語廃止論」とは
"Nihongo haisiron" towa

日本語を やめる かんがえ
Nihongo o yameru kangae

明治時代の はじめには まだ 日本語と いう ものが さだまって いませんでした。つまり,そのころの 日本人は 統一 された 言語で はなして いませんでした。身分制度の なごりで 職業ごとに ことばが おおきく ちがって いましたし,人の 移動を 制限 する 時代が ながく つづいた せいで,ことなる 地方の 人は おたがいに ことばが つうじない ほどに なって いました。そのため,統一 された 日本語を つくる 必要が ありました。それが なかったら 法律も かけませんし,学校の 教科書も つくれませんこの 統一言語には コミュニケーションの 手だてを 提供 する「公用語」の 側面と,統一 された 国を 象徴 する「国語」の 側面が あります。なお,日本の 公用語を さだめた 法律は ありません。それくらい 日本語が あたりまえと かんがえられて きたからです。けれども,本当は あたりまえの はずが ありません。日本に すんで いたら 日本語を つかうのが あたりまえだと いう かんがえは さまざまな 社会問題を ひきおこして います。

初代の 文部大臣 森有礼(もり ありのり)は この 問題を 解決 する ため,英語を 日本の 公用語に する かんがえを もって いました。

英語を話す民族は、今日、世界を支配するほど強い商業的実力を持っているので、わが日本国民はどうしても彼らの商業上の風習慣行について知識を持たねばなりません。こうして、われわれ日本人が英語をマスターすることは、絶対に必要になりました。それは、国際社会において、日本の独立を保持する一要件です。このような事情の下では、日本以外の国では少しも用いられない、貧弱な日本語は、英語に席を譲るよう運命づけられております。

森有礼が 英語に 目を つけたのは それが 有力な 国の 言語だからですが,英語は 文法が やさしくて まなびやすいからと いう 理由も ありました。かれは 文法の 不規則性を なくして もっと やさしく した 英語を 日本に とりいれたいと かんがえて いましたこれとは 別に,戦後に 作家の 志賀直哉(しが なおや)も 日本語を やめようと いいだした ことが ありました。しかし,これには なぞが あります。かれは 作家で あるが ゆえに 日本語の 欠点を しりつくし,それに くるしめられた ことは まちがいないでしょう。けれども,かれは うつくしい 日本語を かく ことで しられ,作品の「小僧の神様」に ひっかけて「小説の神様」と よばれた 日本語の 達人でした。しかも,日本語を やめて フランス語に しようと いったのですが,フランス語の 上級者だった わけでは ないのです。100年 くらい 前までは フランス語が 世界で もっとも つよい 言語で,そのあとも 日本の 作家が フランス文学を 崇拝 する 時代が つづいて いたとは いえ,この 提案は あまりに 唐突です。もしかしたら,当時の おおきな 話題で あった 国語国字問題に より おおくの 人の 目を むけさせる ために,かれは わざと 極端な 提案を したのかも しれません。

そして,外国の 言語学者に 意見を もとめたのですが,その こたえは「ノー」でした。国民の 文化的水準を たかめたかったら,それは 母語で おこなう べきだと いう わけです。やさしく した 英語に ついても,そんな 二級品の 英語を つかって いたら 本物の 英語を つかう 外国人から ばかに されるだろうと いって 反対 しました。そんな わけで,英語を とりいれる ことは しないで,日本語は 東京の ことばを もとに して つくる ことに なりましたこの 言語学者は 中国語が 日本語に およぼした 影響を 有害な ものと みとめ,日本人が 英語を まなぶ ことや 日本語表記を ローマ字化 する ことには 賛成 しました。母語の たいせつさを といた ことは 重要です。よく 話題に なる 英語公用語化論の あやうさを いいあてて いるからです。英語を 母語と する 人が つかう 英語と,英語を まなんで 身に つけなければ ならない 人が つかう 英語は ちがいます。日本人の 英語は,どんなに うまく はなせる ように なっても,永久に 二級品です。本物への あこがれと 二級品を さげすむ 気もちは たかまる 一方です。こうして,すべての 人が ひとしく 尊重 される 世界から とおざかって いきます。これが 英語を 公用語に しては いけない 理由の ひとつです。英語は りっぱな 言語ですが,それを 日本の 公用語に すると,英語が よく できる 人と あまり できない 人の あいだに 格差と 差別を うみだして しまう わけです。そこに かんがえが およばなかった ところに 森有礼の あやまちが ありました。しかし,森の かんがえを 批判 する 意見は 当時から 的はずれで 感情的な もの ばかりでした。そして,大日本帝国憲法発布の 式典が おこなわれた 日,かれは 国粋主義者に 暗殺 されました。もちろん まっとうな 反対意見を あらわした 人も いました。それは 馬場辰猪(ばば たつい)です。森の あやまちを ただしく 批判 できた かれが のちに 自由民権運動で 活躍 するのも 偶然では ないでしょう。

森有礼は 日本語を なくして しまおうと かんがえて いた わけでは ありません。じっさい,そんな ことは いって いません。なにしろ,日本語が まだ できて いなかった 時代で,いまの 日本人が しって いる 日本語を 当時の かれは しらなかったのですから。かれは 政治・経済・教育・学問 などの 分野では 英語を もちいるけれども,日常の くらしで つかう ことばは そのままで いいと かんがえて いました。こういう やりかたを 採用 した 国は たくさん あります。

したがって,「日本語廃止論」と いう よびかたも 本当は おかしい わけです。もしかしたら,森有礼を おとしめる 目的で 意図的に ひろめられて 定着 して しまった よびかたなのかも しれません。森の かんがえは「おとった 日本語を すてて すぐれた 英語に のりかえよう。」と いう あさはかな おもいつきでは なく,日本の 独立と 発展を ねがう 心から でて きた ひとつの 戦略でした。こういう 事実を しらない 人が おおいのか,森を せめたてる 意見は いまでも よく あります。それこそ あさはかと いう ものです。

漢字廃止論
KANZI HAISIRON

漢字廃止論とは
Kanzi haisiron towa

漢字を やめる かんがえ
Kanzi o yameru kangae

日本語の 文章は 漢字と かな文字を まぜて かきますが,漢字を つかうのは やめようと いう かんがえも あります。これを 漢字廃止論と よびます。なぜ そんな ことを するのかと いうと,それは 日本語の かきかたに 問題が あるからです。日本語の 表記システムは 漢字を つかって いる せいで たいへん 複雑です。おぼえるのも つかうのも むつかしく,これが さまざまな 社会問題を ひきおこして います。それだけで なく,漢字の せいで 日本語 そのものが おかしく なって います。だから 日本と 日本語の ために 漢字を やめようと いう かんがえです。

もちろん これは すぐに できる ことでは ありません。すこしずつ 段階的に すすめて いく ほかは なく,ながい 時間が かかります。100年 単位で かんがえなければ ならない おおしごとです。昔の 漢字廃止論者も その 道のりが ながい ことを しって いました。それでも,日本と 日本語の 将来を おもって 声を あげたのでした。

かきことばを あらためる
Kakikotoba o aratameru

世界の 言語の 中で みると,日本語は やさしい 言語です。また,その 話者数の ランキングで トップ10に はいる おおきな 言語です。すこし ふるい 調査に よれば,これから 日本語が 世界の コミュニケーションで 必要な 言語に なると かんがえて いた 国も たくさん あり,日本語に たいする 期待の たかさは 日本人が おどろく ほどでした。いまでも 日本語を まなんで いる 外国人は 数百万人 いると いわれて います日本語が やさしい 言語だと いうのは よみかきを のぞけばの はなしです。日本語は 発音も 文法も 比較的 やさしい 言語で,会話だけなら むつかしくは ありません。しごとの 都合で 日本に きた 外国人は,日常の 会話レベルは たやすく マスター しますが,よみかきは むつかしいと いいます。外国に すんで いる 日系人も 日本語で 会話が できても よみかきは できない ことが おおい ようです。モンゴル出身の 力士が すぐに 日本語を おぼえるのも,モンゴル語と 日本語が にて いると いう 理由も ありますが,日本語が それほど むつかしく ないからでしょう。よく 敬語・助数詞 などで 日本語の むつかしさや 特殊性を うったえる 人が います。しかし,これらは すこし 意味が ちがいます。日本人でも よく 敬語を まちがえますし,助数詞を よく しらない 人も いますが,そういう 人を さして「あいつは 日本語が はなせない。」とは いいません。日本文化の 知識が たりないだけです。外国人も それと おなじで,日本語が むつかしいのでは なく,日本文化が むつかしいだけです。そして,外国の 文化が むつかしいのは あたりまえで,それは どこの 国も おなじです。日本だけが 特別 なんて ことは ありません。話者数の ランキングは つぎの とおりです。1位:中国語,2位:英語,3位:ヒンディー語,4位:スペイン語,5位:アラビア語,6位:ベンガル語,7位:ポルトガル語,8位:ロシア語,9位:日本語,10位:ドイツ語。

このように,日本語は 世界に しられた 言語です。日本の 経済力や 文化力から かんがえると,日本語は 世界的に 有力な 言語の ひとつに なって いても いい はずです。けれども,じっさいは そう なって いません。それは 日本語の よみかきが むつかしいからです。日本語が できれば ビジネスに 有利だと おもって いる 外国人も,日本語の かきことばを まなぶ コストを かんがえたら 割に あわないと 判断 するでしょう。日本語は かきことばが むつかしい せいで 世界的に 有力な 言語に なれませんでした。(ここでは「かきことば」を 表記システムの 意味で つかって います。)

ある 外国人の 日本研究家は つぎの ように のべて います。

このような侮辱的な表現をつかうことには気がひけるのだが,日本の書きことばは一部のものにとっては魅力ある研究分野となるものの,実用的な道具としてはこれに劣るものはおそらくないであろう。

はなしことばは 自然に かわって いく ものですが,かきことばは 人為的に かえて いく もの です。すすんだ 国は その 国の かきことばを やさしく する ために さまざまな 改革を おこなって います。自分の 国や 言語を 発展 させたいと おもうなら,そう するのが あたりまえです。ところが,日本は そういう 努力を この 半世紀の あいだ まったく して きませんでした。この 不作為が もたらした 損失は はかりしれませんはなしことばが 自然に かわって いくと いうのは,それを つかう 集団の かんがえが 反映 されて すこしずつ かわって いくと いう 意味です。日本語は かきことばの 合理化が おくれた せいで 時代に 対応 できなく なって,おとろえて きて います。すでに 公用語の 役目も はたせなく なりつつ あります。このままでは そのうち 英語を 公用語に くわえなければ やって いけなく なるでしょう。日本の 政府は すでに 日本語に みきりを つけて いる ようで,さまざまな ところで すこしずつ 日本語を やめて 英語に きりかえて います。たとえば,ローマ字で かかれて いた 公の 表示を 英語に かきかえたり,小学生に 英語を おしえたり,学校の 授業を 英語で おこなったり して います。一般人の おおくも それを 歓迎 して います。一方,この ながれに 反発 して,カタカナ語を きらって ふるい かなづかいや ふるい 字体の 漢字を ありがたがる 人も ふえて います。学校の「国語」では「言語文化」を おしえる ことに なりました。しかし,これらは むなしい わるあがきです。まけおしみの 排外思想や うしろむきの 懐古趣味で 日本語の おとろえは くいとめられません。言語を 文化と して みて いるだけでは 日本語が 死語に なるのを だまって ながめて いるのと おなじです。

いまの 日本語が かかえて いる 問題は「ことばと 文字の 関係」でも くわしく 説明 して います。

漢字の わざわい
Kanzi no wazawai

日本語の 表記システムを ややこしく して いるのは 漢字です。漢字が 日本と 日本語に もたらして いる わざわいは たくさん あります。


漢字は おぼえるのも つかうのも むつかしい 文字です。たくさんの 漢字と むつかしい 熟語を おぼえられるのは 教育に 時間と おかねを かけられる 一部の 人だけです。目や 耳の 不自由な 人は 漢字の せいで 情報や 知識を 手に いれにくく なって います。この 意味で,漢字は 世の中に 格差を つくる「差別文字」だと いえます。

漢字は しばしば 悪用 されます。権力者が 一般人を だましたり 一般人が 自分を えらく みせかけたり する ために むつかしい 漢字の ことばを つかう ことが あります。漢字は 平等で 民主的な 社会の 実現を さまたげて います。


漢字は 日本語を かくのに 適して おらず,日本語を 不完全な 言語に して います。漢字の せいで 日本語には おびただしい 同音異義語が あります。これでは 演説も 朗読も できません。日本の 漢字には よみかたが たくさん あるので,しって いる 漢字が よめない ことも あり,はじめて みる 固有名詞は あてずっぽうで よんで いるのが 現状です。活用 する ことばは 漢字に おくりがなを つけなければ なりませんし,その おくりがなの ルールが とても むつかしく,いいかげんに かいて いる 人が ほとんどです。サイトーさんワタナベさんの 異体字や,漢字・ひらがな・カタカナの かきわけ など,表記の ゆれが はげしく,まともに 検索も できません。

漢字は 日本の 文化だと いわれますが,これは ものの みかたが 一面的です。日本語は 漢字の せいで おおくの やまとことばを うしなったのですから,日本の 文化を こわして きたのも 漢字です。漢字は やまとことばの 語源を わかりにくく する ことが あり,日本語の 世界観を みうしなう 原因に なって います。


漢字は 日本語 そのものを おとろえさせて います。おとなでも 手がきでは かけない 漢字が たくさん あり,かける 漢字でも 画数が おおくて かくのが 面倒なので,メモに「あとで tel します」などと かいて いる ありさまです。漢字は その 形が 複雑で 視認性が わるい 文字です。おなじ おおきさで かかれた「準備中」CLOSED の どちらが とおくからでも よめるでしょうか。漢字と かな文字を まぜる 表記法は 字面の バランスが くずれがちです。そのため,デザインを 重視 する ところで 日本語が つかいにくく なって います。漢字が 日本語を ほろぼすと いわれる ゆえんです。

漢字は 日本の 文学を ゆがめて います。日本の 作家は 文字に 依存 した 効果を 利用 する ことが おおく,ことばで 表現 する 努力を おこたって います。「馬鹿」「ばか」「バカ」と かきわけて 何かを 表現 した つもりに なって いたら,表現行為の 一部を 翻訳家に ゆだねて しまって いる ことに なります。


漢字は 機械との 相性が わるい 文字です。日本は 漢字の せいで 文書の 作成が なかなか 機械化 できませんでした。文書の 管理も いまだに 不完全です。もし 人名・地名を すべて かな文字表記や ローマ字表記で 管理 して いたら,「消えた年金問題」や「マイナカード問題」の かなりの 部分は ふせげた はずです。たくさんの 漢字と ふりがなを あつかう コンピューター システムは,その 開発に 余計な コストが かかって いるだけで なく,プログラムの 複雑さから,外国では おこらない ぶざまな 大規模障害を くりかえして います。技術が すすんで 機械の 中では 漢字を まちがいなく あつかえる ように なったと しても,人間が 機械に データを 入力 する 段階や 機械が 人間に データを 出力 する 段階で かならず まちがいが おこります。どんなに 技術が すすんでも,むつかしい 漢字表記の 人名・地名を まちがいなく とりあつかう ことは できません。

漢字は キーボードで そのまま 入力 できません。表音文字だけで かく 言語を つかって いる 国では 文字を キーボードで そのまま 入力 できますが,かな漢字変換と いう ひと手間が はいる 日本では しごとの 能率が あがらず,文書作成の スピードは 欧米の 足もとにも およびません。漢字は 産業の 足かせに なって おり,生産性を さげて います。


漢字は 日本語を 外国人から とおざけて います。日本語を まなびたくても 漢字の せいで あきらめて しまう 外国人が います。日本語は 文法も 発音も むつかしく ないのに,漢字の せいで まなびにくい 言語に なって います。これからの 日本は 医療や 介護の 分野で 外国人に たすけて もらわないと やって いけません。それなのに,知識・技能・意欲を もった スペシャリストを「誤嚥」「褥瘡」と いった むつかしい 漢字だらけの 試験で 門前ばらいに して います。

漢字は 日本を 世界から 孤立 させて います。日本語が もっと まなびやすかったら,漫画や アニメの ファンだけで なく,いわゆる 親日派の 知識人も ふえる はずです。外国は 言語政策を 国の 戦略と かんがえて,かきことばを やさしく する 努力を つづけて います。しかし,日本の 指導者には そういう 戦略を かんがえる 能力が なく,漢字が そのまま ほったらかしに されて います。日本の 国際的な 地位が ひくい 理由の ひとつは 漢字だと いっても いいすぎでは ないでしょう。

漢字が なく なったら こまる?
Kanzi ga naku nattara komaru?

漢字が なく なったら こまると かんがえる 人は おおいでしょう。たしかに,いま すぐ すべての 漢字が なく なったら こまります。しかし,時間を かけて 漢字を すこしずつ へらして いけば,世の中に あたえる ダメージは ちいさく,それで こまる 人は いないでしょう。

漢字を やめると いっても,強制的に 漢字を へらして いくのは 公的な 分野だけです。私的な 分野は 基本的に 個人の 自由です。芸術・学術 などの 分野も そうで,それぞれの 自由に まかせます。ただし,公的な 分野で 漢字を へらして いけば,それに つづいて そのほかの 分野でも 漢字が すこしずつ へって いくでしょう。こういう やりかたで 漢字を やめると いう はなしですから,商店が 漢字の 看板を いそいで かきかえる 必要は なく,作家が 漢字仮名交じり文の 作品を かいても かまいません。親が こどもに「夜露死苦」式の 名前を つける ことも できますし,学校が 漢字を おしえなく なる わけでも ありません。

学術の 分野では いまも 常用漢字で ない むつかしい 漢字が つかわれて います。まちで 変体仮名の 看板を みつけたり,SNSで 歴史的仮名遣いの かきこみを みかけたり する ことも あるでしょう。それと おなじ ように,漢字を つかいたい 人は 私的な 分野で つかいつづけて かまいません。

おそらく,それで こまるのは 漢字で 他人を だませなく なる 人と 漢字の 知識を 自慢 できなく なる 人だけです。


漢字を やめる かんがえに はげしく 反対 する 意見が あります。しかし,その ほとんどは 漢字廃止論を よく しらない 人の かんちがいに もとづいて います。そのため,分かち書きを しらない 人が「よみにくいから ダメだ。」と いって いたり,ことばなおしを しらない 人が「同音異義語が あるから ダメだ。」と いって いたり,そんな レベルの もの ばかりです。もっとも,これらは 知識が たりない せいで おこる かんちがいなので まだ ましです。

ひどいのは,カナモジカイの ウェブサイトや 日本ローマ字会の 看板に 漢字が つかわれて いるのを あげつらう ような,何も かんがえて いない 感情論です。みずからの 主張を 世の中に ひろめようと するならば,一般人が よみなれて いる 表記法を つかうのが あたりまえでしょう。

冷静に 理屈で 反対 する 意見も ありますが,その ほとんどは 漢字が 高機能で ある ことや 漢字文化が たいせつで ある ことを うったえて いるだけで,漢字廃止論に 反論 できて いません。これらに 共通 して いるのは,漢字の わざわいを かるく みつもって,日本語に さしせまって いる 危機から 目を そらして いる ことです。おそらく,これは 漢字に くわしい 知識人の 意見だからです。しかし,日本語の 問題を まじめに かんがえようと するならば,はじめの 一歩で エスタブリッシュメントの 視座から はなれないと いけません。


漢字を やめても 熟語は なくせないから 漢字の 知識は 必要だと いう 意見も ありますが,これは まちがいです。漢字を まったく しらない ちいさい こどもでも たくさんの 熟語を しって いて,こどもなりに それらの 意味を 理解 して つかって います。その 反対に,漢字を よく しって いても,漢字の 意味から 全体の 意味を みちびきだせる 熟語は 半分 くらいしか ありません。「自」「転」「動」「車」の 意味から「自転車」「自動車」の 意味を みちびきだせるでしょうか。「自転」「自動」と いう 熟語を しって いたら,かえって むつかしいかも しれません。

漢字を やめたら 古典が よめなく なると いう 人も いますが,そんな 心配は いりません。ふるい 作品も あたらしい 表記法で かきなおされるからです。いまでも 万葉集や 源氏物語を もともとの 表記で よんで いる 人は いないでしょう。作品の みた目が かわっても その 本質は かわりません。文学的な ねうちも さがりません。日本の 文学は 外国語に 翻訳 されて 世界に 通用 して いるでは ありませんか。

日本語を 表音文字だけで かくと 文字数が ふえて 文庫本が ポケットに おさまらない ほど ぶあつく なると いう はなしも ありますが,そうは なりません。文字数が 2倍に ふえても ページ数は 2倍に ふえません。漢字は 形が 複雑なので おおきい 文字で 印刷 されて いますが,表音文字は 形が 単純なので ちいさい 文字で 印刷 できるからです。言語や 文字や つづりかたが ちがっても,おなじ 面積に つめこめる 情報量が そんなに ちがう はずは ないでしょう。

日本語を 表音文字で かく
Nihongo o hyôon mozi de kaku

ことばの 本質は 音声
Kotoba no honsitu wa onsei

【イヌ】と いう 音声を きけば イヌだと わかります。つまり,ことばの 意味は 音声が になって います。文字が 意味を あらわして いるのでは ありません。人類の 歴史を かんがえれて みれば,文字が つかわれる ように なったのは つい 最近の ことです。文字が なかった 時代にも ことばが ありました。音声だけの ことばです。この 事実から わかる ように,ほんらい ことばの 本質は 音声で,文字は その 音声を うつした コピーに すぎません文字の 歴史は たいへん ふるく,おおよそ 5000年前から ありますが,一般人が 学校で よみかきを まなぶ ように なったのは たかだか 100年 ほど 前からです。

けれども,日本では この はなしが ピンと こない 人も おおいでしょう。それは,はじめて みる 熟語でも 漢字から おおよその 意味が わかると いう 体験を 日常的に して いるからです。漢字に たよりきって いる せいで,文字が 意味を になって いるのだと かんちがい して いる 人が います。

外国人は「文字は ことばを うつす ものだ。」と かんがえて います。これが 世界の 常識です。ところが,日本人は「ことばは 文字を くみあわせて つくる ものだ。」と さかさまに かんがえて いる ことが あります。こんな おもいちがいを して いるのは 日本人だけです。

日本語も 表音文字で かける
Nihongo mo hyôon mozi de kakeru


「土佐日記」(定家本)

これは 藤原定家が かきうつした ものです。このとき すこし かきかえが おこなわれ,冒頭が「をとこもすといふ日記といふ物を ゝむなもして心みむとてするなり」に なって います。漢字の 数も すこし ふえましたが,それでも いまの かきかたに くらべると すくないでしょう。むつかしい 熟語さえ つかわなければ 漢字は いらない ことが わかります。

文字には ことばを あらわす 表語文字と 音を あらわす 表音文字が あります。漢字は 表語文字で,かな文字や ラテン文字は 表音文字です。そして,表音文字は 表語文字から うまれて きた ことが わかって います。日本の かな文字も 漢字から うまれた 文字です漢字は 字義(意味)・字音(音声)・字形(文字)の みっつが むすびついた ものです。ことばは 意味と 音声が むすびついた ものですから,漢字は ひとつの ことばに 対応 した 文字です。 このような 文字を 表語文字と いいます。表意文字と いう いいかたも ありますが,絵文字・ピクトグラム・アラビア数字 などを 表意文字と かんがえても いいでしょう。これらは 意味と 文字の ふたつが むすびついた ものです。

世界の 言語は 中国語と 日本語を のぞいて すべて 表音文字で かきます。中国語と 日本語だけに 特殊な 性質が あるとは かんがえられませんから,中国語も 日本語も 表音文字で かける はずです。じっさい,中国語には ローマ字(ピンイン)が あるので,漢字が なく なっても 中国人は こまりません。日本が 漢字を つかって いるのも ただの 偶然で,たまたま となりの 先進国が 漢字を つかって いたから それを とりいれただけです文字を もたない 国が 文字を もつ 国から その 文字を とりいれようと する とき,言語が ちがう ために それが つかいにくかったり,それを つかう ことで 大国の 文化に のみこまれて しまうのを きらったり する ことが あります。そのような ばあい,自分たちの 言語に あった 文字を つくりだす ことが あります。こうして 古代中国の 周辺で 独自の 文字が いくつも かんがえだされました:突厥文字・契丹文字・西夏文字・女真文字 などです。これも プライドを もった 国の やりかたです。

奈良時代の 日本人は 漢字を 表音文字と して つかう アイデアを おもいついて 日本語を かきあらわす ことに 成功 しました。万葉集は すべて かな文字で かかれて いるとも いえます。平安時代,日本の 文学は かな文字に よって おおきく 発展 しました。源氏物語も 大部分は ひらがなで かかれて います。室町時代の 日本に やってきた 外国人は 日本語の 文章を すべて ローマ字で かいて いました。このように,ひらがなも ローマ字も それだけで 日本語の 文章を かく 目的で つくられた ものでした。日本語を 表音文字で かくのは 昔から おこなわれて いた 自然な ことで,実現不可能な 夢の はなしでは ありません万葉集は 外見上 漢字で かかれて いますが,本質的には かな文字で かかれて います。だから 万葉集の 漢字を「万葉仮名」と いいます。平安時代に 発達 した 文学作品の 日本語も かな文字が 中心で その 中に 漢字が すこし まざって いる スタイルでした。(中国から はいって きた ことばは,拗音 などを かな文字で かきあらわす ことが できなかったので,漢字で かくしか ありませんでした。むつかしい 漢字も つかわれましたが,文字言語の つかい手が 知識人だけで あった 時代には,それが 問題に なる ことは ありませんでした。)それから 漢字の 割合は ふえて いき,日本語表記は 漢字だらけに なって しまいました。戦後の 国語改革で この ながれが かわり,漢字の 割合は すこしずつ へって きて いたのですが,ワープロが できてから ふたたび ふえて きて います。なお,中国も 外来語を かく ために 漢字を 表音文字の ように つかって いました。たとえば,「奈落」は「地獄」を 意味 する サンスクリット語の narakaが 中国語に なった ことばです。もともとの 中国語の 中にも 漢字の 意味を 無視 して 発音だけ つかって いる ものが あります。たとえば,文法的な はたらきを する 単語で「象形」「会意」などで あらわせない ものは おなじ 発音の 漢字を あてはめて かいて いました。

日本語で 会話を する ときは 音声だけで 意味を つたえあって います。口から 漢字を だす 人も 耳に 漢字を いれる 人も いませんが,ふつうは それで 会話が なりたちます。音声だけで 意味が つたわるのだと したら,日本語は 表音文字だけで かける はずです。

同音異義語の 問題
Dôon igigo no mondai

日本語を 表音文字だけで かくと よみにくく なりますが,その 理由の 大部分は なれて いない ことです。なれて しまえば よみやすく なります。しかし,なれの 問題と いえない 部分も あります。表音文字だけで かくと 同音異義語の みわけが つかない ことです。たとえば,学校教育を テーマに した 文章の 中に「シリツ」とか siritu とか かかれて いたら,「私立」「市立」か わかりません。これが 原因で かな文字文や ローマ字文は よみにくく なる ことが あります。

日本語には この 同音異義語が おおすぎます。文脈で 区別 できる 同音異義語は 外国語にも たくさん あります。しかし 日本語には,「私立」「市立」の ように,文脈の たすけを かりても 解決 できない 同音異義語も おおく,これは 外国の 言語学者が おもしろがる ほど めずらしい ものです。

ふつう,ことばの 音声を 耳で きけば 意味が わかります。ところが,日本語は ときどき 耳で きいただけでは 何を いって いるのか わからない ことが あります。よく,漢字を みれば 意味が わかって 便利だと いわれますが,これは とんでもない まちがいで,さかだち した かんがえです。漢字を みなければ 意味が わからない 現状が おかしいのです。

文脈で 区別 できない 同音異義語は 漢字で かかないと 意味が わかりません。しかし,意味の ちがいを みた目の ちがいで 区別 して いたら,日本語は いつまで たっても 不完全な 言語です。文字に たすけて もらわなければ 意味を つたえられない 半人前の 言語です。日本人は 漢字を 無批判に つかいすぎた せいで 日本語を スポイル して しまったと いえるでしょうこの 議論は 芸術・広告・あそび などに もちいる 言語には あてはまりません。むしろ,ゆたかな 熟字訓,かわった ふりがな,たくみな 漢字だじゃれ などは 知的な いとなみで,たいせつな 文化で あると かんがえられて います。漢字廃止論が 対象に するのは そういう 言語では ありません。情報を つたえる 道具と しての 言語,文明社会を ささえる インフラと しての 言語です。この 土台の 上に 文化と しての 言語活動が あると かんがえます。もし 土台の 部分で つかう 漢字を 意識的に へらして いけば,その 上の 部分でも 漢字は だんだん つかわれなく なって いくでしょう。こうして すこしずつ 漢字を やめて いけば,世の中に おおきな ダメージを あたえないで,日本語を 表音文字だけで かける 一人前の 言語に かえられます。

日本語の健全な発育と、その国語の純粋性を害毒するものは、実に生硬な漢語と漢字、特に明治以来濫造される翻訳漢語と漢字である。言葉に一番大切な条件は、耳で聴いて意味がわかるといふことである。耳で聴いて意味がわからず、文字に書いて見せた上で、初めて視覚から語意が通ずるといふやうな言葉を、日常語の会話に使用するやうな国民があるとしたら、世界で最も不便で最悪の国語を所有する民族と言はねばならぬ。

萩原朔太郎「ローマ字論者への質疑」

ことばなおし・ことばえらび
Kotobanaosi, kotobaerabi

同音異義語が あるから 漢字を なくせないと いいはる 人は おおいのですが,これも かんがえかたが さかさまです。漢字を へらせば 同音異義語も へって いきます。あたらしい ことばを つくるとか 別の いいまわしで 表現 するとか,そういう くふうを みんなが する ように なるからです。

漢字廃止論を 主張 する 人たちは 漢字を やめようと いって いるだけでは ありません。ほかにも よびかけて いる ことが あります。それは 日本語を 耳で きいただけで 意味が わかる 一人前の 言語に かえて いく ことです。これを「ことばなおし」「ことばえらび」と いいます。

くわしくは「わかりやすい ローマ字文の ために」を およみ ください。


長尾節郎「荷役の機械」(1929)

これは 荷役で もちいられる 機械に かんする 本です。すべて ローマ字で かかれて います。荷役とは 貨物船 などの 荷物の つみおろし作業です。副題の「物あげ」は クレーンや リフト などの 機械,「はこび帯」は ベルトコンベアーです。この 本は 滑車も「セミ 」と いいかえて います(形が 虫の セミに にて いる ことから)。クレーンは ツルですから,滑車が セミでも いいでしょう。


清水卯三郎「ものわり の はしご」(1874)

これは 化学の 実験に かんする 本です。ほぼ すべて ひらがなで かかれて います。題名の「ものわり」は 化学・分析の ことです。この 本は 学術用語も できるだけ やまとことばに いいかえて 漢語を しりぞけて います。たとえば,水素は「みづね」,炭素は「すみね」,酸素は「すいね」,固体は「こりもの」,液体は「しるもの」,気体は「けぶもの」,酸化は(酸を ふやすから)「すやし」,還元は(酸を ぬくから)「すぬき」,酸化鉄は「すいで の くろがね」です。

日本語が この先 いきのこるには
Nihongo ga kono saki ikinokoru niwa

日本語の これまで
Nihongo no kore made

もし 日本が 漢字の ことばを 積極的に とりいれなかったら,明治時代からの めざましい 発展は なしとげられなかったでしょう。そう かんがえると,日本語が 漢字の 中毒に なって しまったのも 半分は しかたが ない ことです。しかし,のこりの 半分は 言語政策の 失敗でした。この 失敗が さまざまな 社会問題を ひきおこして います。

漢字仮名交じり文は,いったん 漢字を おぼえて しまえば,それなりに 便利な 道具です。けれども,おぼえるまでが たいへんで,じっさいには 一生 かかっても おぼえきれません。人が おかれて いる 状況は さまざまで,漢字仮名交じり文を 便利と かんじて いない 人も います。すこしでも 観察力と 想像力が あれば,漢字の せいで こまって いる 人を いたる ところに みつけだし,おもいうかべる ことが できる はずです。漢字が ひきおこして いる 問題は 日本語 そのものの 問題でも あります。漢字だらけの 日本語は 世の中の 変化に 対応 できなく なって,公用語と しての 役割を はたせなく なりつつ あります日本語の かきことばが むつかしい せいで こまって いる 人と いうのは,外国人の 住民,目や 耳の 不自由な 人 などが わかりやすい 例です。本当は こういう ことを こどもに おしえ,世の中の 問題に 気づかせ,その 解決策を かんがえさせるのが 教育でしょう。けれども,学校で そういう 授業が おこなわれる ことは まれです。じっさいには,漢字こそ 日本の すぐれた 文化で あると いう ような,特定の 価値観を うえつける 授業が よく おこなわれて います。言語の 問題は 文化の 問題で あると 同時に 社会の 問題です。いまの 教育には この 問題意識が かけて います。

どうして こう なって しまったのかと いえば,それは 漢字を 野ばなしに して きたからです。江戸時代の 知識人は 漢字が 日本に わざわいを もたらして いる ことに 気づきました。漢字を やめる かんがえは そこから うまれ,日本と 日本語の 将来を まじめに かんがえる 人々に うけつがれて きました。

日本を 外から みて いる 外国人には この 問題が よく わかるのでしょう。なぜ 先進国で ある はずの 日本が 漢字を やめないのか ふしぎに おもって いる 人は おおく,インターネットの コミュニティーでも しばしば 話題に なって います。もちろん 言語の 問題に くわしい 知識人は 日本で 漢字が つかわれつづけて いる 理由が 権威主義で ある ことを みぬいて います。

日本人が、効率のよいアルファベットやカナ文字でなく、書くのがたいへんな漢字を優先して使うのも、漢字の社会的ステータスが高いからである。

ジャレド ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」

漢字は 日本の 社会問題ですが,これを 解決 する 手段は わかって いるのですから,あとは それを 実行に うつす 政治的な 決断を するだけです。発信力を もつ マスメディア・文化人・教育界の 力ぞえが あれば,政治を うごかす 世論を もりあげる ことも できる はずです。

しかし,現状は 目も あてられない ありさまです。マスメディアは 漢字を 社会問題と して とりあげない ばかりか,むつかしい 漢字を 高尚な ものと みなす エリート主義の 権化に なって います。自分を えらく みせかけたり 他人を みくだしたり する ための 道具と して 漢字を つかう ことは 漢字を 研究 する 学者からも いましめられて いますが,おおくの メディアが もっぱら そのために むつかしい 漢字を つかって います。文化人も 漢字を もてはやす ことに ばかり 熱心で,漢字に まつわる 失敗談を おもしろがる 感性は あっても,そこから 漢字の 問題に かんがえを ふかめる 知性は ありません。教育の 場では 日本語の よみかき能力より 漢字の よみかき能力が おもく みられて いて,数値化 しやすい 漢字テストは まるで 競技種目の ようです。こどもの 興味を ひきつける ために,あやしげな 字源説を もちだす 無責任も まかりとおって います。おまけに,出版社 などが あおって いる「漢字ブーム」から わかる ように,いまや 漢字は ビジネスです。このような 状況の もとで,漢字の 欠点を かたる ことは タブーに なって います日本語の かきことばが むつかしい ままで ある ほうが 実力を みせつけられる 作家や しごとの うえで 有利な 評論家・ライター などが 状況を 泥沼化 させて います。論理的な 思考が 苦手で 感情に ながされやすい 人が おおい 日本では 情緒に うったえる ことばが 力を もちます。たくみな ことばで 感情を あやつる プロが 現行の 表記システムを まもる 方向に 世論を みちびいて しまいます。世の中の ルールと 個人的な 美意識を きりはなして かんがえられず,日本語表記の むつかしさを 自慢 したがる 人たちが,かえって 日本語の 発展を さまたげて その 国際的な 地位を おとしめて いるのが 現状で,無惨としか いいようが ありません。

日本語の これから
Nihongo no kore kara

これから 先も 日本語を つかって いきたいと おもうので あれば,日本語の 表記システムを このままに して おいて いい はずが ありません。かきことばを もっと やさしい 形に かえて いかなければ なりません。たやすい しごとでは ありませんが,これを やらないで いたら 日本語に 未来は ないでしょう。

言語 そのものに 優劣は ありませんが,言語を 記述 する 方法には すぐれて いる ものと そうで ない ものが あります。表記システムは 道具で あり,道具は つかいやすい もの ほど すぐれて います。日本語の 漢字仮名交じり文は 世界で 一番 つかいにくい 道具です。このまま 何も 手を うたないと,日本語は ますます つかいにくく なり,おとろえて いくでしょう。ちかい 将来,日本は 英語を 公用語に くわえなければ やって いけなく なり,そのとき 日本語は みすてられる おそれが あります。日本語が 完全に きえて なく なる ことは ないでしょうが,学問・芸術・趣味 などの ほかでは つかわれる ところが だんだん へって いき,いつかは 床の間の かざりに なって しまうかも しれません英語だけで くらせる 環境に なったら,英語を まなんだ ほうが 有利なので,教育に おかねを かけられる 家庭は こどもに 英語を おしえる ように なります。すると,日本の 社会は おもに 英語で 生活 する「上流」と 日本語しか できない「下流」に わかれて しまいます。「上流」には 日本語に たいする おもいいれが なく,「下流」には 日本語を みがきあげて いく 能力が ありません。こうして 日本語は かがやきを うしなって いく おそれが あります。

国字改良論
KOKUZI KAIRYÔRON

かな文字論
Kanamozi-ron

かな文字論は 国字改良論の ひとつで,日本語を すべて かな文字で かく かんがえです。日本語の 言文一致と 横がきを 主張 した ことも 重要です。明治の はじめは まだ「~だ」「~である」などの 文体も 確立 して いなかった 時代で,日本語を 横がきに する 発想も ありませんでした。

この かんがえには かなづかいを どう するかと いう むつかしい 課題が ありました。明治時代に 正式の ルールに なった 歴史的仮名遣いは たいへん むつかしく,一般人に つかいこなせる ものでは なかったからです。そこで,かな文字論者は 最終的に かなづかいの 表音化を 主張 しました歴史的仮名遣いは 江戸時代に できあがりましたが,みんなが それを つかって いた わけでは ありません。教科書に のって いる 古典の おおくも 本当は 歴史的仮名遣いでは かかれて いません。この かなづかいが 正式の ルールに なったのは 明治時代です。しかし,あまりにも むつかしくて,これを ただしく よみかき できたのは 知識人だけです。学者クラスの 人でさえ 不注意に よる ミスは さけられませんでした。どんなに ただしく かこうと 心がけて いても,発音の とおりで ない つづりを まちがいなく かくのは むつかしいからです。

文字も ひらがなと カタカナの どちらが いいかと いう ところから かんがえなければ なりませんでした。昔は かな文字の 形が 統一 されて いませんでしたし,かな文字は 数が おおいので どうしても 形が にて いて みわけにくい 文字が できて しまう 問題も ありました。いまでも かな文字論者は 文字の よみやすさを おいもとめて 書体(フォント)の 開発 などを つづけて いますもともと,かな文字の 形は 統一 されて いませんでした。おなじ よみかたを する 文字が いくつも あって,どれを つかうかは かき手の 流儀で きめて いました。このような かな文字の つかいわけを「仮名文字遣い」と いいます。かな文字が ひとつの よみかたに たいして ひとつの 文字に 統一 され,字体が いまの 形に きめられたのは 1900(明治33)年です。それ 以降,つかわれなく なった ふるい 形の かな文字は「変体仮名」と よばれて います。いまでは つかわれない 文字なので,ふるめかしさを だしたい ところで わざと これを つかう ことが あります。こういう 例は 外国にも あります。たとえば,ブルガリの ロゴタイプです。ふるい 時代の ラテン文字は 21文字しか なく,Uは Vから つくられた あたらしい 文字です。そこで,ブルガリは 伝統を かんじさせる 目的で ロゴタイプを BVLGARI に して います。

参考:カナモジ書体


1883(明治16)年に かな文字運動の 団体「かなのとも」「いろはくわい」「いろはぶんくわい」が 団結 して,国語学者 大槻文彦(おおつき ふみひこ)を 中心と する「かなのくわい」が できました。会長は 有栖川宮熾仁(ありすがわのみや たるひと)親王でした。

しかし,ひらがなを 採用 した ために 実用性の 面で いきづまって しまいました。ひらがなは 複雑な 曲線で できて いるので よむのも かくのも むつかしく,縦がきから 発達 した 形なので 横がきに 適して いないからです。かなづかいを どうするかでも 意見が まとまらず,やがて 運動は 下火に なって いきました。

そのあとに,カタカナと 表音的な かなづかいを 採用 する 団体が できました。1920(大正9)年に 住友銀行の 幹部 山下芳太郎(やました よしたろう)が つくった「仮名文字協会」,のちの「カナモジカイ」(1924―)です。これで かな文字運動の 方向性が きまりました。


山下芳太郎の 遺言
「日本語大博物館」 (ジャストシステム)

「カナモジカイ」の メンバーには 山下亀三郎(山下汽船)や 森下博(森下仁丹)などの 名前が ありました。実業家の 会員が おおかったのには 理由が あります。当時は むつかしい 漢字だらけの 書類を 手がき して いた 時代で,しごとの 能率が わるかったからです。会の 中心人物には 伊藤忠兵衛(伊藤忠商事)が いました。かれが 経営 する 紡績会社では 工場の 標語も 左横がきの カタカナ表記でした「タンツバワ タンツボエ」「タバコ ノムナ」「オチワタ イトクズ ヒロッテ ハコエ」など。

かれは 英国に 留学 した 経験が あり,タイプライターの 便利さを よく しって いましたから,カタカナを 印字 できる タイプライターを とりいれて しごとの 能率を あげる ことにも 成功 しましたただし,ビジネスに かたよった 国字改良論には よく ない 面が あります。目の 前の 効率 ばかりを おいもとめて しまい,日本語が どう ある べきかを あまり かんがえない ことです。そのため,戦後の 国語改革と ワープロの 普及を へて,ほとんどの 実業家は 国字改良論への 熱意を うしなって いきました。ちかごろは もっと 効率を あげようと して 英語公用語化を うったえる 人も います。しかし,これは あさはかな かんがえです。それは 英語の 歴史を かんがえれば わかります。現在,英語は もっとも つよい 言語ですが,自然に そう なった わけでは ありません。アメリカの 経済界が 英語に 投資 した ことも 理由の ひとつです。英語を まなびやすく して 世界に ひろめる ことが 将来 おおきな 利益に なって かえって くるからです。こうして,英語教育の すぐれた 理論が いくつも うまれ,英語の 教材や 教授法から 英会話教室の 運営 ノウハウに いたるまで,英語教育に かかわる あらゆる ものが 発展 しました。ある 重機メーカーが 輸出 する 製品の 取扱説明書は,あまり 学歴が たかく ない 人でも よみやすい ように,やさしい 英語で かかれて いた そうです。このような 努力を つづけた 結果,外国人も 英語を まなびやすく つかいやすく なり,英語は 世界中で つかわれる ように なったと いう わけです。ちかごろは 中国の 国際的な 影響力も おおきく なって いますが,その 中国は「孔子学院」で 中国語を 世界に ひろめて います。さて,日本の 経済界は どうでしょうか。日本語を まなびやすく して 世界に ひろめようと かんがえないのでしょうか。これからは 日本の オフィスや 工場で はたらく 外国人が ふえて いくでしょう。そのとき,英語で なく 日本語を つかった ほうが いいと おもわないのでしょうか。

名だたる 大会社の 社内文書が 1970年代まで ほとんど カタカナで かかれて いた ことを しる 人は もう すくないかも しれません。

ローマ字論
Rômazi-ron

ローマ字論は 国字改良論の ひとつで,日本語を すべて ラテン文字(ABC)で かく かんがえです。つかう 文字を ラテン文字に して いる ほかは かな文字論と ほとんど おなじです。国際化の 理念を ふくむ ところに 特徴が あると いえます。

かな文字でも いいのに なぜ ラテン文字なのかと ふしぎに おもう 人が いるかも しれません。それは 昔の かなづかいが むつかしかったからです。そのため,かな文字表記より ローマ字表記の ほうが はるかに かんたんでした。いまの かなづかいは やさしく なって いますが,それでも まだ かな文字表記より ローマ字表記の ほうが かんたんです。

ローマ字論は ローマ字の つづりかたが おおきな 問題でした。ふたつの 有力な 方式が あって,どちらが いいかで 意見が 対立 して しまったからです。


1885(明治18)年,植物学者で 詩人の 矢田部良吉(やたべ りょうきち),文学者で 政治家の 外山正一(とやま まさかず)ほかの メンバーで「羅馬字会」が 創立 されました。この 会は ローマ字の 方式に ヘボン式を 採用 して いたのですが,会員の 物理学者 田中館愛橘(たなかだて あいきつ)が,のちに 日本式と よばれる ことに なる あたらしい 方式を 提案 しました。しかし,「羅馬字会」は これを うけいれませんでした。それで 田中館は「羅馬字会」を はなれる ことに なり,このあと ヘボン式の 支持者と 日本式の 支持者は はげしく 対立 する ように なります。そして,運動 そのものは いきおいを うしなって いきました。


田丸卓郎「ローマ字国字論」

そこで,ローマ字論者の 団結を はかる ため,1905(明治38)年に「ローマ字ひろめ会」が 発足 しました。初代の 会頭は 西園寺公望(さいおんじ きんもち),名誉会頭は 大隈重信(おおくま しげのぶ)でした。この 会は ローマ字の 方式を さだめず,会員の 自由に して いましたが,方式を めぐる 対立は おさまらず,けっきょくは ヘボン式で 統一 しました。それで,日本式を 支持 する メンバーは 会から はなれ,「日本のローマ字社」(1909―)「日本ローマ字会」(1921―2023)と して 独立 しました。

ローマ字論は 物理学者の 田丸卓郎(たまる たくろう)に よって 理論的に まとめられました。それが「ローマ字国字論」(1930)です。たいへん ふるい 本ですが,いまでも 通用 する ところが おおく,ローマ字論の バイブルと みなされて います。

新国字論
Sinkokuzi-ron

新国字論は 国字改良論の ひとつで,日本語を かくのに ふさわしい 文字を つくって しまおうと いう かんがえです。これは 個人の かんがえ ばかりです。その 周辺に 協力者は いたと おもわれますが,まとまった 団体は ありません。

平岩愃保
Hiraiwa Yosiyasu

1885(明治18)年に 牧師 平岩愃保(ひらいわ よしやす)に よって あらわされた「日本文字の論」が 新国字論の はじまりと されて います。かれは 国粋主義者で,かれが となえた「新日本アルハベタ文字」は 神代文字(じんだいもじ)の ひとつで ある アヒル文字の 改作でした神代文字とは 漢字が つたわる 前の 日本に あったと される 日本固有の 文字です。いろいろな 種類が ありますが,これらは すべて つくりもので,アヒル文字は ハングルを 改造 した ものです。

小島一騰
Kozima Ittô


日本新字

小島一騰(こじま いっとう)は 1886(明治19)年の 著書「日本新字」で,24個の 文字を 提案 して います。これは ラテン文字を もとに した おぼえやすい 文字です。

ところが,調子に のりすぎて,これに 記号を つけくわえて 数百種類の 音声を 表現 できる ように 改造 し,「凡そ天地の間のいかなる奇音妙声」でも かきあらわせる などと いいだした ため,あつかいにくい 代物に なって しまいました。

中村壮太郎
Nakamura Sôtarô

実業家 中村壮太郎(なかむら そうたろう)は「ひので字」を つくりました。1935(昭和10)年に 出版 した 哲学書の 翻訳を はじめと して,さまざまな 本を「ひので字」で かいて います。下の 画像は「政界革新の先決問題」と いう 本の 付録「国字改良について」です。


ひので字

ふつうの かな文字も そえて あるので よんで みると,かなづかいが あたらしい ことに 気づきます。1930年代に かかれた ものですが,いまの かなづかい(現代仮名遣い)より すすんで います。

稲留正吉
Tôru Masakiti


稲留正吉の 新国字

稲留正吉(とうる まさきち)は 新国字論を 主張 する「漢字に代はる新日本の文字と其の綴字法(上巻)」を おそらく 自費で 出版 して います。

五十音に 濁音・半濁音を くわえた ものを 七十五声と いいますが,それに 対応 する 75文字の 新国字を そろえる ために,外国の 文字を よせあつめ,それでも たりない 部分は みずから つくって おぎないました。

独自の つづり字法も かんがえだし,単語に 記号を つけくわえて 名詞を あらわしたり 男と 女を 区別 したり できる ように しました。たとえば,「姦夫(かんぷ)」は γ nmp,「姦婦(かんぷ)」は π nmp と かいて 区別 できます。これで 同音異義語の 問題を 解決 しようと した わけです。文字だけで なく 文法にも ふみこんだ ところが 独創的でした。

「凡下(ぼんげ)不肖の身でありながら,烏滸(おこ)がましくも大胆に,国字の改良,国語の整理を企てたり」と はじまる,この 本の はしがきには 悲壮感 ただよう 決意が のべられて いるのですが,上巻の 出版で おかねが つきたのか,下巻が 出版 された ようすは ありません。

石原忍
Isihara Sinobu

「石原式色覚異常検査表」で 世界に しられる 眼科医 石原忍(いしはら しのぶ)も 新国字論者でした。日本人に 近視が おおいのは 漢字の せいだと いう 説が あり,昔は さかんに 議論 された ようです。かれは そこから 漢字廃止論に ひきよせられたのでしょう。かな文字論ローマ字論では 納得 できず,ついに 新国字の 開発に とりかかります。そして,1939(昭和14)年に 最初の 案を まとめあげ,さらに 改良を つづけて,1957(昭和32)年に「石原式新カナ文字」を 発表 しました日本人に 近視が おおいのは 事実で,漢字を つかって いる 国に 近視が おおい かたむきも ある そうです。昔の 本を みた ことが ない 人は,古書店や 図書館で さがして みる ことを おすすめ します。漢字の おおさと むつかしさに おどろく はずです。しかも,文字が ちいさく,印刷の 品質も あまり よく ありません。昔は 夜の 照明も くらかったでしょう。眼科医が 漢字を 目の かたきに したのには それなりの 理由が ありました。


石原式新カナ文字

それから
Sore kara

新国字は ほかにも いろいろな アイデアが ありました。出版 された ものだけでも 数十は あると いわれて います。けれども,こうした 新国字が 開発者で ない 人に よって 何かに もちいられた 記録は ありません。新国字は どんなに 完成度の たかい ものを つくっても 日本語しか かけません。世界中の 言語が かける 万能の 文字を つくるのなら 意義 ある しごとですが,そんな ことは できる はずも ありません。

けっきょく,「日本だけの文字として新文字をこしらえて威張った所で,つまらない話である。」と いう ことに なり,新国字運動は しぼんで いきました。


新国字の アイデアが 発表 される ことは いまでも ときどき あります。しかし,それらは 日本と 日本語の 発展を めざす 国字改良論からと いうより,かな文字の みばえに たいする 問題意識から なされる 提案が おおい ようです。

漢字仮名交じり文を あらためる
Kanzi-kanamaziri-bun o aratameru

国字改良論の 中心に あるのは 漢字廃止論です。漢字を やめた あとに どう やって 日本語を かくかは たちばに よって ちがいますが,漢字を へらして いく 段階で やる ことは たちばの ちがいに よらず ほとんど おなじです。ここでは 漢字仮名交じり文を あらためて いく 手法を 6種類 紹介 します。漢字と かかわらない ものも ありますが,すべて 日本語の よみかきを やさしく する ための 手法です。

分かち書き
Wakatigaki

「パラダイスの園」の口絵
「パラダイスの園」

英語の ように ことばを 空白で くぎる かきかたを 分かち書きと いいます。漢字仮名交じり文は ふつう 分かち書きを しませんが,世界の 言語の 中で 分かち書きを しない 表記は きわめて めずらしく,中国語・日本語・タイ語 など,ごく わずかしか ありません。

これらの 中で 中国語は 特別です。中国語は 分かち書きを して いなくても して いるのと おなじだからです。中国語は 基本的に 1文字が 1単語です。そして,べたがきでも 漢字と 漢字の さかいめは あきらかです。つまり,べたがきでも 単語を きりはなして かいて いるのと おなじなのです中国語は 1文字が 1形態素と いった ほうが 正確です。つまり,中国語は 形態素ごとに きりはなして かかれて います。もともと 漢字は 1文字が 1単語でしたが,ことばの 数は どんどん ふえて いきますから,それに あわせて あたらしい 漢字は つくれなく なり,熟語を つくって 対応 する ように なりました。こまかい はなしを すれば,形態素ですら ない 漢字も あります。1文字では 意味を あらわせず,2文字の ペアで ようやく 意味を もつ 漢字が あります。たとえば,「檸檬(れもん)」「葡萄(ぶどう)」「瑠璃(るり)」「袈裟(けさ)」などです。これらの おおくは 借用語で,共通の パーツ(部首)を もって いるのが 特徴です。

中国語 以外の 言語には 共通点が あります。それは,ことばと 文字が マッチ して いない ため,表記システムが 複雑化 して,その 発達が おくれて いる ことです。タイ語は タイ語を かくのに 適さない インド系文字を むり して つかって います。日本語も 日本語を かくのに 適さない 漢字を むりやり つかって います。このような 状況では,たとえ 表記法を あらためる かんがえが でて きても,現行システムとの ギャップが おおきすぎて,物理的にも 心理的にも それを うけいれにくく なり,なかなか 改革が すすみません。

じっさい,日本でも すすんで 分かち書きを とりいれようと する 人は あまり いません。分かち書きは 幼児むけの 絵本 などでしか みる ことが ないので 幼稚に かんじられる ことも 理由の ひとつですが,分かち書きは 日本語の ただしい かきかたでは ないと いう 意識も おおきいでしょう。この 意識の 根っこを さぐって いくと,原稿用紙の ます目を 文字で うめて いく ような かきかたが 日本語の ただしい かきかただと いう かんがえに いきつきます。しかし,本当に そうでしょうか。

現代の 日本語を かんがえて みて ください。漢字と かな文字だけでは かかれて いません。アラビア数字で かかれる 数値,原つづりの 外国語,商品の 型番,電話番号,メール アドレス,ときには 数式・化学式 などが まざりあって います。そんな 文章を 原稿用紙に かく こと じたい はなはだしい 時代錯誤です。もともと 原稿用紙は 字数を 正確に しりたい 出版社が 作家に つかわせたり して いた もので,一般人が 原稿用紙を 意識 する 必要は まったく ありません。


小説・新聞 などの 文章は プロが かいたり 手を くわえたり して いるので それなりに よみやすいのですが,一般人が かいた ブログ などの 文章には きわめて よみにくい ものが あります。文章が へたで 何を いって いるのか わからないと いう はなしでは なく,字面 そのものが 視覚的に よみにくいと いう はなしです。漢字の ことばが つづいて いたり ひらがなの ことばが つづいて いたり して,ことばの きれめが わかりにくい 文を みた ことが あるでしょう。プロは それを たくみに さける 技術を もって いるので,よみやすい 文が かける わけです。一般人には その 技術が なく,よみやすい 文を かくのに とても 苦労 します。かんがえて みれば,分かち書きで かく 言語を つかって いる 外国人は こんな 苦労を して いません。プロ級の テクニックが ないと よみやすい 文が かけない 日本語の 現状が おかしいのです。

ことばの きれめを わかりやすく する 目的で,読点や 中点(なかてん)を いれたり,語順を かえたり,漢字を ひらがなに かきかえたり ひらがなを カタカナに かきかえたり する ことが よく おこなわれて います。しかし,これは まずい やりかたです。ことばの きれめを わかりやすく する もっとも 合理的な 方法は 分かち書きです。


手がきの 手紙や メールでは ことばの きれめで 改行 するのが ふつうです。映画の 字幕,漫画の ふきだし,広告や 宣伝の ポスターに かかれた キャッチ フレーズ なども そう なって いる ことが おおいでしょう。ブログの 文章で ことばの きれめに ところどころ 空白を いれて よみやすく して いる 人も います。空白で ことばを くぎる かんがえは,英語の 分かち書きを しって いる 現代の 日本人に とっては ごく 自然な 発想です。これを もう すこし 意識的に やれば,すこしずつ 分かち書きを とりいれて いけるでしょうこの サイトも 分かち書きで かいて います。基本的に 文節式の 分かち書きで,くぎりには 半角の 空白を つかって います。読点は すこし おおめに いれて います。改行の 位置は 制御 して いませんから,ことばの 途中で 改行 して いる ばあいが あります。半角の 空白を どれくらいの はばで 表示 するかや「禁則処理」などは 表示 する 環境(ブラウザー)に ゆだねて います。

漢字制限
Kanzi seigen

漢字を できるだけ つかわない ように する かんがえです。いまの 常用漢字は 約2000字 ありますが,これは おおすぎます。「カナモジカイ」は 500字に 制限 しても 問題 ないと 主張 して いた くらいです。そこで,つぎに のべる ような 手法で 漢字を へらして いきます。


書キトリ~カンジ 400字案(カナモジカイ)


たやすく やまとことばで いいかえられる 熟語は つかわない ように します。たとえば,「勝負」「たたかい」「きそいあい」「腕くらべ」などに します。熟語に「する」を つけた 動詞も やさしい ことばで いいかえます。たとえば,「歩行する」「投下する」「命名する」は それぞれ「あるく」「なげおとす」「名づける」に しますやまとことばは もともと 日本に ある ことばですが,こまかい ことを いえば,何が やまとことば なのかは はっきり しません。たとえば,「うま(馬)」の 語源は ふるい 中国語の「マ(馬)」です。「てら(寺)」の 語源は ふるい 朝鮮語の「チョル(寺)」だと かんがえられて います。これらは 外来語だと いう ことも できる わけです。

熟字訓を やめます。「足袋(たび)」「雪崩(なだれ)」「美味(おい)しい」「躊躇(ためら)う」などは すべて かな文字で かきます。

漢字の かきかえを おこない,むつかしい 漢字を つかわない ように します。昔は「叡智」「火焔」「廻転」「兇悪」「蒐集」と かきましたが,いまは それぞれ「英知」「火炎」「回転」「凶悪」「収集」と かいて います漢字には 固有の 意味が あると いわれますが,じっさいには よく にた 意味の 漢字が たくさん あり,それらを いれかえても あまり 意味が かわりません。しかも,熟語は それを 構成 して いる 漢字の 意味から 全体の 意味を みちびきだせる ものが 半分 くらいしか ありません。「空車」は 空を とぶ 車では ありません。「駅長」は ホームの ながさでは ありません。「経済」「親切」「風流」なども 漢字の 意味から 全体の 意味が みちびきだせません。それなら 熟語の 意味に あわせて 漢字を いれかえても かまわないでしょう。このような かんがえで,熟語の 漢字を おなじ 発音や よく にた 発音の 別の 漢字に いれかえて います。たとえば,「濫」「乱」は ちがう 意味ですが,「濫用」「乱用」は おなじ 意味です。「函」「関」は ちがう 意味ですが,「函数」「関数」は おなじ 意味です。「輿論」「世論」に した 例は かなり 強引ですが,いまでは「世論」が 定着 して います。ふるい かきかたを しらずに そだった 世代には あたらしい かきかたが 自然に みえます。熟語は 漢字を しって いるから おぼえられると いう 人が いるのですが,そんな ことは ありません。「石鹸」「醤油」「昆虫」を 構成 して いる 漢字の 意味を しって いる 人が どれだけ いるでしょうか。漢字の 意味を 意識 して 熟語を つかって いるなら,「完璧」「璧」の 字を まちがえる 人は いない はずです。漢字を まったく しらない ちいさい こどもでも たくさんの 熟語を しって いて,その 意味を こどもなりに 理解 して います。

いわゆる「交ぜ書き」は しません。それなら 漢字で かくのかと いうと,そうでは なく,その 熟語は つかいません。「ら致」を やめて「拉致」と かくのでは なく,「つれさり」「かどわかし」「人さらい」などに いいかえます。

「挨拶」「曖昧」「傀儡」「蹂躙」「齟齬」「朦朧」など,漢字で かく 意味が ない 熟語は かな文字で かきます。できれば つかわない ように します熟語は 同音異義語が おおいので 漢字で かかないと 意味が わからない ばあいが あります。しかし,「挨拶」には 同音異義語が ないので 漢字で かかなくても 意味が わかります。しかも,「挨拶」は 漢字で かいても その 漢字から 意味を みちびきだせない 熟語です。それ 以前に「挨」「拶」の 意味を しって いる 人なんて ほとんど いないでしょう。(「挨」は「打つ」「押す」,「拶」は「迫る」「進む」の 意味です。)それなら 漢字で かく 意味が ありません。さらに,「挨」「拶」「挨拶」の ほかに つかい道が ありません。こんな 漢字を ふたつも おぼえる くらいなら,【アイサツ】と よむ やさしい 国字(いわゆる 和製漢字)を ひとつ つくった ほうが はるかに ましです。おまけに,中国で「挨拶」は つうじません。もともと「挨拶」は 仏教(禅宗)の ことばで,日本で 特別な 意味を もつ ように 変化 した ものだからです。いまの 中国人が「挨拶」を みれば,その 漢字の 意味から,暴力的な イメージに なる そうです。

公の 場では 人名を かな文字表記に します。人名の 漢字は ややこしい ものが おおく,ふるい 字体に 執着 する 人も いて,あつかいにくい ものです。サイトーさん「斉藤」「斎藤」か,ツジさんの しんにょうが 一点か 二点か などは,まことに 失礼ながら,他人に とって どうでも いい ことです。公的な 場に 私的な おもいいれを もちだしては いけません。その 反対に,私的な 場では もっと おもいいれ たっぷりの 漢字表記を しても いいでしょう。そう すれば,いわゆる キラキラネームの 自由度も たかまります。人名の 漢字表記を 私的な 場に かぎれば,名前が よみにくい ことで 迷惑を かけたり 損害を こうむったり する 心配は ありません。名前に ふりがなを つける 不便も,他人の 名前を よんだり かいたり する ときの 失敗も なく なります。漢字表記と ふりがなと いう ふたつの データを 処理 して いる コンピューター システムの むだや 不具合が なく なります。役所・学校・病院 などだけで なく 民間の 会社でも たくさんの 人名を あつかう ことが ありますから,この 部分が かんたんに なれば,しごとが 能率化 されて 生産性が あがります。

公の 場では 地名を かな文字表記に します。地名を かな文字で かく べきだと 主張 する 専門家は おおい ようです。昔から ある ふるい 地名の 漢字は すべて あて字です。もともと やまとことばで 名づけられて いた ものに あとから 漢字を あてはめただけです。この 漢字が おなじ よみかたの 別の 漢字に おきかえられたり,漢字の 音よみが 正式の よみかたに かわったり する ことが よく あります。そう なると,その 地名が もともと もって いた 意味が わからなく なって しまいます。地名は その 土地の 宝物ですが,たいせつなのは 漢字表記では なく 名前に こめられた 意味です。その 意味を あらわさない 漢字に したり,その 意味と むすびつかない よみかたに したら,地名を たいせつに して いる ことに なりません日本には アイヌ語を もとに した 地名が たくさん あります。これらは かな文字表記より ラテン文字表記の ほうが いいかも しれません。

動物・植物 などの 名前を カタカナ表記に します。とくに 熟字訓は さけます。例:「海豚」「仙人掌」「紫陽花」。熟語に ふくまれて いる ものは 漢字で かまいません。例:「乗馬」「養豚」「捕鯨」。できるだけ 和名を もちいる ように します。分かち書きに すると よみやすく なります。例:「セイタカ アワダチソウ」「トゲアリ トゲナシ トゲトゲ」

学術用語は おもに 専門家が つかう ことばなので 漢字の むつかしさは 問題に なりにくいと かんがえられます。それでも,一般人の 生活に かかわる ものや 小学校レベルの ものは くふう して あらためて いく べきです。たとえば,「耳鼻咽喉科」「耳鼻喉(みみはなのど)科」に します。ひらがな表記の「みみ・はな・のど科」に すれば さらに よく なります。「蛋白質」「卵白質」に 変更 します。「光合成」「光(ひかり)合成」と よみかえます。学術用語が やさしく なれば,専門家と 一般人を へだてる ものが すくなく なり,世の中が 民主的に なります。教育が やりやすく なり,科学・技術が 発展 します。学術用語は 学会が リード して かえて いくと いいでしょう。

中国は「乾」「闘」を やめて「干」「斗」で 統一 して います。このように,おなじ 発音や にた 発音の 漢字が おなじ 基本的な 意味を もって いる ことは おおいので,これらを ひとつに まとめて しまえば 漢字の 数を 大胆に へらせます。「へん」や「かんむり」などが ちがうだけで 基本的な 意味と 発音が おなじ 形声文字(会意兼形声文字)は たくさん あります。たとえば,「注/柱」「清/晴」「倫/輪」の 基本的な 意味と 発音は おなじです。昔は「註文」と かいて いた ものを いまは「注文」に して いますが,それで 不便は ありません。それなら,「円柱」「円注」に しても いいでしょう。「清流」「晴天」「青流」「青天」に,「人倫」「車輪」「人侖」「車侖」に すれば,もっと かんたんに なります「木材」「材」は「木へん」ですが,「石材」「人材」「食材」「材」が「木へん」では おかしいと いう かんがえから,「材」の「木へん」を「石へん」「人べん」「食へん」に かえた 漢字が つくられるかも しれません。こうやって 漢字の 数は 際限なく ふえて きたのでしょう。そこで,意識的に これと 反対の ことを やれば,漢字の 数を へらせる はずです。

訓よみ廃止論
Kun'yomi haisiron

漢字を やめるに しても,いきなり すべての 漢字を やめる わけには いきません。すこしずつ 段階的に へらして いくしか ないでしょう。では,どこから 手を つける べきでしょうか。それは 訓よみの 漢字です。やまとことばは 耳で きいただけで 意味が わかるのですから,訓よみの 漢字は すべて やめて しまっても かまいません。

ただし,訓よみの 漢字にも 優先順位が あります。「山」「川」の ような ことばまで かな文字で かくのは やはり 抵抗が おおきいでしょう。そこで,おおきな わざわいの もとに なって いる ものから かな文字表記に して いきます。それは つぎの みっつです。


中国語が 漢字だけで かけるのは 語尾変化が ない 孤立語だからです。日本語には 活用 する ことばが あり,それを 漢字で かくと,おくりがなが 必要です。この おくりがなの かきかたを きめるのが とても むつかしく,なかなか やさしい ルールが つくれません。

江戸時代まで おくりがなに ルールは ありませんでした。明治時代から ルールづくりが くわだてられる ように なり,現在 もちいられて いる ルールが できたのは 戦後に なってからです。それも たくさんの 例外が あり,一般人が おぼえられる ものでは ありません。複数の かきかたを ゆるす 部分も あって,かき手に よる ばらつきが できて しまいます。

たとえば,【ウケイレ】【ウチアワセ】【トリアツカイ】などの おくりがなを まよわずに かける 人が どれだけ いるでしょうか。すべて かな文字で かく ことに すれば,ややこしい ルールを おぼえる 手間も はぶけますし,表記の ゆれも おこりません。かき手に とっても よみ手に とっても その ほうが いいでしょう。


同字異訓とは「魚(うお/さかな)」「歪み(ひずみ/ゆがみ)」の ように 複数の 訓よみを もつ ものです。これは ふりがなが ないと よめません。

宝塚歌劇団には 花・月・雪・星・宙(そら)の 5組が あります。【そら】の 漢字を やさしい「空」で なく むつかしい「宙」に した 理由は,「空」だと【から】と よまれて しまうからと いう わらいばなしが あります。たしかに,から組では イメージも 台なしですし,客席が からでは わらえません。これは 漢字に 複数の よみかたが あるから おこる 問題です。

同字異訓の 中には「細い/細かい」「幸せ/幸い/幸(さち)」の ように おくりがなの くふうで 区別 して いる ものが あります。しかし,それが おくりがなの 規則を 複雑に する 原因にも なって います。こういう くふうで 対応 できない ものも あります。「辛い(からい/つらい)」「汚す(けがす/よごす)」「開く(あく/ひらく)」「止める(とめる/とどめる/やめる)」などは 区別 できません。「行く/行う」は 区別 できても「行った/行った」は 区別 できませんから,「行なう」「行なった」と かいたり します。

さらに,「情(なさけ/ジョウ)」「便(たより/ビン)」の ように 訓よみと 音よみの どちらでも よめる 漢字が あります。これは「情け」「便り」と おまけの かな文字を つけて 目印に するしか ないので,ルールは ますます ややこしく なります。そして,これにも「お札(ふだ/サツ)」の ように,目印が つけられず,区別 できない ものが あります。

同字異訓を おくりがなで 区別 しようと するのは むなしい 努力です。複数の よみかたが できる 漢字は,けっきょくの ところ,ふりがなが ないと よめません。漢字で かくのは やめて「さかな」「とめる」「なさけ」と かけば いいでしょう。


同訓異字とは「川/河」「歌/唄/詩」「聞く/聴く」「会う/合う/逢う」の ように 複数の 漢字表記が ある ものです。このような かきわけを やめます。

中国語で「聞」「聴」は 別の ことばですが,日本語では どちらも おなじ「きく」です。その 反対に,日本語で 物を「みる」と 人に「あう」は 別の ことばですが,中国語では どちらも おなじ「見」です。このように,意味の きりわけかたは 言語に よって ことなります。世界の みかた すなわち 世界観が ちがう わけです。文化の ちがいと いっても いいでしょう。ビデオに「うつる」「映」「写」か,本を「すすめる」「勧」「薦」か,雪が「とける」「溶」「解」か,こういった かきわけに まよった 経験が あるでしょう。それは 世界観や 文化の ちがいが 原因です。これらを 区別 しないのが 日本語の 世界観で あり,日本の 文化だからです。

それなのに 漢字で かきわけようと するのは 漢字の 知識を 自慢 したいだけの「中国語かぶれ」です。カタカナ語を 連発 して 得意がる 人と やって いる ことは おなじです。つまらない かきわけは やめて,もっとも やさしい 漢字で かけば いいでは ありませんか。漢字を やめて かな文字に すれば もっと いいでしょう。それで うしなう ものも ありません。

ただし,「誤る/謝る」「尋ねる/訪ねる」「優しい/易しい」などは 意味の ちがいが おおきいので,やはり 区別 して かきわけたいと かんがえる 人が おおいかも しれません。これらを 区別 したければ,別の ことばに いいかえると いいでしょう。「まちがう/わびる」「といかける/おとずれる」「心やさしい/たやすい」の ように。



サルスベリ
季節の花300

日本語の 世界観と いう かんがえかたは 重要で,訓よみを やめる べき 理由は つきつめると ここに いきつきます。やまとことばを 漢字で かくと,日本語の 世界観を 中国語の 世界観で うわがき して しまい,日本語を たいせつに して いる ことに ならないからです。

サルスベリは サルでも すべりそうな ほど 樹皮が つるつる して いるから ついた 名前ですが(じっさいには すべりません),あかい 花が ながく さきつづけるので「百日紅」と いう 名前も あります。そのため,「百日紅」と かいて【サルスベリ】と よむ 人が います。これは「中国語かぶれ」です。日本語を たいせつに したいなら,すなおに「サルスベリ」と かく べきです。

「重い」「主に」「急ぐ」「忙しい」の 根っこは おなじ 意味です。日本語を たいせつに したいなら,おなじ 漢字で かく べきです。「氷」「凍る」を ちがう 漢字で かく おかしさに 気づかない 人は 日本語の 世界観を みうしなって います。

「湖」「みず」「うみ」から できた ことばです。この 世界観に あわせて 漢字を かきなおせば「水海」に なります。おなじ ように,「雷」「神鳴」「志」「心指」「古」「往(い)にし方(へ)」です。訓よみの 漢字を つかうに しても,このような かきかたなら いまより 日本語を たいせつに して いると いえるかも しれません。


訓よみが ある 日本語は すばらしいと 自慢 する 人が いるのですが,これは かんちがいです。訓よみは 外国にも ありました。しかし,訓よみを かかえこんで しまった 国は,ながい 年月を かけて その 数を へらして きました。訓よみは 不便なので,昔は 訓よみが あった 国も それを なくして きたと いうのが 世界の 言語の 歴史です訓よみは よその 表語文字を かりて 自分の 言語を かくと かならず おこる 一般的な 現象です。ある 学者は「たとえば、メソポタミアのセム族は、シュメール人から楔形文字を借用して、シュメール語の記号を書き綴ったが、それを自分たちの流儀で、すなわち、アッカド語で読んだ。また、古代ヒッタイト人は、アッカド式楔形文字を借用したが、それに「ヒッタイト語」の語尾をつけ、したがって、ヒッタイト語で読んだのであった。」と いって います。むつかしい ことは わからなくても,これが 訓よみや おくりがなに あたる ものを 解説 して いるのは わかるでしょう。よその 言語の つづりを そのまま かいて 自分の 言語の よみかたに する ことも あります。英語で etc. と かいて and so on と よむのが それです。ほかにも i.e. (that is), e.g. (for example), lb. (pound), Xmas (Christmas) などが あります。これも 訓よみと おなじ ような ものです。わざと わかりにくい かきかたに するのは 特殊な 目的が あるからです。また,アラビア数字は 世界中で 訓よみ されて いるとも かんがえられます。サクラを「佐久羅」と かいて いた 時代の 日本は「桜」と かいて 字数や 画数を へらせました。こういう 特別な ばあいを のぞけば,訓よみに メリットは ありません。

ふりがな廃止論
Hurigana haisiron

ふりがな廃止論は 1938(昭和13)年に 作家の 山本有三(やまもと ゆうぞう)が となえた ものです。

昔は,新聞でも 小説でも,ほとんど すべての 漢字に ふりがな(よみがな)が ふって ありました。それが なければ よめない 人が おおかったからです。しかし,よく かんがえて みれば,これは おかしな はなしです。

いつたい、立派な文明国でありながら、その国の文字を使つて書いた文章が、そのまゝではその国民の大多数のものには読むことができないで、いつたん書いた文章の横に、も一つ別の文字を並べて書かなければならないといふことは、国語として名誉のことでせうか

自分の 言語を 自分でも よめない 文字で かく おかしさを あげて,むつかしい 漢字の ことばを つかいすぎる 問題を 指摘 して います。


ふりがな廃止論の 目的は ふりがなの 廃止では ありません。むつかしい 漢字の ふりがなを なくしたら 文章が よめなく なって しまいます。そうでは なくて,ふりがなが ないと よめない ような むつかしい 漢字の ことばを つかわないと いう 意味です。むつかしい 漢字の ことばを つかわなければ,だれでも よめる やさしい 文章に なります。ふりがなを やめれば,印刷も 効率化 されます。ちいさい 文字が なく なれば,視力を そこなう 人も へるでしょう。

ふりがなが ついた 漢字は ふたつの ことばを 並列に かいて いる ような もので,ことばの 線条性を こわします。いまは 人名・地名を 漢字で かいて いるので,ふりがなは どうしても 必要ですが,すくなくとも つぎの ふたつは やめる べきです。ひとつは ルビの ふりがなです。漢字表記の うしろに かっこつきで ふりがなを かきそえる スタイルに すれば,むつかしい レイアウトや ちいさい 文字の 問題は なく なります。もう ひとつは,「瞬間(とき)」「秋桜(コスモス)」の ような,漢字の よみかたに なって いない ふりがなです。これは 漢字と ふりがなが 同時に ちがう ことを いって いる 二枚舌です。作家が これを やりはじめたら ことばを あやつる 能力の おとろえを しめす 危険信号かも しれません。

棒引き仮名遣い
Bôbiki-kanazukai

現代仮名遣いには 不合理で ややこしい ところが あるので,これを あらためます。

現代仮名遣いの ふりがなは よんで いる とおりに かけません。たとえば,【オーサマ】(王様)をおうさま」【オーカミ】(狼)をおおかみ」と かきます。おなじ 発音の【オー】「おう」と かいたり「おお」と かいたり します。

また,現代仮名遣いの ふりがなは かいて ある とおりに よめません。たとえば,「こうし」(子牛)をコウシ】「こうし」(講師)をコーシ】と よみます。おなじ ふりがなの「こう」【コウ】と よんだり【コー】と よんだり します。

そこで,「王様」「狼」おーさま」おーかみ」と かき,「子牛」「講師」こうし」こーし」と かく ように します。この かきかたは 棒引き仮名遣いと よばれて います。音声と つづりの 関係が 規則的で,よみかきが やさしく 便利なので,わかい 世代では ときどき つかわれて います。

現代仮名遣い棒引き仮名遣い
王様おうさまおーさま
おおかみおーかみ
子牛こうしこうし
講師こうしこーし

棒引き仮名遣いは 現代仮名遣いより すぐれて います。これに つよい 反発を しめす 人も いますが,かなづかいは 道具で あり,道具は つかいやすい もの ほど すぐれて います。


のばす 音を「ー」で あらわす かんがえは 江戸時代から あります。たいへん よく できて いて,明治時代に 小学校の 教科書で つかわれた ことも あります。(ただし,数年で とりやめに なりました。)日本語の 表記システムは 戦後の 国語改革で おおきく あゆみを すすめましたが,かなづかいは 近代化が おくれて いて,何百年も 前に つくられた ローマ字表記にも おいついて いません棒引き仮名遣いは 1900(明治33)年に 小学校の 教科書で 字音語の 表記に つかわれました。しかし,保守派が これに はげしく 反発 した こと などから,数年で とりやめに なり,もとの 歴史的仮名遣いに もどされました。反対派の 中で とりわけ つよい 影響力を もって いた 人物に 森鴎外が います。かれは 文学の 世界で たかく 評価 されて いますが,そのほかの 分野では とりかえしの つかない あやまちを いくつも おかして います。棒引き仮名遣いを つぶした ことも その ひとつです。現代かなづかいを つくった ときも 棒引き仮名遣いを よみがえらせる ことは できませんでした。こうして 日本語の 表記システムは おおきく あゆみが おくれて しまいました。「王様」「狼」「子牛」「講師」の ローマ字表記は ôsama, ôkami, kousi, kôsi ですから,よんで いる とおりに かけて,かいて ある とおりに よめます。


棒引き仮名遣いに くわえて,助詞の「は」「へ」「を」も 発音どおりに「わ」「え」「お」と かく ように すれば,完全に 自動で ふりがなを ローマ字に 変換 できます。さらに,ローマ字の かきかたを 四つ仮名の 部分だけ すこし あらためれば,完全に 自動で ローマ字を ふりがなに 変換 できます。こう すると,機械的に 文字列を おきかえるだけで「ローマ字と ふりがなの 相互変換」が できます。

あらため案
ohayô「おはよ(おはよう)
konbanwa「こんばん(こんばんは)
hanadi「はなぢ」(鼻血)
mikaduki「みかづき」(三日月)

字体の 改良
Zitai no kairyô

漢字や かな文字の 字体を あらためる かんがえも あります。



漢字の 改良案

白鳥鴻幹「新国字論」(1898)から ぬきだした 創作文字です。

戦後,漢字の 字体は やさしく なりましたが,まだまだ 複雑です。そこで,これを あらためます。ただし,システマチックに 簡略化 するには くふうが いります。どうするのかと いうと,文字ごとに かんがえないで,文字を 構成 する 要素(部首 など)ごとに かんがえます。そうすれば,常用漢字表に ふくまれて いない 漢字にも あてはめられます。具体的な 形は 中国の 簡体字を 参考に すれば いいでしょう。

その 簡体字には そのまま とりいれても よさそうな ものが たくさん あります。漢字の 本家で 実用化 されて いる すぐれた アイデアが あるのですから,それを とりいれない 手は ありません。たとえば,「阳(陽)」「阴(陰)」「从(従)」「众(衆)」などは こどもでも かんたんに おぼえられます。自分用の メモ などでは,このような 文字も どんどん つかって いくと いいでしょう。

いったん ふるい 字体に もどって,そこから あらためて 字体を くみたてなおす 方法も あります。たとえば,「美」「羊」「大」の くみあわせで できた 漢字ですが,いまの 字体では それが よく わかりません。「赤」「大」「火」の くみあわせですが,そうは みえません。これを もとの 形に もどして,できるだけ 単純な 要素の くみあわせに なる ように すれば,漢字の 字体は いまより ずっと やさしく なります。


かな文字の 外形は 正方形(はばと たかさが おなじ)に ちかいですが,これは おおきな 欠点です。かな文字表記に して 字数が ふえると,つづりが ながく なって よみにくいからです。英語なら 6文字の 単語でも 一瞬で 目に はいって きますが,ひらがな 6文字だと あきらかに ながい かんじが するでしょう。また,つづりが ながく なると,1行に おさまる ことばの 数が へる ため,無意識に 視野に はいる 情報量が すくなく なり,文意を つかみにくく なって しまいます正方形に ちかい かな文字には 利点も あります。日本語は 縦にも 横にも かけて デザインの はばが ひろい ことや,縦がきから 横がきへの 移行が スムーズに できた こと などです。

そこで,文字数が ふえても つづりが ながく ならない ように,文字の はばを せまく する アイデアが あります。これは フォントを かえるだけで 実現 できます。Windows には 名前に「UI」が ついた フォントが あって,文字の はばが すこし せまく なって います。これを もっと 大胆に やって,いまの 3分の2 くらいに すると いいでしょう。


カタカナの「エ」「オ」「カ」「タ」「チ」「ト」「ナ」「ニ」「ハ」「へ」「ミ」「リ」「ロ」は まったく おなじか ほとんど おなじ 形の 漢字 または ひらがなが あります。また,「ソ/ン」「シ/ツ」「ナ/メ」の ように,にすぎて いる ものや,「ノレ/ル」「イ木/休」の ように あわせわざで よみまちがいを さそう ものも あります。目で みて 判別 できない 文字は 文字と して 最低限の スペックを みたさない 欠陥商品ですじつは,ラテン文字にも おなじ 問題が あり,アラビア数字と まぜて つかうと,b/6, l/1, o/0, s/5, z/2, B/8, I/1, O/0, S/5, Z/2 が みわけにくく なります。この 問題は 複数の 文字集合を まぜて つかうと かならず おこります。

この 不具合は カタカナを ちいさく かけば 改善 できると かんがえられます。手がきでは 漢字と かな文字を おなじ おおきさで かかないのが ふつうですから,この 変更は それほど おおきな 違和感を ともなわない はずです。にすぎて いる 字体は セリフ(ひげかざり)を つけたり して 字体に ちがいを だすか,変体仮名から 別の 字体を もって くれば いいでしょう。


ひらがなは 複雑な 曲線で できて いるので 視認性が よく ありませんし,にすぎて いる 文字や よみまちがいを さそう 文字も あります。例:「め/ぬ」「れ/ね/わ」「しこ/に」「しま/ほ」。この 問題を 解決 するには 一部の 文字で 字体を 大胆に かえるしか ありません。変体仮名から 別の 字体を もって くる などの 方法が かんがえられます。


横書き仮名(新世界タイポ研究会

根本的には,すべての 字体を みなおす 必要が あります。横がきで かきやすく する ためです。ひらがなは 縦がきから 発達 した 形を して いる ため,横がきに 適して いません。

しかし,そこまで 変形 すると,ひらがなと よべない 別の 文字に なって しまうかも しれません。図は 横がき しやすい ように 改造 した ひらがなですが,これは もう りっぱな 新国字です1970年代の 後半から 1980年代の 前半に かけて,いわゆる「丸文字」あるいは「変体少女文字」が 大流行 して 社会問題に なりました。風がわりな 字形が できた 理由の ひとつは,横がきに 適さない 形の 文字を 横がきで すばやく かこうと した ことだと されて います。(別の 理由は シャープ ペンシルの 普及です。昔は シャープ ペンシルの 芯が おれやすかったので,すこし かわった ペンの もちかたを して かきました。これが 字形に 影響 したと かんがえられて います。)

国字改良論の いまと これから
Kokuzi kairyôron no ima to kore kara

新国字論は すっかり 姿を けして しまいました。かな文字論ローマ字論は いまでも いきのこって いる ものの,昔の いきおいは もう ありません。これには いくつか 理由が あります。ひとつは よい 面です。国字改良論が ある 程度 実を むすんで ひとつの くぎりが ついた ことです。のこりは すべて よく ない 面です。たとえば,それまで 国字改良論に 理解を しめして いた 人たちの おおくが,国語国字問題を さしせまった 問題と おもわなく なり,運動から はなれて いった ことです。


国字改良論が いきおいを うしなった もっとも おおきな 理由は 戦後に おこなわれた 国語改革です。戦争が おわった あとの 一時期は 日本が きわめて 民主的だった 時代です。このとき,国字改良論の 理念に もとづいて,日本語の 表記システムが おおきく あらためられました。かなづかいが やさしく なり(現代かなづかい),漢字の 数が すくなく なり(当用漢字),漢字の 形が わかりやすく なりました(新字体)。国字改良論は その 目的の 一部を なしとげたと いえます。たとえば,日本国憲法は 一般人が よんでも わかる やさしい 文章ですが,これは かな文字運動や ローマ字運動 などに かかわる おおくの 団体の はたらきかけで 実現 した ものです新字体には その 当時 つかわれて いた 略字を 採用 した ものが たくさん あります。カタカナの「ツ」「ム」「メ」の ような 形を ふくむ 漢字の おおくが それです。例:「學」「学」「廣」「広」「氣」「気」。全体の 形を みなおして やさしく した 中国の 簡体字に くらべると これらは すこし みおとりが する ように おもえます。日本国憲法は はじめ 漢字カタカナ交じりの 文語体で かかれて いました。そこで,作家の 山本有三が 自宅に つくって いた「三鷹国語研究所」を 中心に,カナモジカイ・日本ローマ字会・日本エスペラント学会 など 約30の 団体が あつまって「国民の国語運動連盟」を 結成 し,「法令の書き方についての建議」を 提案 しました。この 中に つぎの 7項目が あります:(1) 文体を 口語体に する;(2) むつかしい 漢語を できるだけ つかわない;(3) わかりにくい いいまわしを さける;(4) 漢字を できるだけ へらす;(5) 濁点・半濁点・句読点を もちいる;(6) ひらがなを もちいる;(7) 段落の はじめで 1文字の 字さげを おこなう。日本政府は(一説に よると しぶしぶ)これを うけいれました。こうして,あたらしい 憲法は わかりやすい 文章に なり,公用文の かきかたも みなおされる ことに なりました。

1980年代には おおきな 変化が おこりました。むつかしい 漢字でも ワープロで かんたんに うちだせる ように なった ことです。ビジネスの 世界でも 文書作成が 楽に なって しごとの 能率が あがりました。出版の 世界でも その すこし 前から おおきな 変化が おこって いました。印刷の 技術が すすんで,活字の おおさに なやまされなく なった ことです。これで,漢字を へらす 動機が なく なりました。テクノロジーが 漢字の 不便さを うちまかした ようにも みえます。

みすごされがちですが,日本の 経済成長も おおきな 変化です。それまでは 家庭の 経済的な 事情で 学校に かよえなかったり して 文字を おぼえる 機会に めぐまれない 人が おおかったのですが,そういう 人が すくなく なりました。

このような わけで,漢字の 負担は 昔に くらべて かるく なったと かんがえられて います。国字改良論の 中心に あるのは 漢字廃止論ですが,その 問題意識が うすれた わけです。いまでは 漢字が 日本の 足かせに なって いると かんがえる 人は わずかで,漢字こそ 日本が まもる べき 文化で あると かんがえる 人が おおいでしょう。漢字を 擁護 する たちばの 人たちも いきおいづいて,もはや 漢字廃止論の 根拠は うしなわれたと ふれまわって います。


しかし,本当に そうでしょうか。日本が 民主的だったのは ごく みじかい あいだだけでした。1950年代に はいると いわゆる「逆コース」で いきおいを とりもどした 保守派が 言語政策に 介入 する ように なり,戦後に おこなわれた 国語改革は そのあとの 半世紀で ほとんど 骨ぬきに されて しまいました。

ワープロや パソコンの おかげで 漢字は かきやすく なりましたが,よみやすくは なって いません。しごとの 能率は よく なった ものの,かな漢字変換の 手間が かかるので,文書を つくる スピードは 欧米の 足もとにも およびません。漢字を へらす 動機が なく なった マスメディアには「交ぜ書き」を さける 名目で 常用漢字の 枠から はずれた 文字づかいが ひろまって きました。底の あさい 漢字ブームに あおられて,やたらに むつかしい 漢字を つかいたがる 人も ふえて います。こうして,漢字だらけの わかりにくい 文章が おおく なって きました中国・韓国の 新聞は 横がきですが,日本の 新聞は いまだに 縦がきです。意味不明の みだしや よみにくい レイアウトも かわりません。新聞社は 戦後の 国語改革で リーダーシップを 発揮 した ことも あったのに,いまや みるに しのびない 体たらくです。校閲・校正の 部署には 日本語の 達人が そろって いるのですから,100年後の 日本語を みすえて 一歩 すすんだ お手本を しめして ほしい ところです。

生活水準が あがった ことは よい 変化で ある 反面,漢字の せいで よみかきに こまって いる 人が いまでも 大勢 いる 事実に 気づきにくく なって しまいました。新聞レベルの 漢字が よめない 人は めずらしく ないのに,そういう 人と であう なまなましい 体験が なく なって,漢字の 実害が みえにくく なって います。目や 耳の 不自由な 人が 漢字の ために どれだけ こまって いるかも なかなか しる 機会は ありません。外国人の 住民が ふえて きた ため,漢字だらけの 日本語は つかいにくく,役所・学校・病院 などが たいへんな 苦労を して います。無数の 漢字と ふりがなを あつかわなければ ならない コンピューター システムの 開発には たくさんの 税金が つかわれて います日本人の「識字率」は ほぼ 100%と いう「神話」が ひろまって いるのは 漢字の せいで こまって いる 人が 大勢 いる 現実を しる 人が すくないからでしょう。じっさいには 漢字 どころか ひらがなも よめない 人が います。経済的な ゆとりの ない 世帯や 外国人の 住民が おおく なって きた せいで,わかい 世代に そういう 人が ふえつつ ある ことも あきらかに なって います。

おちついて 現実を みれば,漢字の わざわいは なく なって いない どころか,むしろ おおきく なって います。このまま ほうって おけば,日本語は ますます つかいにくく なって,そのうち 公用語と しての 役割を はたせなく なるでしょう。手おくれに なる まえに,本気で 改革に とりくまないと いけません。

ローマ字運動
RÔMAZI UNDÔ

ローマ字運動の 歴史
Rômazi undô no rekisi

ローマ字論や 漢字廃止論に かかわる 人や 組織を ぬきだして,その 系譜を しめします。

新井白石
Arai Hakuseki

江戸時代の 大学者 新井白石(あらい はくせき)は イタリア人の 宣教師から 西洋の 文化を まなび,「西洋紀聞」(1715?)を あらわしました。その 中で,漢字より 便利な 文字と して ラテン文字を 紹介 して います。

其字母,僅に二十余字,一切の音を貫けり。[…]其説に,漢の文字万有余,強識の人にあらずしては,暗記すべからず。[…]徒に其心力を費すのみといふ。

新井白石は 日本語を かな文字だけで かく べきだと かんがえる ように なりましたが,その かんがえを 公には しませんでした「西洋紀聞」は 出版 されませんでした。これが 世に しられる ように なったのは 明治時代に なってからです。

賀茂真淵
Kamo no Mabuti

国学者 賀茂真淵(かも の まぶち)は 漢字を 批判 して います。地名や 草木の 名前にしか つかわない 漢字が たくさん あって,おぼえきれないのも 当然だと いって います。

また,日本人が 漢字を もてはやす ことに ついて,昔は 漢字の 意味に とらわれず,たんに 道具と して 漢字を つかって いたのに,中国の まねを したい 気もちから 中国風に 漢字の 意味を かんがえて つかう ように なったと 分析 して います。漢字を ありがたがる 心の 中に,ある種の 権威主義が ある ことを みぬいたのでしたこれは なかなか するどい みたてです。いまでは,中国と 漢語だけでなく アメリカと 英語も ありがたがって います。病気を こじらせて しまった ようです。

「国語考」(1765?)で つぎの ように 中国を あしざまに いって いるのは 中国かぶれの 知識人に むけた ことばだからでしょう。

天竺には五十字もて五千余巻の仏の語を書伝ふるに[…]大かた字の樣も四方の国おなじきを,たゞからのみわづらはしき事を作て世も治らず,事も不便也。

本居宣長
Motoori Norinaga

本居宣長(もとおり のりなが)も「玉勝間」(1795)で 漢文偏重を 批判 して います本居宣長は 評価の さだまらない 人です。極端な 愛国心から 日本中心主義に なり,中国にくし,漢文にくしに なったと する かんがえも ありますが,ここでは 理屈から 漢文偏重を 批判 したと かんがえて います。

皇国の言を,古書どもに,漢文ざまにかけるは,仮字といふものなくして,せむかたなく止事を得ざる故なり,今はかなといふ物ありて,自由にかゝるゝに,それをすてゝ,不自由なる漢文をもて,かゝむとするは,いかなるひがこゝろえぞや

「ひがこころえ(僻心得)」とは まちがって 理解 する ことです。かな文字が なかった 時代に 漢字で かいたのは しかたが ないけれど,かな文字が ある 時代に それを やって いるなんて かんがえちがいも はなはだしいと いう わけです。

前島密
Maezima Hisoka

はじめて 漢字廃止の かんがえを となえて 具体的な 行動を おこした 人は 日本に 近代的な 郵便制度を ととのえた ことで しられる 前島密(まえじま ひそか)です。1866(慶応2)年,かれは 徳川慶喜に「漢字御廃止之議」を 建白 して いますおそらく,慶喜は この 建白書を よんで いません。幕末の 混乱で うやむやに なったと かんがえられて います。

国家の大本は国民の教育にして,其教育は士民を論ぜず国民に普(あまね)からしめ,之を普からしめんには成る可く簡易なる文字文章を用いざる可からず[…]果して然らば御国に於ても西洋諸国の如く音符字(仮名字)を用ひて教育を布(し)かれ,漢字は用ひられず,終には日常公私の文に漢字の用を御廃止相成候(あいなりそうろう)様にと奉存候(ぞんじたてまつりそうろう)

日本の 教育は 漢字の 暗記 ばかりで,庶民は 知識から とおざけられて いる。一方,知識人は 中国崇拝で 愛国心を わすれて いるし,科学・技術を いやしむ 傾向が ある。こんな ことだから 日本は 先進国から おくれを とって しまった。このように かんがえた わけです。


前島密

「音符字(おんふじ)」とは 表音文字の ことで,かれの たちばは かな文字論(ひらがな専用)でした。ほとんど ひらがなだけで かいた「まいにち ひらがな しんぶんし」を 発行 した ことも あります。しかし,本心は ローマ字論に ちかかった ようです。かな文字論を 主張 したのは,当時の 庶民が ラテン文字を よめなかったからです。また,攘夷の 風潮が つよかった ために,ローマ字論を いいだしにくい 事情も ありました。

かれは いま すぐ 漢字を やめろと いった わけでは ありません。将来的に 漢字を なくす 目標を さだめる こと,計画を たてて 実行に とりかかる こと,これが かれの 主張でした漢字廃止論を よく しらない 人は,ある日を さかいに して すべての 漢字が つかえなく なるとか,学校が 漢字を おしえなく なるとか,そんな はやとちりを して いる ことが あります。

南部義籌
Nanbu Yosikazu

はじめて ローマ字論を となえた 人は 南部義籌(なんぶ よしかず)です。蘭学者 大庭雪斎(おおば せっさい)が「和蘭文語」(1855)で 日本語は りっぱな 言語なのに 漢字を まじえて かく ように なって みだれて しまったと なげいて いるのを よんで,ローマ字論に 目ざめたと いわれて います。

かれの 漢字廃止論は,日本語は 日本語らしく かく べきで,そのために 漢字を やめる べきだと いう かんがえです。日本語の 姿は どう ある べきか よく かんがえようと いう 理念からの 漢字廃止論でした漢文は 中国語らしく よむ べきだとも いって います。もっともな 意見です。

1869(明治2)年,かれは 山内容堂(やまうち ようどう)に「修国語論」を 建白 し,ラテン文字を 国字に する よう 主張 しました。「修国語」とは 国語を 修める(おさめる:こわれた ところを なおす)と いう 意味です。

(読み下し文)学問の道,西洋諸邦は易く,皇国支那は難く,而して皇国は甚し。夫(そ)れ西洋の学を為すや唯二十六の字を知り文典の義を解すれば則ち読むべからざるの書なし

ローマ字論は 国の 体面を 傷つけると 批判 される ことが あります。これに たいして,日本から みれば 洋字(ラテン文字)も 漢字も 外国の もので あり,洋字を かりて 国語を おさめるのと,漢字を もちいて やまとことばを うしなうのと,ふたつを くらべたら 天と 地の ちがいが あると 反論 して います。

1872(明治5)年には 漢字を まったく つかわずに「よこもじほん てびきぐさ」を あらわしました。

政府学問所漢文科の かれが ローマ字論を となえた 理由は 当時の 西洋崇拝だけで 説明 しきれません。日本語を 漢字で かく ことには 専門家でも 弁護 できない 欠陥が あると かんがえるのが 自然でしょう。

西周
Nisi Amane

1873(明治6)年に「明六社」が 結成 され,その 翌年から「明六雑誌」が 発行 される ように なりました。これは 教科書にも かかれる ほど 有名ですが,その「明六雑誌」の 創刊号に 何が かかれて いたかを しって いる 人は すくないかも しれません。そこに かかれて いたのは,西周(にし あまね)に よる「洋字ヲ以テ国語ヲ書スルノ論」などの 国字改良論でした。

西周は この 論文で ローマ字の 利点 などを 10ヶ条に まとめて います。

みこみの あまかった 予測や,テクノロジーの 進歩に よって 時代おくれに なった 部分も あります。しかし,世界の 中で 日本が 発展 して いく ため,民主的な 国づくりの ためと いう ローマ字論の 本質は とらえて いますよく しられて いる ように,西周は 外国語を 翻訳 する ために おおくの 和製熟語を つくった 人です。漢字の わざわいを しりつくして いた 人が そう しなければ ならなかったのは,それだけ 日本が おくれて いたからです。

福沢諭吉
Hukuzawa Yukiti

漢字を やめるに しても,いま すぐ すべての 漢字を やめる わけには いかないのだから,「漢字制限」から はじめる べきだと といたのは 福沢諭吉(ふくざわ ゆきち)でした福沢諭吉の 思想には 現在から みると 時代の 限界を かんじさせる 部分も あります。しかし,ここでは その 点には ふれず,啓蒙思想家の 国字改良論だけを みて おきます。

かれは「第一文字之教」(1873)の 中で つぎの ように のべ,漢字制限に おける 字数の 目安を 2000字から 3000字と して います。

一 日本ニ仮名ノ文字アリナガラ漢字ヲ交ヘ用ルハ甚タ不都合ナレドモ往古ヨリノ仕来(しきた)リニテ全国日用ノ書ニ皆漢字ヲ用ルノ風ト為リタレバ今俄(にわか)ニコレヲ廃セントスルモ亦不都合ナリ今日ノ処ニテハ不都合ト不都合ト持合(もちあい)ニテ不都合ナガラ用ヲ便スルノ有様ナルユヘ漢字ヲ全ク廃スルノ説ハ願フ可クシテ俄ニ行ハレ難キコトナリ此説ヲ行ハントスルニハ時節ヲ待ツヨリ外ニ手段ナカル可シ

一 時節ヲ待ツトテ唯手ヲ空(むなし)フシテ待ツ可キニモ非ザレバ今ヨリ次第ニ漢字ヲ廃スルノ用意専一ナル可シ其用意トハ文章ヲ書クニムツカシキ漢字ヲバ成ル丈ケ用ヒザルヤウ心掛ルコトナリ。ムツカシキ字ヲサヘ用ヒザレバ漢字ノ数ハ二千カ三千ニテ沢山ナル可シ[…]故(こと)サラニ難文ヲ好ミ其稽古ノタメニトテ漢籍ノ素読ナドヲ以テ子供ヲ窘(くるしむ)ルハ無益ノ戯(たわむれ)ト云テ可ナリ

常用漢字は 約2000字 ありますから,この 数字は むりの ない 提案に かんじられます。しかし,それは いまの 漢字制限に なれて いるからです。当時は 漢字の 数に 制限が なく「人が 山に ノボる」「サルが 木に ノボる」の 漢字を かきわけて いた 時代です。それを かんがえれば,大胆な 提案だったと いえるでしょう人は「登る」,サルは「攀る」です。これは 福沢諭吉が「第一文字之教」の 中で あげて いる 例ですが,「攀る」【よじる】と よむのが ふつうかも しれません。いまは どちらも「登る」と かきますが,まだ「日が ノボる」「京に ノボる」を かきわけて いますから,あらためる 余地が あります。

矢田部良吉
Yatabe Ryôkiti

植物学者で 詩人の 矢田部良吉(やたべ りょうきち)は「羅馬字会」を たちあげた メンバーの ひとりです。学術雑誌「東洋学芸雑誌」に 発表 した「羅馬字ヲ以テ日本語ヲ綴ルノ説」(1883)の 中で,ローマ字の 方式に ついて つぎの ように のべて います。

此規則ハ簡易ヲ主トシテ繁雑ヲ省キ,仮名ノ用法ニ拘泥セズ,勉(つと)メテ音声ヲ以テ標準ト為ス可シ

歴史的仮名遣いが 正式だった 時代に 表音的な かきかたを 主張 して いる 部分で,きわめて 重要です。これは 言文一致の 文字つづりと かんがえられます言文一致の 文体を とりいれ,日本近代小説の さきがけ と いわれる,二葉亭四迷の「浮雲」は この 4年後,1887(明治20)年に 発表 されました。

田中館愛橘
Tanakadate Aikitu

物理学者 田中館愛橘(たなかだて あいきつ)は ヘボン式ローマ字を しりぞけて,日本語を かくのに ふさわしい 日本式ローマ字を となえた 人です。のちに「日本のローマ字社」を たちあげました。

かれは 学者の たちばで おおくの 国際会議に 出席 して いますが,その 中でも「国際度量衡委員会」の 委員と して メートル法の 普及に 力を つくした ことは 意味が おおきいでしょう。メートル法は 世界共通の「ものさし」を つくる かんがえで,世界共通の 文字を つかう ローマ字に つながる ところが あります。

国際会議で 世界を とびまわる 中で,タイプライターの 便利さを みせつけられた ことも かれの ローマ字論に 影響 して います。かれの ローマ字論は 科学者の 合理主義から みちびきだされた ものでした。

そもそも羅馬字を用る時は独り言語を顕はすの便なるのみならず数学の式を書き、表を作る等、我々理学を修むる者に取りては一層便利あるべし。

ですから,漢字の 不合理に たいする 攻撃には 容赦が ありません。むつかしい 漢語だらけの 日本語を つぎの ように こきおろして います。

目を閉て人の読み居る処を聞かば寺の坊主が誰かの戒名でも読み居る様なるべし。

ローマ字の 研究でも,音声の 波形を しらべる など,科学者らしい アプローチを して いました。

国語調査委員会
Kokugo Tyôsa Iinkai

日本語の 表記法が むつかしい ことは 教育の さまたげに なって いたので,解決 しなければ ならない 問題と かんがえられて いました。1900(明治33)年には 衆議院・貴族院で「錯雑紛乱不規律不統一ナル文字言語文章」の 改良を うったえる「国字国語国文ノ改良ニ関スル建議」が 採択 され,これを うけて 1902(明治35)年に たちあげられた「国語調査委員会」が つぎの 4項目を ふくむ 決議を 発表 しました。


これで 日本語を どのように して いくかと いう 方向性が きまり,日本の 言語政策は この 方針に もとづいて すすめられる ことに なりました。

以上四件の中で確定して居る事項は、音韻文字を採用すること、文章は言文一致体を採用することとのニ件で、この決定は将来動かさぬのである。即ちこの方針によれば音韻文字を採用するのであるから、無論象形文字たる漢字は使用せぬことに定めたのである。[…]文章は言文一致体を採用するから従来の如き日常の言語と懸け離れて居る文体は排斥するのである。

加藤弘之(委員長)

[よみもの]田中館愛橘
[Yomimono] Tanakadate Aikitu


田中館愛橘の ローマ字短歌
(やまとコレクション)

言霊の/弥(いや)栄えゆく/道見えて/タイプライター/たたく/楽しさ

ローマ字運動の 父と よばれる 田中館愛橘は いまの 岩手県二戸市出身で,東京大学理学部に まなびました。かれの 専門は いまで いう 地球物理学ですが,その 業績は 物理学の ひろい 領域に わたって います。日本の 物理学の そだての 親と いっても いいでしょう。かれは よっつの 分野に おおきな あしあとを のこしました。それは 地震・航空機・メートル法・ローマ字です。

地震の 研究では 1891(明治24)年に おこった 濃尾大地震で 根尾谷の 大断層を 調査 して います。そのとき 被害の 惨状に 心を いため,地震の 災害を 科学的に 研究 しようと 提案 しました。こうして 地震の 災害を 専門に 研究 する「震災予防調査会」が できました。航空機の 研究では 国際航空連盟の 会議に 出席 した ほか,東京大学の 中に 研究所を つくりました。メートル法の 推進では 国際度量衡委員会の 会議に 出席 した ほか,さまざまな ところに メートル法を すすめて まわりました。その 結果,1921(大正10)年に メートル法を 基本と する 法律が できましたかれは 航空機の 研究を して いた せいで,おそらく 軍人との つながりが おおかったと おもわれ,ときには かなり いさましい 発言を する ことも あった ようです。1944(昭和19)年の 貴族院議員本会議で 原爆開発に 言及 した ことも あります。

ローマ字では 日本式を となえた ことが もっとも おおきな はたらきです。ヘボン式を 否定 できなかった「ローマ字ひろめ会」から はなれて「日本のローマ字社」「日本ローマ字会」を たちあげました。1930(昭和5)年には「臨時ローマ字調査会」の 委員に なって います。ここで つくられた ローマ字が 現在 つかわれて いる 訓令式ですが,これは 日本式を あたらしく した 方式と いえます。貴族院議員でも あった かれは 議会で 演説 する ことも ありましたが,そのとき かならず ローマ字の はなしを いれるので,それが 名物に なる ほどでした。科学の はなしを 一般人むけに かたる 講演の 活動にも 力を いれて いたのですが,ローマ字の はなしを ださない ように 条件を つけられた ときは,ヘソを まげて その 依頼を ことわって しまった そうです。

かれの 活躍は ほかにも あります。国際連盟の 事務次官で あった 新渡戸稲造の よびかけで 組織 された「知的協力委員会」(国連の「ユネスコ」の 前身)では,アインシュタインや マリ キュリー(キュリー夫人)など,世界から あつまった 一流の 科学者たちと 平和に ついて はなしあいました。

いつでも ズーズー弁 まるだしで,生涯 それを なおそうとは しなかったと いわれて います。葬儀は 東京大学の 安田講堂で おこなわれました。かれの 命日の 前日に あたる 5月20日は「ローマ字の日」に なって います1955年5月20日に「ことばと 文字に 感謝 しよう。」と いう 趣旨で「ローマ字まつり」が おこなわれました。これが「ローマ字の日」の 由来です。「ローマ字まつり」は たいへん おおきな イベントで,150人の 役員は ローマ字運動家が 中心でしたが,国語国字問題では 保守的な たちばの 時枝誠記,福田恆存,政治家の 尾崎行雄,石橋湛山,学者の 湯川秀樹,高木貞治 などの 名前も ありました。後援:文部省・外務省・ユネスコ国内委員会・社団法人日本ローマ字会,協賛:各都道府県教育委員会・国立国語研究所・朝日新聞社・毎日新聞社・NHK・日本民間放送連盟・共同通信社・その他約40団体。前日の 5月19日には 文部大臣奨励賞の 表彰や 保科孝一(代読)・金田一京助の 記念講演も ありました。「日本のローマ字社」は このときの 趣旨を うけついで 5月20日を「ローマ字の日」と よんで きました。そして,1987年に つぎの 内容を ふくむ 決議を 発表 しました:日本のローマ字運動の先覚者であり,日本式ローマ字の土台をうちたてた田中舘愛橘先生は1952年5月21日になくなられた。その命日の前の日の5月20日を「ローマ字の日」とする。ここから 5月20日は 田中舘愛橘の 命日に ちなんだ ものだと いわれる ように なった ようです。もともと「ローマ字まつり」は 日本式を 支持 する ローマ字運動家たちが 田中舘愛橘の 命日に おまつりを やろうと かんがえたのが はじまりで,その 構想が だんだん ふくらんで いろいろな 団体の 人も まきこんで いったと いう ものでした。したがって,「ローマ字の日」が 田中舘愛橘の 命日の 前の 日で あるのは 偶然では ありません。なお,これは まったくの 偶然ですが,5月20日は メートル条約の 締結を 記念 する「世界計量記念日」でも あります。